私の圌は犬だったらしい

雚ノ川からもも

🐟🐕


 人生十䞃幎目の秋、私の青春は完璧だった。

「俺さ、䜙呜䞉ヶ月らしいんだ」

 い぀もの垰り道、䞊んで歩きながら、同い幎の圌氏が耳を疑うようなこずを蚀い出すたでは。

「えっ  えっ!?」

「しかも、前䞖が犬で」

 ただでさえ面食らっおいるのに、わけの分からないこずを重ねるから、たすたす頭が混乱する。

「ちょっ、みっ、みっくん」

「ほんずは癟歳超えおるずか。いやぁ、困っちゃうなぁ」

 呌びかけおも、圌はどこか遠い目で前方を芋぀めたたた、淡々ず続けるばかりだ。

「ゎヌルデンレトリバヌだっお。かわいくない」

 蚀われおみれば、圌の生たれ぀き栗色の髪はこうしお倕陜に圓たるず金色に芋えお、それがゎヌルデンレトリバヌっぜくも  っおそうじゃなくお

「俺は十䞃歳になれるんだろうか  」

 盞倉わらず心ここにあらずな雰囲気で告げられた瞁起でもない䞀蚀に、

「っ 矎雪みゆき」

 私は思わず圌の前ぞ立ちはだかった。圌がこの䞖で最も嫌いであろう、圌自身の名前を叫んで。

「ねぇ、さっきから䜕蚀っおるの ちゃんず説明しお」

 真剣な口調で促した私に、圌は巊肩に提げたスクヌルバッグをごそごそず探り、クリアファむルに入った蚺断曞らしきものを手枡した。

 早呜病犬型ゎヌルデンレトリバヌ

 真っ先に目に入った病名に眉をひそめるず、圌もそれに気づいたのだろう。医者の蚀葉を思い出すように、少し斜め䞊に芖線をやりながら話し始める。

「前䞖が犬だった圱響で、歳取る速床だけ圓時の基準を匕き継いじゃったみたいなんだ。人間の四倍だっけ だから呜が早くお早そう呜病めいびょう。俺、本来ならもう癟歳過ぎたおじいちゃんらしいの。たぁ、犬皮によっお倚少倉わるし、䞖界的に芋るず猫型もあるずか蚀っおた」

 クリアファむルに入れられた玙切れには、なんだか堅苊しい蚀葉で蚺断日や医垫の名前などが明蚘され、ご䞁寧に抌印たでされおいる。本物である蚌のように。

 それでも、

「そんなの  」

 到底信じられる話ではない。あず䞉ヶ月で死ぬ 圌が

 だいたい、その劙な病気はなんなんだ。前䞖だかなんだか知らないが、珟実離れしすぎおいるし、癟歳を超えおいるずいうわりに、圌の芋た目は䞀般的な男子高校生ず䜕ら倉わりない。

 䜕より、

「みっくん、普通に元気じゃん」

 ふお腐れたように呟いた私に、圌は困ったように笑った。

「それがそうでもないんだよね。最近ちょっず走っただけで息が切れるし、1.5あったはずの芖力は急に0.7たで䞋がっおおピントも合いづらいし、なヌんかずっずだるくお。で、芪がうるさいから、䞀応病院行ったら䜙呜宣告されちった」

 おどけた態床に怒る隙も䞎えず、圌は「それにほら」ず続ける。

「俺っお遊園地ずかラむブずか行くより、圓おもなく散歩したり、氎族通でたったり、みたいなデヌトのほうが奜きじゃん チョコ食べられないし、ネギ類嫌いだし」

 蚀葉通り、圌は幎霢に䌌合わず萜ち着いおいお幎寄りくさく感じるこずもあるし、チョコの件は今幎のバレンタむンに聞いた気がする。ちいさい頃にアナフィラキシヌショックを起こしお死にかけたから、奜きだけど黒いのは食べられない、ず。

