[012] 収支計算書

伐採。ヒトの生活は古来から木とともにある。

 人は定住するように成って以来、森から木を切り、そして加工をしてきた。


 伐採にはいくつかの意味がある。一つには建材・資材の確保。

 これは石や鉄に比べ、加工が安易であるため、ヒトは木を古くから活用してきたことにある。

 道具として活用することもさることながら、燃料としての活用は越冬が必要な地域での定住には死活問題と言える。


 また、伐採の理由には、森を管理し、そこでの産出物を最適化する事にもある。

 森を管理すること、それは即ち、ヒトが往来し、産物を収穫するのに適した環境への加工である。


 巨木を切り日当たりを調整し、樹木の間隔を広げ土壌栄養分の分散を図ることで若い芽や果実を増やす。事前に倒木により強く硬い根の成長を絶つことで、保水量の増加や、自然倒木時の二次災害を防ぐ。

 また伐採によって管理された山林の土壌の保水量は、付随する河川の取水量をも左右する。


 伐採には適した時期があり、主に乾燥する冬季の前が良いとされる。そこから用途に合わせ、倒木を乾燥、または加工後に乾燥させる。

 木は直ぐに育つことはない上に、切って直ぐに使えるものではないのである。


 時代によって、国によって、伐採倒木は計画的に管理される。

 逆に言えば、伐採の管理が疎かである国は、富国から遠ざかる。


 欲しい時に木材なし。薪が切れ越冬できずに滅んだ村は歴史上数知れない。



「改めて、客人として歓迎しよう、コウチ・トウコ殿。ディル領へようこそ。」

 コヴ・ヘスは手を差し出す。躊躇いながら、幢子はその手を取る。


「この国にも、握手という習慣があるのですね。」

「無論。随分と荒んだ手をしていらっしゃる。私の知る御令嬢の手とはまるで異なる。」

 幢子は振りほどくように手を離す。それを見てコヴ・ヘスは豪快に笑う。


「さて、提案があると聴いている。この国の流儀として、上長の相手へ何かを求める際にはまず対価を提示する。貴方が我々に提示する対価の量に応じて、提案を何処まで飲めるか変わってくる。」


「まずはトウコ殿が既に提出している対価の精査が必要だ。そこから論じるとしよう。」

 そうして、コヴ・ヘスは手元に紙を取り出し、羽ペンを手に取る。

 それらの挙動を幢子は、息を呑み注意深く観察していく。


「煉瓦を税として受け取ったが、その煉瓦は本来買う必要のなかったもの。税価値としては、まずはこれを貨幣に変える。その上で本来の税である羊毛、農産物である豆、薪、これらを購入した差額を算出するが、実は既に不足が発生している。」


「やはり三級品、というのが大きいのでしょうか。」

 コヴ・ヘスは頷く。紙には数字らしきものが連ねられている。


「納められたものが全て二級品であれば、等価といった所だ。むしろこの後を考えれば十分すぎるとも言える。」


「さて、ここから付加価値である。我が領、ポッコ村は煉瓦の生産を始めたわけであるが、その際の設備資材、その開拓に於ける技術指導をトウコ殿から提供されている。この対価をまだ支払っていない。」

 コヴ・ヘスはニヤリと笑う。その仕掛けに幢子は思わず安堵の笑みを漏らす。


「続いて、コレだ。この食器類。これは煉瓦とは別の生産物になるな。こちらは十分な売り物になる。」

 そうして取り出されたのは、先日役人を通じて納品された釉薬を塗布した陶器である。


「これは村へ送った役人から届けられたのだが、この陶器が税として納品されないのは何故だ?」

「一つは、価値が判らなかったので。もう一つは、生活普及中のものであるからです。」

 素焼きの土器などと異なり、釉薬を塗られ焼かれた陶器はその寿命も長い。

 ポッコ村の家庭は目下、木食器から陶器食器への更新作業中である。


「今まで通りの食器を利用し、少しでも税として納めるべきであったであろう。」

「木の食器に比べ、井戸水で洗い流せば幾度も使えるものです。逆にその木材が燃料として必要でした。」

 その説明を受け、コヴ・ヘスは幾度も頷く。


「この陶器が普及すれば、木材の消費が抑えられる。そうすれば煉瓦が増えると。」

「煉瓦と、陶器がです。普及が終われば、税なり、売りに出そうとする人も出ます。」


「ではその陶器は以後、コヴ・ヘスが買い入れよう。市場価値は正直、現状で測れない代物だ。」


「この様に滑らかで、光沢を持つ陶器は我が国では生産されていない。海運や陸運での他国からの輸入品であったのだ。恐らく以後輸入量も所有層も一変していくであろう。」


「お任せします。納入は、村の皆さん次第となりますが。」


「では、先だってその技術提供料をトウコ殿への支払いに上乗せしよう。さて、幾らがお望みかな?」


「幾らの値を付けてくださるのでしょうか。」

 トウコの頬が緩む。その顔を見てコヴ・ヘスが満足そうに頷く。


「現段階の清算では、当領は随分とトウコ殿に借りを作ってしまった形になるな。これだけの借りを作っては提案を聞かない、とはまず言えぬ。またある程度は憂慮と支出を覚悟せねばなるまい。」



「提案を聞こう。コウチ・トウコ殿。貴方は何を持ってきた?一体、何をする。」

 コヴ・ヘスはそうして、羽ペンを置き、幢子の目をじっと見つめた。

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