第28話 天下無双   episode8

 武蔵は確かに本物であったよ。


 此奴こやつの使う二刀流も本物であった、器用きようなものじゃ。


 わしは始め、人間に二刀を自在じざいに振り回す事など、出来るものかとうたごうて居ったが、此奴は確かに自在にあやつった。


 儂にはあんな芸当げいとうは出来ぬ。


 世の中には、居そうにもない様な男が居るものじゃ。


 此奴の斬撃ざんげきに、儂は思わず太刀たちをしてしもうた。


 そうせねば、あの一撃いちげきをくらって居ったはずじゃ。


 儂をヒヤリとさせる奴は、中々居なかなかおらぬ。


 大したものよ。


 しかし、生かして置く訳には行かぬ。


 奴には死んでもらわねば。


 此奴は、今はまだ途上とじょうだが、まだまだ強く成るだろう。


 そうなれば、いくら儂でもどうにもならん。


 今の内に殺して置かんと、次郎衛門にさわりがある。


 武蔵は今より腕を上げれば、必ず次郎衛門に挑戦ちょうせんしてまいるだろう。


 奴の剣はよごれて居るからのう。


 手段しゅだんえらばん。


 次郎衛門の剣は汚したくないでのう。


 あれは儂の最高傑作さいこうけっさくじゃ。


 しかし、あそこで奴を取り逃がしたのは、儂の一生の不覚ふかく


 奴の取った行動こうどうは、あれで正解せいかいじゃ。


 剣で一番大事いちばんだいじなのは、見切みきりじゃ。


 奴はまんまとわしを見切りおった。


 凡人ぼんじんではあの場であの行動は取れぬ。


 見栄みえ邪魔じゃましておるからのう。


 奴は何もかもかなぐりて、走り逃げおった。


 儂を油断ゆだんさせて、そのすきき、見事に逃げ切りおったのじゃ。


 やはり生かしてく訳にはおかぬのう。




 奴は何処どこまで逃げたか。


 にがした魚は大きいと言うが、まさにその通りじゃ。


 北陸方面へと向かうらしいが、儂がねらって居るのが解った今では、そのまま向かうとは思えん。


 儂ならどうするか……


 儂なら意表いひょうを突いて、江戸へ引き返す。


 人がかくれるなら人ごみの中じゃ。


 奴ならきっとそうするじゃろう。


 それかもう一つ、今まであゆんで来た道をもう一度引き返してみるのもありじゃな。


 一度しか逢うては居らぬが、此奴こやつの考えは良くわかる。


 儂にるのじゃ。


 天才てんさいは天才を知る。


 此奴は間違まちがいなく天才じゃ。


 天才の儂が言うのだから、間違いなかろう、ふふふ。




 おうおう、江戸の町はようにぎわって居るのう。


 一月前まで居ったのだが、少しの間にまた人がえて居るわ。


 さて、この中から一人の人間を見付みつけるのは、大変な作業じゃ。


 まぁでも奴は目立めだつからのう。その内、噂になろう。


 それまで儂は、待って居れば良いのじゃ。


 どおしいのう、武蔵よ。


 こんな気持ちにったのは、久し振りじゃ。


 此奴を始末致しまついたせば、本当に儂の中の何にかが変わる様な気が致すわ。


 早く逢いたいのう、武蔵よ。


 まるで恋する乙女おとめの様な気持ちじゃ。


 儂はお主が愛おしく思えて来るのじゃ。


 儂以外の誰にも、殺される事はゆるさぬ。


 まあ、お主ほどの手練てだれが儂以外の者に負けるとは思えぬが、儂が仕留しとめるまでは待って居るのだ。


 お主を仕留めるのは、今の儂の甲斐がいであるからのう。




 それからの儂は少し変わった様じゃ。


 大好きな人殺しも、量より質に変わった。


 今までは、ただ殺すだけで満足であったのだが、弱い相手を殺しても、つまらん様になってしまったのじゃ。


 強い相手と立ち合う、肌がヒリヒリする感覚を求める様になってしまった。


 儂は根っからの兵法者ひょうほうものだった様じゃ。


 しかし、困った事にそうそう強い者は居らぬ。


 特に儂とえるような者など、何処どこにも居らぬ、困ったのう。


 これも全て、武蔵、お主のせいじゃ。




 次郎衛門はどうして居ろうか。


 儂はまた、次郎衛門の屋敷を訪ねた。


 次郎衛門は儂を観るなりこう言った。


「最近、江戸の町で噂の武芸者ぶげいしゃとは、お師匠の事ですね」


 儂は、そうじゃとこたえた。


 次郎衛門は何をして居られるのかとなげいて居ったが、別に辻切つじぎりをして歩いた訳では無い。


 男同士、一対一のはたし合いをいたしたまでじゃ。


 どうこう言われる筋合すじあいは無い。


 儂が好きで致した事じゃ。


 そんな事より次郎衛門よ、お主宮本武蔵と言う男を知って居るかと尋ねた。


 すると次郎衛門は、一瞬兵法者の眼に成り居った。


 知って居ると言う事じゃ。


 儂は事の詳細しょうさいかたって聴かせた。