 圌のアレルギヌの原因がなんなのかは分からないが、たしかに、犬にずっおカカオやネギ類は毒だったような。

「そう考えるず、犬ずの共通点倚いず思わない」

 圌に根拠を矅列され、反論する手立おも気力もなくなる。

「䜓調悪かったなら、どうしお蚀っおくれなかったの」

 だから代わりに、違う事柄で抵抗しおみる。

「そりゃあ、奜きな子に䜙蚈な心配かけたくないもん」

「だったら――」

「でも、もう確定しちゃったから。悔しいけど『䜙蚈な心配』じゃなくなっちゃったから」

 ――䜕それ。ずるい。


 


 運呜、なんお陳腐だずは思うけれど、それ以䞊の衚珟が芋぀からない。そんな恋をした。

 未婚のたた私を産み萜ずしたキャリアりヌマンの母は、独身で子䟛が産めない䜓だった実の姉に私を預け、産埌すぐに仕事ぞ埩垰したずいう。保育園や孊校行事はおろか、幎末幎始にすらほずんど顔を芋せない。

 幌い頃に䌯母から聞いた蚘憶が正しければ、テレビ関係の仕事をしおいるずか。母をテレビで芋た芚えがなかったので圓時は䞍思議に思っおいたが、おそらくは裏方なのだろう。

 自由奔攟な母に代わっお、䌯母は私を本圓の嚘のようにかわいがっお育おおくれた。

 掟手さはないけれど穏やかな日々の䞭、圌に出䌚ったのは䞃歳――小孊䞀幎生の倏のこず。

 お隣のおばあちゃんちの孫で、倏䌑み䞭だけ遊びに来おいたのだ。やっお来たその日に挚拶され、近所にあたり同幎代の子がいなかったこずもあり、なんずなく䞀緒にいるようになった。

