第13話 恋心

 浩太は呆然として、麻衣に聞いた。


 「でも、いったい誰が、こんなことを?・・」


 麻衣は首を振った。


 「それは私にも分からないわ。でも、さくら女子寮の女子寮生の中に、あなたの大ファンがいるのよ。それでね、その人は、三年正座で苦しんでいるあなたを見て、応援したくなって、『正座をがんばれ。きっと大自然の神様が助けてくれるよ』というメッセージを毎日送ったのよ。その人はあなたがメッセージを見つけることができるように、メッセージをわざわざ階段といった罰巡回のルートに貼ったというわけなの。


 罰巡回のときに占部君がこのメッセージを見つけることができるように、犯人がわざわざメッセージを残したという事実自体が、このメッセージが三年正座で苦しむ占部君への応援である何よりの証拠になるのよ。犯人はどうしても、罰巡回の途中で、自分が応援するあなたにメッセージを見つけてもらいたかったというわけなのよ」


 浩太は首をひねった。


 「でも、どうして暗号にしたんだろう?」


 麻衣が笑った。


 「そんなの簡単じゃない。あなたが見つける前に、あなたへの応援メッセージ、つまり、あなたへの気持ちを書いた文章を誰かに見られるのが嫌だったのよ。その人は、あなたが三年正座をさせられるのを見ていて、応援したくなって・・・それから、あの紙を作って、占部君が発見できるように罰巡回までに階段などに貼っておいたわけでしょう。でも、それじゃあ、誰かがあなたより先にあの紙を見つけるかもしれないじゃない。そうなったときのために暗号にしたのよ。ただし、占部君が、すぐにメッセージを読み取れるように簡単な暗号にしてね。それもこれも、全てがあなたへの恋心のなせるわざなのよ」


 恋心! なんて古い言い方だろう。だけど、とっても魅力的だ・・・


 だが、麻衣の言葉が少し浩太の心にひっかかった。しかし、浩太はそれを口に出さなかった。


 浩太は再び同じ疑問を口にした。


 「ああ、そうだったのか。・・・でも、僕はやっぱり、誰が応援してくれたのかが気になるよ。そんなことをしてくれたのは、いったい誰なんだろう?」


 麻衣が浩太を見つめた。


 「いいんじゃない。それは詮索しなくても。私はね、そういう、あなたを応援してくれる人がいるということだけで十分だと思うの。それが誰かを見つける必要はないと思うのよ。その人も、あなたに見つけてほしいとは思っていないと思うの。きっと、その人は、あなたが無事に三年正座を終えたという、そのことだけで満足していると思うわよ。それで、いいんじゃない?」


 そういうと、麻衣が明るく笑って浩太の顔をのぞきこんだ。浩太がドキドキする、いつもの麻衣の得意のポーズだ。


 それから、麻衣はゆっくりと宮井に向き直った。


 「そうですよね。宮井さん。この紙を貼った人は見つけなくていいですよね?」


 宮井はうんうんと頷いた。


 「かまわんよ。あんた。いい話じゃけんのう。そうっと、しとくのでええんじゃ。これで、めでたく、一件落着じゃわいのう。めでたし。めでたしじゃのう。あはははは」


 時代劇に出てくるお奉行様のように宮井が豪快に笑った。


 管理人室を出ると、浩太と麻衣は休憩室に入った。麻衣が休憩室の壁ぎわに並んでいる自動販売機でアイスキャンディーを二つ買ってきて、一つを浩太に渡した。アイスキャンディーは、麻衣が大好きな銘柄だ。


 二人は並んでソファに座った。浩太はどうしても麻衣に確かめたいことがあった。


 麻衣は、浩太に対する女子寮生の誰かの『恋心』をどう捉えているのだろうか?


