[003] 異文化と童心
ポッコ村。
この周域ではそこそこ大きめの村である。人口は五十名ほど。
羊と鶏の牧畜、牧草と豆の栽培を主とする農業、近隣に流れるサト川と村の中央に作られた井戸。
小さいながらも国教の教会が作られているが、実質は集会所も兼ねている。
街道から大分逸れた場所にあるため人口の大きな増加はない。
名産と言うには僅かな羊毛と、豆の産出。
国に収める税も現物納入であり、それほど多くはない。
それでも、国にとっては貴重な税収元であり、住民は大事な国民である。
今回の狼による被害は、正しく報告され、正しく支援を差し伸べられた。
そもそも、国としては「詩魔法師」を割り当てているということは、その担保なのだ。
詩魔法師であるエルカはこの村の出身ではあるが、村にとっては期待であり、保険だ。
エルカが詩魔法を習うに至った経緯は様々であるが、それは村に大きく感謝され歓迎された。
まして国政を担うほどの大成の夢は破れ、村に帰ってきたものの、国や領からはそれを輩出した事が正しく評価されたのだ。
河内幢子はエルカ、衛士のリオルに伴われ、ポッコ村に訪れた。
「狼4匹を仕留めはしたものの、まだ森に潜んでいると見ていいのだな?」
「ハイ。夜間に襲われた羊の宿舎に残された足跡は多く、村の子供が襲われた際にも7匹から10匹は居たと。」
襲われた子供は、狼に群がられ、肉片の残骸と化していた。
その際の姿ですら10匹はいたと、エルカは告げる。
それに傷つき満身創痍の自警団の青年たちが肯定の頷きを乗せる。
「食うに飢え、ヒトの血肉の味を覚えた狼か。厄介なことだ。」
ヒトの血肉の味を覚えれば、狼にとってそれは警戒すべき相手から、獲物へと思考が切り替わる。積極的に人を襲い、村は狼にとって猟場に変わる。
街道に勢力を伸ばすことも視野に入れれば、国としても「村を捨てて放置する」という選択は最早無い。
リオルは思案する。
王都から派遣された衛士は10名。詩魔法の支援を経験し、身に教え込まれた練兵・実戦経験済みの面々とは言え、既に、不運により1名が負傷している。
狼の規模にもよるが、同数かそれ以上の場合、方々に散った村人を警護しながら戦うことはおろか、これ以上の負傷者、最悪は村人、衛士に少なくない犠牲者が出ることすら考えられる。
そしてもう一つ。
リオルは道中で拾った、黒髪の淑女に目をやる。
身なり、服装の品位から見て、貴族や領主一族の令嬢、或いは夫人に見えた。
河内幢子は教会で顔を突き合わせる衛士、村の重役たちの面々から離れ、様子を
幢子にとって、村の様々なものが新鮮に写った。
それは自分の住んでいた日本では既に見られなくなったものばかりであったからだ。
豆の蔓を撚り合わせた
村の家屋の土壁も、柱に使われる木材の質も、日本では最早、時代の彼方の産物として見向きもされなくなったものばかりだ。
そうしながらも、幢子は今、自分に起こっていることについて思案と精査をする。
(どうもここは日本ではないらしい。)
それが現段階で幢子が結論づけた現状だ。
そして幢子の胸中は、不安や恐怖よりも、好奇心と発見の方がより鮮明だった。
「ご婦人。今この村は危険なのです。あまり出歩かれない方が。」
衛士の一人が、リオルに指示され探し回り、道草を食う幢子に声をかける。
「そうですね。判ってはいるのですけど、発見も多くて。」
幢子のそれは、妹を巻き込み手工作に興じた学生時代の気持ちそのままであった。
数年の時を巻き戻り、忘れかけていた童心に帰った気分である。
「ご婦人!」
衛士に連れられ、渋々と戻った教会で、幢子は衛士隊長のリオル、エルカ、そして村の主だった面々と顔を突き合わせる。
「ご婦人、あなたは何処のどなたで、なぜこの村の近くへ?」
リオルに問われ、それを見守る周囲の面々を前に、幢子は刹那、思案し、口を開く。
「ここは何処なのでしょう。どうやってここに来たか記憶になくて。」
幢子は、少なくとも言葉は理解でき、相手が理解できる言葉を発せているのについては何となく認識していた。
ここが日本ではないということ。
文明が異なる圏であること。
にも関わらず会話が支障がないこと。
(そこまで状況証拠がでてきたとしても、それを解明し、本当に理解することはまだ困難である。)
情報や検証が足りない。幢子が至ったのは現状ではそれであった。
「ここはポッコ村。王都から馬で4日ほどの場所です。どうやってこの様な場所まで。」
衛士の一人がそれに答える。
「どうやら、私、この国の人間ではないみたいです。」
幢子はそれに反射するように言葉を投げ返す。
「私は、
それが、幢子の現状に対して出した一次回答であった。
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