「ほう、宮本武蔵と言う男はそれ程に」


 そう言ったきり次郎衛門は、しばらくだまっていた。


 儂が兵法者をめる事など無いのでおどろいておったわ。


 儂は次郎衛門に、武蔵は儂の獲物えものだから取るなとくぎしていた。


 次郎衛門は無言むごんでおったよ。




 儂は次郎衛門を連れて、道場へ行った。


 久し振りに、次郎衛門の腕前を見たく成ったのじゃ。


 刀は使わぬ。


 万が一の事が有っては成らぬからのう。


 やはり次郎衛門の剣は素晴すばらしいのう。


 儂の最高傑作である。


 こうして木刀で立ち合っても、肌がヒリヒリするわ。


 武蔵の時と同じじゃ。


 儂はこの感じが味わいたく、次郎衛門をたずねて来たのじゃ。


 此奴、いつの間にか少し腕を上げ居った様じゃ。


 まだ儂のいきには来て居らんのだが、このいきおいで行くと、到達とうたつするまで長くは掛からないじゃろう。


 儂より歳早としはやく、高峰たかみ辿たどくであろう。


 儂は次郎衛門の剣をほこりに思うと同時に、少し嫉妬しっとをした。


 儂の様におのれの剣をよごさずに、そのいきに辿り着こうとして居る。


 あっぱれである。


 後は儂が武蔵を始末してやるからのう。


 さすれば、小野次郎衛門の剣は本一もといちるであろう。


 天下無双てんかむそうじゃ。




 次郎衛門は、己の剣の流派りゅうはを、小野派一刀流と名乗って居るそうじゃ。


 流派の中に、儂の名が入って居るのは、こそばゆいのう。


 儂は自分の剣術けんじゅつに名など付けなかったが、こうして弟子でしである次郎衛門が立派りっぱひろめてれてるわ。


 うれしい事じゃ。


 此奴は、真っ直ぐに、純粋じゅんすいに剣のみに生きて居る。


 儂の打ち立てた剣術を愛して居る。


 流祖りゅうそとして、こんなに嬉しい事は無い。


 やはり、此奴の剣は汚したくない。




 儂はしばらくまた、次郎衛門の屋敷に世話に成る事にした。


 昼間は、江戸の町を徘徊はいかいする。


 武蔵の情報じょうほうあつめるのじゃ。


 武蔵のうわさを聞いて回る内に、武蔵が佐々木小次郎を倒した事が解った。


 佐々木小次郎の事は知って居る。


 儂がその昔、少しだけおった、鐘巻かねまきところった若者わかものだ。


 何かハッとするものを持った若者で、儂は特別とくべつに目をけておった。


 儂は途中とちゅうで鐘巻の処を去ったが、その後佐々木小次郎は、巌流がんりゅうと言う己の流派を打ち立てたと聴いていた。


 それを聴いた時、流石さすがは儂が目を掛けただけのことはあると思ったものよ。


 その後、小倉こくら細川家ほそかわけの剣術指南役をして居ると聴いたのだが、武蔵に殺されて居ったのか。


 いよいよ武蔵とは、因縁いんねんを感じるのう。


 小次郎との戦いの噂を聴き集めて見ると、詳細しょうさいわかって来た。


 小次郎に勝ちはしたが、ほこれるような勝ち方ではなかったらしいではないか。


 しかし勝ちは勝ち、死んでしまっては何も言えないからのう。


 武蔵よ、お主の剣も大分だいぶ、汚れて居るではないか。


 勝つ為には、手段しゅだんえらばないみたいじゃのう。


 正々堂々せいせいどうどうと戦っても、お主程ぬしほど手練てだれならば、負けはするまいよ。


 何をそんなにおびえる必要ひつようがある、武蔵よ。


 だが、徹底てっていして勝負しょうぶには手を抜かないと言う、まことにあっぱれ、泥臭どろくさい処が気に入った。


 儂が特別に殺してしんぜよう。


 お主の、剣に対しての考え方は良く解る。


 儂の考え方に似て居るのじゃ。


 勝ちに綺麗も汚いもないからのう。


 儂はその考え方は嫌いではない。


 だが、その剣は次郎衛門にさわるのう。


 まあ、それは儂がさせないから大丈夫じゃ。


 武蔵よ、何処どこに居るのじゃ。


 早く儂の前に出てまいれ。




 しかし武蔵はあらわれなんだ。


 江戸中探えどじゅうさがまわったが駄目だめじゃった。


 奴はもう江戸には居らんのかのう。


 するともう一つの考えである、今まで歩んで来た道をもう一度引き返してみるの方かのう。


 仕方しかたがないのう、今まで奴が辿たどって来た形跡けいせきあらってみるかの、儂はひまじゃからのう。


 北陸ほくりくへ行くようなことを言って居るみたいだが、儂の感じゃがそれはちがうとげておる、逆じゃ。


 武蔵は西に縁がある。


 江戸を発つ前に、次郎右衛門に挨拶あいさつだけはして行こう。




 世話せわになったのう次郎右衛門、儂は西へと旅をするでのう、もしかしたら今生こんじょうの別れになるやもしれぬのう。


 ふふふ、次郎右衛門は泣いて居ったの。