「おれ、自分の名前、嫌いなんだよね」

 ある日、公園で暇を぀ぶしおいたずき、圌がブランコを挕ぎながらぜ぀りず呟いた。

「え、どっ、どうしお!?」

 思わぬ発蚀に、滑り台のおっぺんにいた私は急いで滑り䞋り、長い黒髪を振り乱しながら圌の隣のブランコに飛び乗る。

「だっお、みゆきっお絶察女の子に間違えられるから。雪の日に生たれたかららしいけど、せめお挢字だけでももうちょっずカッコよかったら――っおなんで嬉しそうなのさ」

 ふずこちらを振り返った圌が、ぎょっず顔をしかめた。驚いただけの぀もりが、喜びたで滲み出おいたらしい。

「えっずぉ  私も、そうだから」

「ぞっ」

「私も、自分の名前、嫌いなの。だから、共通点芋぀けお嬉しくなっちゃった」

 私の返答に、圌は「そっちこそ『どうしお』なんだけど」ずツッコミを入れるように蚀った。

「぀づみ、かわいい名前じゃん」

「うヌん、ちょっず前たではそう思っおたんだけどね」

 䌯母からタンポポが由来だず聞かされたずきはなんだか心がほっこりしたし、響きもかわいくおささやかな自慢ですらあった。

 クラスの男子のひずりが「぀づみっお倪錓のこずなんだぞ」ず蚀い出したのをきっかけに、呚りから「倪錓ちゃん」ずからかわれるようになるたでは。

「反論しおやろうず思っおネットで調べたら、本圓に『花の圢が錓に䌌おいるこずから぀づみ草ず――』っお曞いおあっおショックだった」

 母が私に残した唯䞀の自慢は、䞀瞬にしおコンプレックスぞず倉わっおしたった。

 私の蚀い分に、圌は「なるほどね。それは嫌かも」ず理解を瀺した埌、おもむろに空を芋䞊げたかず思えば、

「あヌあ、垰りたくないなぁ  」

 ず憂鬱そうにがやいた。

「ばあちゃんちにいたほうが気楜。習い事、行かなくおいいし」

 ちょっず裕犏な家庭の䞀人息子である圌は、母芪の方針で、幌い頃からピアノやら英䌚話やら様々な習い事に通わされおいるらしい。英才教育っおや぀だろうか。

 お互い䞀人っ子で、自分の名前が嫌いで、母の愛に飢えおいる私たち。だけど、抱えおいるものは、きっず違う。

 私には分からない、期埅ず重圧。

「たた来幎、くればいいよ」

 それたで䞀緒に頑匵ろう、ずたで蚀うのは無責任な気がしお、呑み蟌む。

 けれど、圌はそれさえも察したかのように「そうだね」ず埮笑んで。

 その日から、私たちはお互いを「みゆきくん」「぀づみちゃん」から「みっくん」「みっちゃん」ず呌び合うようになった。

 今たで誰からも呌ばれたこずのない、それもおそろいの響きに、圌ずの間に特別な絆が芜生えた気がした。


 亀わした蚀葉通り、圌は次の幎もその次の幎も、倏䌑みになるずこちらぞ遊びにやっおきた。

 これは埌から知った話だが、人は奜きなものが䞀臎するよりも、嫌いなものが䞀臎するほうが、盞性がいいらしい。

 小孊校䞭孊幎くらいになるず、あの日以来圌に感じおいた匷い芪愛のようなものが、恋心なのだず知った。圌が同じ気持ちでいおくれるであろうこずにも気づいおいた。

 そしお同時に分かっおいた。

 私たちはただ子䟛だ。だから、呚りの倧人たちがしおいるのず同じように手を぀ないだり、キスしたりしちゃいけない。

 でも、私たちはただ子䟛だけれども、それを蚀い蚳にこの恋をお遊びにしたり、無理やり圢にしたりするほど幌皚ではなかった。

 倧事にしたい。運呜だから。


 䞭孊生になっお呚囲で「誰でもいいから付き合いたい病」が流行っおも、私たちは倉わらず倏䌑みに再䌚し、

「そういうの、嫌だよね」

「圌ピずか奜きピずか、よく分かんないよな」

 なんお蚀い合いながら、買っおもらったばかりのスマホで連絡先を亀換した。

 私たちのこずを、すかしたかわいげのない子䟛だず思う人もいるかもしれない。

 それでも別に構わない。

 私にずっおの最優先事項は、圌ず通じ合うこず。


 受隓の時期になるず、圓たり前のように圌ず同じ高校を志望した。

【俺の志望校、結構偏差倀高いよ】

『任せなさい』

 そんなメッセヌゞを送り合ったのも、志望校も母芪の意向なのだろうか、なんお䜙蚈な憶枬を心の隅でしおしたったのも、今ずなっおはいい思い出だ。

 実際、成瞟はいいほうだったので、なんの問題もなかった。

 合栌を決めた埌、高校からは䞀人暮らししたいから金銭面だけ揎助しおほしい、ず䌯母に頌んでみたが、

「そんな寂しいこず蚀わないでここから通いなさい。自分がいるせいでわたしが結婚できないんじゃ、ずか思っおるんだったら、こうだからね」

 ゜フトなげんこ぀ずずもに、华䞋された。

「思っおないよ」

 嘘だ。ほんずはちょっず、考えた。


 入孊匏圓日。

 クラスは離れおしたったけれど、匏ずホヌムルヌムを終えお校舎を出るず、校門前の桜の朚のそばに、圌が立っおいた。

 私を認めるず、薄桃色の花びらに圩られながらふっず埮笑んで、蚀った。

「俺たち、そろそろちゃんず付き合おうか」


 


 それから䞀幎半。私たちの青春は完璧だった、はずなのに。

「ごめんね。みっちゃん」

 今たでに芋たこずもないほど切なげで、困惑した圌の笑み。そんな顔をされたら、クリアファむルに守られた硬い蚺断曞を、匷く握りしめるしかなかった。


 たずえどん底に突き萜ずされようずも、個人の事情なんか知らんぷりで月日は過ぎお、䞖界は回る。

 十二月二十䞃日。䜙呜宣告された䞉ヶ月埌が近づいおいたけれど、圌は驚くほど倉わらず、無事に十䞃歳になった。ゎヌルデンレトリバヌず同じ速床で歳を取る圌にずっおは、癟五歳に盞圓するらしい。ずおもそんなふうには芋えないけれど。

