今日のお客さまは”異世界帰り”らしくて――


「あら、以前まではうちのお店の女の子に目がなかったのに、今日はお酒ばかり飲んでつまらなそうねえ……なにかあった?」


「うん? ああ、あったあった。人生で一度や二度あってたまるかってことがな。オレからすればすげえ長い時間だったんだが、こっちの世界だとそう時間も経っていなかったみたいで安心したぜ。懐かしいが……、あんたたちからすればオレが一週間ぶりに店にきたって感覚だろう?」


「毎日きていたあなたが急にこなくなったものだから、てっきり死んだとばかり……だってねえ、色々とまあお金がかかるお店だもの。手を出しちゃいけないお金に手を出して、裏側で罰でも当たったのかと……あり得る話だもの」


「怖いねえ……と、以前までのオレなら言っていたんだろうけどな。今のオレは敵なしだ。腕っ節ではなくメンタルがな、やっぱ鍛えられたもんだぜ」

「ふーん――」


 男性客だけではないものの、大半が男性客だ。

 男が大金を払い、美女に囲まれお酒を飲むお店である。年長者の美人が席に座り、久しぶりにやってきた男の相手をしていた。

 ……以前とは雰囲気が違う。

 一週間で変わる変化ではなく、一年……どころではない。何年も修行にでも出ていたような、逞しさと達観、落ち着きが男にあった。

 以前までの男は、その……言い方は悪いが、おどおどしていたクソ童貞だった。大金だけは持っていたが、そのお金もどうやって手に入れたのか……。


 宝くじでも当たって、一発逆転したのかもしれない。勇気を出して憧れの店にきてみたけど、馴染めずもじもじしていた……それが一週間前の男だったのだが……

 それが、今では自信に満ち溢れている。

 男は、大金を持つに相応しい風格が出ていた。


 失礼だが、人でも殺してきたのか?


「お酒、なに飲みますか?」

「おすすめをお願い」

「では、おすすめをお持ちしますね――」


 美女がお酒と共に、店のナンバー1美少女を呼びつけた。周りの美女よりもいっそう輝いている若い少女……もちろん未成年ではない。大人の色気は充分に備わっている。

 身に着けるドレスの輝きよりも、彼女が持つ素のスター性が、美を強調するように輝いているのだ。


「エミ、この人のことを楽しませてあげて」

「はぁ~い。お客さま、初めましてエミと言います、今日は楽しい夜にしましょうねっ」

「ああ、お願いするよ」


 その後は、ナンバー1美少女のエミが、男性客の心を開かせる話術で情報を引き出していく。

 隠すつもりもなかったようで、男は数年にも渡る冒険譚を話してくれた。

 実際は一週間の期間なのだが、それはこの世界での時間の話だ。


「つまりだ、オレは”異世界”へいき、冒険していたってわけだな」

「え、すごいですねー」


 エミは適度に相槌を打ち、男が不快にならないように気を遣っている。

 嘘みたいな……まあ嘘だろう、と決めつけているが、年長者の美女は、話を聞きながら、完全な嘘ではなさそうだ――と深く考え込んでいる。

 言っていることが事実である、としたら、男の成長の辻褄が合うのだ。なによりも彼女が納得できる。


 あの童貞が、女を転がすようになるまで一週間かかっただけ? 絶対に無理だ。

 一年、死ぬか生きるかの”ここ”とは異なる世界で生き抜いてきた、と言われた方が飲み込める。


 内容を砕く必要はなく、受け入れることができてしまうのだ。


「異世界ってことは、ドラゴンとかと戦ったんですかー?」

「ドラゴンは友達だよ。ゴブリンとかオークは倒したな……あとは……巨人とか」

「へー」

「あとは美女も多かったよ。エルフ……って、説明しないまま話しちゃったが、分かるのか?」

「異世界ものは流行りなので分かりますよー」


 詳しくはないが、最低限、有名な作品は知っている。

 毎回転生してるあれだろう? と。

 ゴブリン、エルフくらいなら分かる。オーク? は、エミは曖昧だったけれど。


 鍛冶をする種族……、と変換したが、それはドワーフである。詳しくなければ理解度などそんなものだった。当店ナンバー1の美少女でも、当然ながら知らないことは知らないのである。


「エルフがすげえ綺麗だったんだ……。だから目が肥えちゃって大変だよ」

「そうなんですねー…………ん?」


 そう言えば、とエミが気づく。

 エミが席に座ればちやほやされるはずだが、今のところ目の前の男から褒め言葉もなければ可愛いの一言もない。

 可愛くなくとも言うべきだ、という意味ではなく、こうして可愛い女の子が目の前にいるのに、自然と出るはずの言葉がないのは……気が利かない以前にそういう発想すらないのではないか?


 つまり――――ナンバー1美少女のことを可愛いとは思っていない?


「お、お客さま? その……わたし、可愛くないですか……?」


 引きつった笑みで――エミだけに、笑えないことは避けたかったのだが、笑えなかった。

 無理して笑っても、その笑みはただ表情を歪めただけである。


「可愛くない。――と、言ってしまうと言い過ぎだけどね。異世界の美女と比べてしまうと……その……ね、足りないんだよなあ」

「足りない……」

「うん。分かりやすく言うと、レベルが低い」


 ナンバー1でさえも。


 目が肥えた男からすれば中の下だった。



「異世界だとエルフ以外の女性は顔を隠してたなあ……そう言えば。あれって、もしかしてエルフと比べられたくないから、なのかな……オレもそれどころじゃないから聞かなかったけど」


 差があり過ぎて顔を見せることに堪えられなかったのかもしれない。

 一応、種族は違えど同じ人型である。だからこそ、見せられなかった、とも言える。

 神と人間ほど別種であれば、違うものとして受け入れられただろうに……。


「そう考えるとこっちの世界はみんなが顔を出して外を歩ける……平和だね」


 優しい世界……いや、そうでもない?



 ――この世界には、飛び抜けた美女も種族もいないから。

 その差が少ないからこそ、全員が平然と顔を出して外を歩けるのだ。

 まあ、どっちが上か下かの競争は常に起こっているのだが……、醜い争いである。


 美からは程遠い、しかし我ら世界の(平等にやり合える)平和なところだ。




 …了

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今日のお客さまは”異世界帰り”らしくて―― 渡貫とゐち @josho

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