[008] 産業スターターキット

セラミック。

 歴史的に見てもその登場は古く、歴史遺物としての発見も多い。

 最たる例は土器や煉瓦などだろうか。


 居住空間の建材としてみるならば、木材より強く、石材より加工しやすい。

 焼成させることで耐水性を持つ。

 耐火性も向上し、木造建築よりも火災に強い。


 身近な生活用品とみるならば、摩耗し腐る木工細工よりも再利用性が高い。硬度もある。


 人類の加工製品としては、今もその発展を支え続けていると見ても過言ではない。

 現代に至り尚、科学的に検証されその構造、用途、生産性を追求され、学問の一分野すら担っている。


 日本では建材としての煉瓦の用途よりも、陶磁器という形で食器としての印象が馴染み深いと思われる。



 干した煉瓦種に火が入ったのは、ある日の朝のことだった。


 薪の端材で木枠を作り、子供たちと泥遊びと称して、河原の粘土層の土で煉瓦の種を作る。

 教会の裏手に泥の塊が並んだのが数日前の昼のこと。


 幢子が状態のいいものを選んで土窯でそれを焼く。

 一度に焼ける数は多くない。


 その空きに今度は煉瓦種を組み、崩れないのを確認しながら、簡易炉を仕立てる。

 そしてそこにも火を炊く。

 直火ではなく燻すため、焼成の精度は下がるが、ヒビが入り崩れても、それを砕いて煉瓦種に入れれば、耐火煉瓦の種とすることも出来ると考えていた。


 赤い火と煙が上り始めると、手隙の村人が様子を見に来る。


 幢子が構っていない方の炉の火をつつく大人が出てくる頃には、ちょっとした催しになっていた。

 昼過ぎには鎮火、その夜は冷却させ、窯からの取り出しは翌朝になった。


「さて、どうかな。」

 日も昇って直ぐの頃。

 幢子は土窯の煤けて黒い煉瓦を持って、川に沈める。

 気泡は浮き上がらない。水の中で振っても、擦っても、崩れることはなかった。


 一応の焼成を確認した幢子は、土窯から灰を掻き出す。灰の一粒も今後の大事な資源なのだ。

 それから煉瓦を取り出し状態を確認すると、空になった土窯を壊す。


 崩れた窯から硬さを持った塊を確認しながら取り分けていく。


 村人たちはその様子を不思議な目で見守っていた。エルカもまたその一人だった。


「何故、窯を壊すんですか?また使えばいいのに。」

 子供がやってきてそれを問う。

「新しい、もっといい窯を作るんだよ。それと、材料になるんだよ。」


 そういう日を数日繰り返していく。

 大人たちが畑の世話や薪割り、乾燥した丸太の運搬などに精を出す中、子供たちの娯楽といえば走り回ることぐらいであった村に、煉瓦種の作成が加わる。

 雨で台無しになった日もあったが、二度目からは大人たちの見る目も変わっていった。


 その度に作られた煉瓦で窯の数が増えていく。

 最初の未熟な焼成煉瓦は繰り返しの焼成作業の中で割れて、取り除かれていく。

 雨に濡れて湿気を含んだ煉瓦が音を立てて割れたこともあったが、幸い怪我人もなかった。


 村人の大人たちも、手隙になっては様子を窺い、暇を見つけては火をつつく。


 中でも、狼によって幼い子供を亡くした母親は特に協力的だった。

 幢子をよく手伝い、子供たちと関わり、知恵を出し合った。


 煉瓦種を作る木枠が、同じ様に焼成された土器製になった頃。


 窯の周りは東屋になっていた。

 木の柱が建てられ、煉瓦が積み上がり、灰を集められている。

 大人たちもエルカも、幢子が始めたことが「何であるか」をこの頃にはすっかりと理解していた。



 コヴ・ヘス・ディルは、報告に戻ってきた役人の持ってきたものを見て目を疑った。


 先日、報告にやってきた衛士たちより「奇妙な来訪者」については聴いていた。

 そしてその来訪者からの「要望」もまた、コヴ・ヘス・ディルの記憶に残っている。


 コヴ・ヘス・ディルは初老を過ぎ、そろそろの引退を考える年齢であった。


 彼はディル領の維持を健かに勤めたが、発展となると上手く運ばなかった。


 港町の需要は、大きく分けて三つ。漁業、流通、そして補給である。

 ディル領の港町に求められたのは、補給、それと自活の範疇の漁業であった。


 最も栄える要因となる流通は、王都が近く、王族領が担っていたからである。

 そのため、自領での産業が育たず、自領の維持に流通品を買い入れるのが慣例になっていた。

 陸運・海運の補給物資である水や木材、食料の産出に対価を得る。それ以上の余裕がなかった。


 コヴ・ヘス・ディルは領主と成って以後、内陸部の幾つかの開拓村を開き、思案した。


 牧畜もまた、家畜を他領から買い入れ、村々へと普及させた。

 上手く根付いた村もあれば、遅々として進まない村もあった。


 ポッコ村はそれが定着しつつあった。

 それだけにオオカミ被害の報告を受けた際、気を揉み、その被害を聴いて頭を抱えた。


 衛士たちを労い、王都へと送り返した直後、その足で役人をポッコ村へと送った。


 幾度かの往来と報告の後、役人がそれをポッコ村から持ち帰った時、コヴ・ヘス・ディルはもう準備を終えていた。


 これは自らの目で確認せねばと思わずに居られなかったのだ。


 役人が持ち帰った品は二つある。

 一つは研磨され均整ある赤い煉瓦。そして、薄っすらと輝きすら放つ陶器の食器だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る