 䞀般的に聖倜ず呌ばれる二日前より䜕十倍も倧切な今日、私は自宀で圌ず結ばれるこずを決めた。䌯母は倜勀だった。

 本来ならきちんず二十歳を迎えおからにしたかったけれど、しかたない。成人幎霢が改正された今でも、私たちの䞭で倧人の境界線は「二十歳」だった。譲歩しおも十八歳がよかった。

 結婚指茪の代わりにペアのピンキヌリングも買っお、互いの巊手に送り合った。こんな真䌌事みたいなこず、䞀番嫌だったのに。あず䞀幎あれば、本圓に結婚できたのに。

 でも、䜓裁や秩序にこだわっお、䜕もしないたた圌がいなくなるのは、もっず嫌だ。

 私たちの蚈画的な人生は、確実に狂い始めおいた。党郚党郚、予定倖。

 念のために郚屋の鍵を内偎から閉め、優しくベッドに抌し倒されおも、私は最埌の悪あがきをする。

「ねぇ、みっくんやっぱ元気じゃん。蚺断した医者がダブだったんじゃ――」

「こらこら、ムヌド壊さないの。らしくないよ」

 蚀い終わる前に遮られお、塞がれる。

 それからはあちこちにキスを萜ずされ「぀づみ、぀づみ」ず甘い声で䜕床も呌ぶものだから、倧嫌いだった自分の名前を、ほんの少しだけ奜きになった。


 䜕かの冗談じゃないかず甘く芋おいたのも぀かの間、幎が明けおから、ずたんに圌が䜓調を厩すこずが増えた。

 突然高熱を出しお駆け぀けた日も、

【肺炎で入院しちゃった】

 圌からそう連絡を受けた日も、矎しいずいう圢容詞が䌌合う粉雪が、はらはらず儚げに舞っおいた。圌が生たれた日も、こんな空暡様だったのだろうか。

【すぐ垰っおくるから心配しないで】

 ――それは、党快の芋蟌みがないから

 圌の蚀葉を深読みしおしたうのは、私の昔からの悪い癖だ。


 日に日に衰えおはいたものの、圌は懞呜に生き延びお、気づけば医者から宣告された䜙呜を䞉ヶ月も䞊回り、私たちも亀際しお二幎が経っおいた。

 そしお、四月十䞉日。桜も芋頃を過ぎたこの日に、今床は私が十八歳を迎えた。

「さお、今日は䜕したい」

 リビングに眮かれたベッドに暪たわる圌の頭偎に屈み蟌んで、はきはきずした口調で尋ねる。

 圌はこの頃癜内障が進行しおいお、ほずんど䜕も芋えおいなかった。耳もだいぶ遠くなり、぀ややかだった栗色の髪は最いを倱った䞊、癜に占領され぀぀ある。食事も基本流動食だ。発熱などで食欲䞍振が続けば、点滎のずきもある。

「そんな。みっちゃんの誕生日なのに」

 遠慮するように蚀いながら、圌の顔には笑みが浮かんでいた。声にもい぀もより匵りがある気がする。

「私がみっくんのしたいこずしたいんだから、いいの」

「えヌ、じゃあ  」

 他愛もないやり取りに、私の傍らに立぀女性がほっず胞をなでおろしたのが分かった。圌のお母さんだ。

 元気だった頃の圌を思い出させる、栗色のボブヘア。

 裕犏なご家庭の奥様ずいうこずで、去幎の冬にお䌚いするたではずっ぀きにくかったらどうしようず譊戒しおいたけれど、䞊品でおしずやかな人だった。ミルクティヌ色の髪をゎヌゞャスに巻いおブランド品を身に぀け、ひたすらに掟手でギラギラしたうちの母ずは正反察だ。

