三十五話 あなたのどこが似ているの

 ルヴィに縋りたがる体をどうにか押し留めて、ぎこちなくガスパールに笑いかける。応えるように、赤い瞳が細められた。


「聖女様は、第二王子殿下と随分親しいご様子。意外です」

「ガスパール、お前までリオンのようなことを言うなよ。先に近づいてきたのはこいつだ」

「ふふふ、当代の聖女様は博愛主義者でいらっしゃるようだ。第二王子殿下はいつでも人を寄せ付けない雰囲気をお持ちなのに、気にせず手を伸べるだなんて」

「本当にな。何も考えずありとあらゆるものに近づいていくから苦労させられる。神官長の胃が心配だ」


 ガスパールのにこやかに嫌味を含んだ言葉に、ルヴィは肩を竦める。他人の前だからなのか、彼は神官長を名前で呼ばなかった。


 私はちょっとルヴィの言い分に突っ込みたくなったが、ガスパールの前でなるべく喋りたくなかったので自重した。……私、そこまでお転婆なつもりないんですけど。


 空気がどこかぴりぴりとした緊張感を帯びている。第三王子殿下だけを相手取っていたときとは違う。


「それで? その気難しい俺を介してまで聖女と接触しようだなんて、どういう魂胆だ」

「どういう魂胆と言われましても。国をお救い下さる聖女様と親しくなろうとすることの、どこが不思議なのでしょう?」


 鋭い視線のルヴィを、ガスパールはのらりくらりと躱した。茶目っ気すらある口調は、彼の瞳の奥の奥の奥にある底冷えするような温度を綺麗に包み隠している。


 面倒そうに顔を顰めたルヴィに、ガスパールは苦笑した。


「しかし、聖女様へ近づくためだけに貴方と言葉を交わしていると思われるのは心外ですな」

「……どういうことだ?」


 ますますルヴィの表情が険しくなる。ガスパールの赤い瞳が、一瞬どす黒く煌めいた気がした。


「私は以前から、貴方と話がしたいと思っていたのですよ」

「俺はそんなことを思った試しはないがな」


 腕を組んだルヴィが鼻を鳴らす。しかしガスパールは一切動揺しなかった。ただ、困ったように笑って口元に手を当てる。


「取り付く島もない御方だ。……ここだけの話、私は貴方に親近感を覚えているのですよ。ルヴィ殿下」


 私は、ラッセル殿下と神官長意外の口から紡がれるルヴィの名前を、初めて聞いた。思わず目だけでルヴィを見上げる。彼は、相も変わらず不機嫌な顔をしていた。


 どうやら驚いているのは私だけのようで、実際口にしたガスパールは勿論、第三王子殿下も平然としている。私と同じく、ガスパールがやって来てから一言も発していない彼は、目が合うと不快げに眉を顰めた。


 それを見たのか見ていないのか、ルヴィが鼻を鳴らす。


「強大な権力を持ち、人望も厚いガスパール殿がわたくしめに親近感を? 光栄なお話だ」

「つまらない冗談と思われてしまいましたかな」

「それ以外の感想をどう抱けと?」

「これは手厳しい」


 嫌味を簡単に受け流され、ルヴィは苛立たしげに舌打ちをした。ようやく、第三王子殿下が口を開く。


「兄上、その様な態度を取ってばかりだから誤解されるのだ」

「何をどう誤解されると言うんだ。俺が人を拒んでいることも忌み子であることも悍ましい存在であることも何一つとして誤ってなどいない」

「ルヴィ」


 露悪的な発言に、私は彼の名前を呼んだ。咎めるような響きを孕んだ声音に、ルヴィは煩わしそうに溜息を吐いた。


 眉間の皺を深くした第三王子殿下がまた何かを言おうとしたとき、もう一つの声が場に投げ込まれる。


「おや。リオンにガスパール。姿が見えないと思ったらこんなところにいたのかい」

「第一王子殿下」


 金糸の髪を揺らしながら現れたのはラッセル殿下だった。会場を照らす光を背にする彼に、ガスパールはさっと頭を下げる。従順な臣下そのものの姿に、ラッセル殿下は小さく笑った。


「楽にするといいよ。僕は少しきみと話がしたいと思ってきたのだから。どちらかが頭を下げている状態では話など出来ないだろう?」

「お話、と申されますと」

「そう固くならないで。ただの世間話さ。可愛い弟が世話になっているわけだしね」


 ラッセル殿下の空色の視線が、第三王子殿下に向く。悪感情どころか、どんな感情も読み取れない目に、第三王子殿下は圧されたように僅かに身を引いた。


 気にせず、ラッセル殿下は微笑む。


「さ、二人ともこちらにおいで。向こうでゆっくり話そうじゃないか。……あぁ、ルヴィたちはどうする?」

「ついていくとでも?」

「だよね。じゃあ、また後で」


 兄たちが素っ気ない挨拶を交わす中、第三王子殿下は無言だった。そこまで似ているわけではないが、確かに彼らとの血の繋がりを感じさせる面立ちには、苛立ちも嫌悪も恐怖も浮かんでいなかった。


 それが気に掛かって彼を見詰める私の耳に、ガスパールの声が届く。


「聖女様」

「ぁ……」


 私の韓紅とかち合った赤が、柔和に細められた。


「またお目にかかれることを楽しみにしております」

「……はい」


『えぇまたお会いしましょう』とでも返すのが、本当は正しいのだろう。けれど、その正解は喉の奥に張り付いて出てこなかった。

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忌み子の聖女の愛し方 たると @0123taruto

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