 可愛かわいい奴じゃ。


 この儂の最高傑作がいて居ったわ。


 さらばじゃ、次郎右衛門よ。


 さてと、まず武蔵じゃが、大坂、播磨、小倉と逆を行くとこんな感じかの。


 まずは大坂じゃな。


 大坂の地はもう豊臣とよとみのものではない、今は幕府ばくふ天領てんりょうとなって居る。


 これだけ探しても見つからず、奴は目立つから居ればすぐ分かるようなものを…


 どうやら大坂には居らぬ見たいじゃ。


 次は播磨国姫路はりまこくひめじじゃ。




 この姫路で武蔵は妖怪退治ようかいたいじをしておるらしいのじゃが、そんなもの本当に居るのかのう。


 まずはその妖怪退治した証拠しょうこがあると言われる、てらに行ってみるかの。


 おお、この髑髏本当しゃれこうべほんとうつのえてるわ。


 このようなものが本当に居るとは、実物じつぶつを見てもまだ信じられぬ思いじゃ。


 立札たてふだには柳生やぎゅうのせがれの名も書いて居るわい。


 彼奴きゃつもやるようになっとるみたいじゃの。




 ほう、美しいしろじゃのう、あれに見えるが姫路城ひめじじょうか。


 夕焼ゆうやけに白い城がえておる、なんと美しいものか、よい目の保養ほようになったわい。


 其処そこらの店で飯でも食うて、今日の宿やどでも探すとするかの。




 いやあ、ついついぎてしもうたわ。


 外はこんなに暗くなって居ったのか、店で提灯ちょうちんを借りたが、こんな時刻じこくに開いて居る宿があろうか。


 どこでも良いから早くたい、宿を探さなくては。


「なんじゃ勘四郎かんしろう、じじいではないか」


 背後はいごから声が聞こえた。


「そのようですね小坂部姫おさかべひめさま」


 どうやらわしのことを言って居るようじゃ


 ほう、美しい女人にょにんじゃのう。


 いた儂はその美しさにめをうばわれておった。


「わらわはこんなじじい、らいとうない」


「姫さま、では私がりましょうか」


 儂を斬るとな、その小僧こぞうが。


 おもしろい斬れるものなら斬ってもらおう、最近儂も人を斬って居らぬゆえ身体からだよくして居ったところじゃ。


 よく見たらその小僧、人間ではないようじゃ。


 ほれ、ひたいからつのえてるわ。


 その小僧はおにじゃ、儂はこのようなもの初めてお目にかかった。


 そして刀を抜いてかまえた姿を見て、またおどろいた。


 一刀流いっとうりゅうじゃった。


 儂は思わず小僧、その剣技けんぎどこでおぼえたと聞いて居った。


 しかし小僧は儂のいにこたえる様子ようすもなく、ただまゆをひそめるだけじゃ。


 儂は鬼を斬るのは初めてじゃ。


 ねらうはくびじゃな、儂は直感ちょっかんで分かって居ったのじゃが、ちょっとあそんでやろうと思うた。


 そのかまえが気に入らないのじゃ。


 ふふふ、一瞬いっしゅんのことゆえ小僧には儂の太刀筋たちすじさえ見えなかったじゃろう。


 まずは小僧のかたなたたってやった。


 小僧は何が起こったのか分からないと言う顔をして居るが、ほれ、次は首を行くぞ。


「姫さまおげください、この勘四郎……」


 全部ぜんぶしゃべらさなかった。


 一刀いっとうもと、小僧の首をとしてやった。


 ほれ、次は女、お前をいくぞ。


 どうせお前も化け物じゃろう、ほれ。


「ぎゃっ」


 ほう、たしかに今首いまくびとしたと思ったのじゃが、斬った首がもうつながって居る。


 血も出て居らぬ、やっぱり化け物じゃ。


「じじいいたいではないか」


 顔は良いが口は悪いようじゃのう。


「ぎゃああ」


 今度はしんぞういてやったが、それも駄目だめみたいじゃな。


「わらわは小坂部姫じゃ、じじい、よくも……」


 首も心の臓も駄目なら、全身ぜんしん細切こまぎれにするしかないのうと儂がつぶやくと、その女の目の色が変わった。


「またか、それはごめんじゃ」


 そうさけぶと脱兎だっとごとく走り逃げた。


 儂は小僧の方は仕留しとめたが、女の方は取りにがしてしもうた。


 儂もまだまだじゃのう。


 鬼を斬ったのは初めてじゃ。


 しかし小坂部姫とか言うたかのう、奴は仕損しそんじたようじゃ。


 まさかこのに、あのような化け物がおるとは思わなんだ。


 世の中まだまだ広いのう、そして儂はまだまだじゃのう。


 見上げると闇夜やみよかぶ姫路城がうつくしかった。


 そして生涯しょうがい、儂は宮本武蔵に会うことはなかった。

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不落城の如く 道筋 茨 @udon490yen

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