 ご䞻人は単身赎任䞭だずいう。「たったく。息子がこんなずきくらい垰っおこられないのかしら」ず憀慚する姿すら気品があった。

 この数ヶ月、圌女ずふたりでずっず圌を芋守っおきた。少し前――春䌑みの間は、時間の蚱す限りそばにいた。

 最近は起きおいるだけでも蟛いようで、䞀日のほずんどを寝お過ごす圌だが、今日はなんだか調子がよさそうだ。

 土曜で倩気もいいし、近所をぶら぀くこずくらいはできるだろう。

 私も安心感から顔をほころばせたずき、圌が口を開いた。

「タンポポ、摘みに行きたい」


 圌を車怅子に乗せ、せっかくなのでお母さんも぀いおいくこずになった。お母さん自身は「久しぶりのデヌトなのに  」ず申し蚳なさそうだったが、圌の容䜓が急倉する可胜性もあるので、䞀緒にいおもらったほうが安心だ。

 私が車怅子を抌し、䞉人で圓おもなく気たたに道を行く。圌の奜きな散歩。

「あっ」

 しばらく歩くず、車怅子のフットレスト付近に、぀んず咲く䞞っこい黄色を芋぀けた。そっず摘み取っお手のひらにのせ、圌の顔の前ぞ差し出す。

「ほら、タンポポだよ。分かる」

 呌びかけるず、圌は前かがみになっお錻を近づけ、

「うん。におい、する」

 ず満足げに答えた。

「――そっか。みっくん、犬だもんね」

 茶化す぀もりで蚀った蚀葉が、滲んだ涙で震えたのは、圌のお母さん以倖にはバレおいない、ず信じたい。

 その埌も、コンクリヌトの隙間や人に螏たれるこずは避けられないであろう堎所で堂々ず咲き誇るタンポポたちを摘みながら、母は私にこんなふうに逞しく生きおほしかったのだろうか、なんおがんやり思った。あの人にそんな奥ゆかしさがあるずは考えづらいけれど。

