カウンター・スナイパー ―追放された猟師は、追放者を狩る

@flanked1911

第1話

 茂みの中で、待つこと57分。

 彼、猟師ジョン・カイルの180m先にシカの群れが現れた。

 シカたちは大所帯で、周りを警戒しながらゆっくりと歩く。


 絶好の機会に見えるが、ジョンは自身の狩猟用ライフル”VSR-11 Hunter”を構えず、銃口を下げたままだ。

 まだ20代前半だが、16の頃からこの仕事についているジョンは知っている。

 野生動物たちの嗅覚と視覚は鋭い、茂みの中から飛び出す人工物を見たら、彼らは一目散に逃げだすことを。


 やがて、シカたちは安心したのか、ゆっくりと草を食み出した。

 人間でいえば、家族でのランチだとか、茶会のような憩いの場だろうか。


「……悪く思うなよ。繁殖しすぎた群れは、森を枯らすことになる」


 ジョンは片手で十字を切った後に、ようやく銃を構える。

 倍率調整可能なスコープを×2倍率に調整し、狙うのは丸々と太ったシカの腹。

 そこに心臓がある。


 ジョンは寝息のように、静かに息を吐き、トリガーに指をかけた。

 そして、引き金を引いた。

 はじけるような銃声が、静かな森を切り裂いた。


 ◇


 ジョンは先ほど狩ったシカを担ぎ、村へと降りた。

 アパッチ村、貧しい田舎の村だ。

 ろくな職がなく、若者は街へと飛び出す。

 飛び出す金のないものは、ここで農作業をしたり、商店街で細々と生計を立てる。


 そんな村民たちだが、山から戻ってきたジョンを見て、軽蔑の目を向けたり、目を合わせないようにしている。

 それだけならいいが、岐路につくジョンの前に彼と同年代の一団が現れた。


「狩りをやめろ!」

「動物たちがかわいそうだと思わないの!?」


「……またか」


「聞いているのか、おい! お前が乱獲するせいで、村のイメージが悪くなる!」


「何度も言っているだろう、間引きだ。

 あんたらの畑を守るためでもあるんだ」


「嘘をつくな! とっちゃんの代から畑を荒らされたことなんて、一度もないぞ!」


「それは俺の一族が、代々狩りを行ってきたからだな」


 皮肉気な笑みを見せ、あしらうジョンに、彼らは苛立つ。


「じゃあ、あの御殿はなんだ!?

 お前は命を売り物にして、金儲けをしているだけだ!」


 彼らは集落から少し離れたところにあるジョンの自宅を指さした。

 御殿というのは言い過ぎだが、確かに他のちんまりとした家と比べれば、かなり裕福な家だ。


「役目を果たせば、それで得た金は俺のものだ」


 ジョンは狩った獲物を剥製にし、それを売買している。

 それらは博物館や富裕層が買い手となり、なかなかの金になる。


「結局、お金が欲しいだけじゃない!」


 つまるところ、どうぶつがかわいそうというより、村民たちはそれが気に入らないのだ。


「みっともないな。

 金が欲しいなら、技術を身につけろ。

 お前たちも俺のように、狩りをすればいい」


「俺たちは外道なことはしない!」


「できないんだろう?」


「なんだと!?」


 一団の男たちが、ジョンを取り囲む。

 だが、狩りを終えたばかりで、まだ煮えたぎっているジョンのハンターの目に気圧されてしまう。

 ジョンは彼らをすり抜けると岐路についた。


 ◇


 時計の針が22時を回る頃、ジョンは自宅の中で帳簿を整理していた。

 部屋には熊の剥製や、仕事用の猟銃が立てかけられていた。

 写真もある。

 森の中で祖父、父、そして、幼いころのジョンが撮られた写真だ。


 他の村民たちはジョン達に不平不満を言うが、本心では森を恐れ、誰も立ち入れなかった。


 ジョンは剥製の売買実績、そして、森の生態系の観察記録を見て、満足気に頷く。


「あの森は俺のものだ。

 価値のわからないやつらに触れさせない」


 ジョンには今の裕福な暮らし以上の夢があった。


 ◇


 ある日、ジョンがイノシシを狩るために、山に向かっていたところだ。


「いいか、連邦からのお客様に決して無礼がないようにすること!」


 村の広場で、村民たちが集められていた。

 村長が彼らに向け、熱心に指導していた。

 どうやら、珍しく外国人の富裕層が訪れており、彼らをもてなせといったことを言っているらしいが、ジョンは呼ばれてもいないので、無視して通り過ぎようとした。


「おい、カイル家の息子!」


 村長は奇妙な呼び方で、ジョンを呼び止めた。


「……なんすか?」


「貴様、お客様に無礼をしてみろ! 

 村の命運がかかっているのだ!

 村八分で、貴様の首を剥製にしてやるぞ! 」


「そうですか」


 ジョンは対して気にもせずに、山へと向かった。


 ◇


 ジョンは山でイノシシを待ち構えていた。

 茂みの中、物音を立てないように、呼び笛を取り出した。

 この笛は、雌イノシシの鳴き声を模したもので、これを聞いた雄は我先にと駆けつけてしまうという寸法だ。


 笛を鳴らして、暫くすると、オスのイノシシの鼻息が聞こえてきた。

 ジョンはライフルを手にしたまま、静かに待つ。



 だが、その時だった。


 突然、イノシシが逃げるように走り出した。

 ジョンは動揺した。

 何故、ミスは犯していないはずだ。


 だが、その原因はすぐにわかった。


 ジョンの目下300m先、山道を外国人たちがはしゃぎながら歩いていた。


「馬鹿どもが、立ち入り禁止の看板が見えないのか?

 村長連中も何も言わなかったのか。

 

 ……!?」


 自然に大はしゃぎして踏み込んでしまった無邪気で、馬鹿な観光客ならまだ良かった。


 だが、様子が違うようだ。ジョンはライフルのスコープで彼らを観測する。

 彼らの手には軍用のアサルトライフルと、それから銀色の大筒のようなものがあった。

 先頭の男はそれを空に向け、奇声を発しながら、トリガーを引いた。


 すると、火柱が立ち上がり、偶然空を通りかかった小鳥を焼いた。


「火炎放射器!?」


 そんなものを、山でつかったらどうなるかなんて子供でも分かることだ。

 だが、男はすぐそばの木の幹に鳥の巣を見つけたようだ。

 中にはまだ飛べない雛がいる。

 それにむけ、男は火炎放射器を向けた。


「馬鹿が、止せ」


 ジョンは男の胴体、心臓に狙いをつける。

 男がトリガーに指をかけた瞬間、ジョンはトリガーを引いた。

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