 浩太は恐る恐る麻衣に聞いた。


 「あの、北倉さん」


 アイスキャンディーを舐めながら、麻衣が浩太を見る。


 「なあに?」


 「そのっ・・・犯人のことなんだけど。北倉さんは犯人のことをどう思っているの?」


 麻衣は少し考えて答えた。


 「そうねえ。私も気持ちはよく分かるわ。だって、何度も言うけど、三年正座って拷問みたいな罰でしょう。その罰に占部君のような男の子が必死に耐えてたら、私もがんばれって応援するわよ。あのとき、食堂で三年正座の罰を受けるあなたを応援していた女子寮生は多いんじゃないのかなあ?」


 そうではないのだ。浩太が聞きたいのは、麻衣は今回の犯人の『恋心』に嫉妬を覚えるかということだった。浩太の胸にあの読書会が浮かんできた。


 北倉さんは嫉妬してくれるのだろうか? 読書会で、僕が角野さんと同じ小説を読んできたと嘘を言ったとき、北倉さんは怖い顔をしていた。北倉さんは、今も、あのときと同じ気持ちでいてくれるのだろうか?・・・


 浩太が言いにくそうに言った。


 「いや、そ、そうではなくて、僕が聞きたいのは、実は・・あの読書会で、僕が角野さんと同じ小説を読んできたって、嘘を言ったでしょ。あのとき、北倉さんは、とっても怖い顔をして、僕をにらんだんだけれど・・・今はどうなのかなって思って・・・」


 麻衣が首をひねった。


 「えっ、この前の読書会のとき・・・占部君が嘘を言ったのは、もちろん覚えているけど・・・私、怖い顔なんてしたかな?」


 「う、うん・・・とっても、怖い顔だった・・・」


 麻衣が急に笑い出した。


 「あはははは。そんなこと、どうでもいいじゃない。・・・それより、占部君」 


 浩太の気持ちを知ってか知らずか、麻衣が急に話題を変えた。はじけるような笑顔を浩太に向ける。麻衣の笑顔がまぶしい。


 「・・・あなた、三年正座で『許してください』って泣き叫ばなかったって、寮生の中で評判よ。さすが男の子だって寮生がみんな褒めてるよ」


 「えっ、ほんとなの? ・・・ほんとは、三年正座の第一回目のときに、僕は『許してください』って泣いて叫んじゃったんだけどね。あのときは食堂に誰もいなかったから、みんな気がつかなかったんだよ。・・・だけど、そう言ってもらえるのはうれしいなぁ。北倉さんは、僕がさくら女子寮に入るときに、北倉さんが女の子みたいな男の子ってみんなに説明したので、それで寮生大会で寮のみんなが僕の入寮にOKしてくれたんだって言ってたよね。・・・実は僕はそれを気にしてたんだ。そう言って、みんなが褒めてくれてるんなら、もう名誉挽回が出来たのかもしれないね」


 麻衣が首を振った。


 「でもね、占部君はまだ、みんなに、女子泣き君って呼ばれているじゃない」


 女子泣き君・・・その言葉を思い出して、浩太は真っ赤になった。


 「そ、それは・・・」


 麻衣がそんな浩太の顔をやさしく見つめた。


 「大丈夫よ。・・・私がね、占部君が、もう女子泣き君って呼ばれないようにしてあげる」


 浩太の顔が明るくなった。


 「ホント? それはうれしいな!・・・でも、北倉さん。どうするの?」


 麻衣がアイスキャンディーをぺろりと舐めると、いたずらっのように言った。


 「簡単なことよ。もう1回、三年正座をやって、さらなる名誉回復を図ればいいのよ。だから、再度、三年正座に挑戦するっていうのはどうかしら?」


 「えっ、さ、三年正座?」


 「つまりね、占部君。あなたが女子泣き君って呼ばれないようにもう一回、三年正座にチャレンジして頑張っている姿をみんなに見せるのよ。今度は私が罰監をやってあげるわ。私は5時間でも10時間でもOKは出さないからね。もちろん女子泣きしても許さないわよ。今度は、それに耐えてごらんなさい。できるかな?」


 浩太の顔が真っ青になった。


 「も、もう許してよ。もう三年正座はこりごりだよ。もう、あんな思いは二度としたくありません。どうか、許して」


 浩太が必死で頭を下げるのを見て、麻衣が明るく笑い出した。




 ≪第2章「女子寮暗号の謎」終・・・第3章「女子寮トイレの謎」につづく≫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さくら女子寮の怪 永嶋良一 @azuki-takuan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画