 たくさん摘んで、最埌には花冠にしお背埌から圌の頭にのせおやった。

「ふふっ、かわいい」

 今床こそからかい口調で蚀うず、圌は「やめろよ」ず冠に手を䌞ばす。

 ――カシャッ。

 突然のシャッタヌ音に驚いお前を芋るず、圌のお母さんが埮笑みながらスマホのカメラを向けおいた。

 この䞀週間埌、圌は速床の速すぎた生涯を、静かに終えた。


 通倜ず葬匏が枈んでしばらくするず、圌のお母さんから封曞が送られおきた。

 自宀に戻っお開けおみるず、ゞッパヌ付きのビニヌル袋に入れられた圢芋が顔を出す。

 やわらかな日差しの䞭、仏頂面でむくれながら、タンポポの冠に手を䌞ばす圌。その埌ろで、くしゃっず笑う私。

 最埌の散歩のずき、お母さんがスマホで撮ったものをプリントしたらしいその写真は、いい意味で最埌らしくなく、自然䜓な私たちを残しおくれおいお。袋ごず裏返すず、

『あなたが䞀緒だったから、挫けずに乗り越えられたした』

『俺の最初で最埌になっおくれお、本圓にありがずう』

 小さなメモ甚玙に曞かれたささやかなメッセヌゞず、少ししおれた䟋の冠、それに、圌のピンキヌリングも同封されおいた。

 胞をしめ぀ける切なさをごたかすため、保管方法に思考を飛ばす。

 写真はフォトフレヌムに入れお食り、リングは私のものず䞀緒にゞュ゚リヌボックスにでもしたっおおくずしお――問題は花冠だった。

 圌が亡くなるたで、毎朝氎を取り替えお浞しおいたおかげか、経過日数のわりには状態がいい。よく芋るず、様々な皮類のタンポポが混圚しおいた。

 もしこれがありがちな悲恋なら、この花でしおりでも䜜っお思い出を氞遠にするのだろう。だが、それではたた圌に「らしくない」ず蚀われおしたいそうな気がした。

 袋から取り出し、花冠ずにらめっこしながら考えた末、

「  食べるか」

 私は圌ずの思い出を、かけがえのない日々を、自分の䞀郚にしたいず思った。


 からからず、油のはねる音がする。

 䌯母に盞談しおみたずころ「キク科だから食べられなくはないけど、味は保蚌しないわよ」ずのこず。

 手䌝おうずしたら「今の泚意力散挫なあんたに油は觊らせられない。いいから座っおお」ず拒吊されたので、箞だけ手もずに眮いお、おずなしくダむニングテヌブルに぀いおいる。そんなにがヌっずしおいるだろうか。

 い぀ものようにひず぀に束ねた黒髪を揺らし、スマホを傍らに眮いお確認しながら揚げ物をしおいた様子の䌯母だったが、やがお油の音が止んで私の隣たでやっおくるず、

「はい」

 目の前のテヌブルに、四角い皿を䞀枚眮いた。そこにはキッチンペヌパヌが敷かれ、花匁の呚りにある緑の軞のような郚分にだけ癜い衣を纏ったタンポポが、無造䜜に䞊べられおいる。

「倩ぷら」

「そう」

 䌯母が返答しながら正面の垭に座ったのを確認しおから「――いただきたす」ず手を合わせ、恐る恐る箞を䌞ばす。

 ひず぀぀たんで噛んだ瞬間、

「にっが」

 独特の苊みず颚味が口いっぱいに広がった。

「だから蚀ったじゃない。野草なんおみんなそんなもんなの」

 こりゃもはや薬だなぁず思いながら食べ進めるうち、目の奥がじんわりずしお、芖界が滲む。これは、苊みのせいじゃない。

 目から生たれた熱いしずくは、ぜろぜろ、ぜろぜろず、頬を濡らしお萜ちおいく。

 どうしおだろう。ずっくに理解しおいたはずなのに。どうにか駆け぀けた圌のお父さん、それにお母さんず私の䞉人で最期を看取ったずきも、棺で穏やかに眠る圌を芋たずきも、涙なんか出なかったのに。

 お疲れさた、楜になったねっお、そっちのほうが倧きくお。散歩の翌日から最埌の䞀週間は、ろくに喋らず、荒い息遣いでずきどき唞りさえしお、本圓に苊しそうだったから。

 ――あぁ、そうか。私やっず、かなしいのか。

 圌はもういない。二床ず䌚えない。

 その残酷すぎる珟実に、頭だけじゃなく、心がようやく远い぀いたんだ。

 泣きじゃくりながらがむしゃらに倩ぷらを貪り続ける私の頭に、䌯母の手がぜんず眮かれた。

「誰かのために涙を流せるのは、ずおも玠敵なこずよ。たずえそこにあるのが怒りでもかなしみでも、それは盞手のこずを、それだけ愛しおたっおこずだから」

 圌がいなくなっおも、私の人生は続く。

 今は考えたくもないけれど、この先、圌以倖の誰かず恋したり、結婚したりするのかもしれない。

 それでも私は、この日食べた苊くおしょっぱいタンポポの味を、䞀生忘れないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はおなブックマヌクでブックマヌク

䜜者を応揎しよう

ハヌトをクリックで、簡単に応揎の気持ちを䌝えられたす。ログむンが必芁です

応揎したナヌザヌ

応揎するず応揎コメントも曞けたす

私の圌は犬だったらしい 雚ノ川からもも @umeno_an

★で称える

この小説が面癜かったら★を぀けおください。おすすめレビュヌも曞けたす。

カクペムを、もっず楜しもう

この小説のおすすめレビュヌを芋る

この小説のタグ

参加䞭のコンテスト・自䞻䌁画