著者は色々な作品に挑戦されていますが、私はやはり剣豪モノが一番好きですね。
中でも伊東一刀斎を題材にした今作は秀逸です。全編がユーモアある一刀斎の一人語りで進められていて、読みやすく飽きが来ないです。
小野派一刀流や柳生新陰流といった実在の剣術流派を、著者の創造した個性的な一刀斎のキャラクター視点から眺める描き方が愉しいです。
一刀斎が武蔵を「逃げ足の早い天下無双」と評しつつ、天才的な剣技に敬意を抱いている部分には剣士同士の通じ合いが垣間見え、胸が熱くなります。
剣豪や時代物に興味がない方でも、ユーモアと人間味のある語り口が楽しめる作品ですので、もっと多くの方に読んでいただきたいです。
伊藤一刀斎。
生没年不詳の戦国時代から江戸初期にかけての剣客。
本人は自称してはいないが剣術の一派「一刀流」の開祖。
難しい話はこの辺りで。
剣豪小説や時代小説というと、どうしても難しくて読むのが面倒、と思う方も多いでしょう。
しかしこの小説は約5000字。しかも主人公である伊藤一刀斎の一人称で進みます。
まず何よりも読みやすい。
続いてこの伊藤一刀斎という剣豪の人柄。
一言で言うなら「魔物」。
人を斬ることを楽しむその本性は恐ろしいですが、しかしこの異常性こそが彼を剣豪にしたのでしょう。
悟った老人の説教ではなく、おぞましささえ感じるのは一人称の語りだからかもしれません。
そして何よりも宮本武蔵という、日本で一番有名な剣豪との立ち合い。
この立ち合いのオチは「は?」と思う人もいるかもしれません。
しかし個人的にはまさに宮本武蔵らしい、と痛快でした。
立ち合いを終えてじっくりと考える伊藤一刀斎の姿は、やはり剣豪と思えるものです。
そんな一人の老いた剣客の短編。
たまにはファンタジーではなく歴史小説もいかがでしょうか?
「一刀流」と聞くと、ほとんどの日本人が「北辰一刀流?」と聞き返す。
ちげーよ、北辰一刀流は支流。その本流である一刀流は、日本最大の流派だよ! 一刀流を知らないなんて、日本人として恥ずかしいことなんだよ!
日本人は、柳生新陰流や天然理心流、北辰一刀流や無外流は知っているが、一刀流は知らない。理由は簡単。一刀流の剣豪である伊藤一刀斎と小野次郎右衛門が活躍するヒットした時代小説がないからだ。
だから、一刀斎が出てくる時代小説となると、読まないわけにはいかない。
本作は一刀斎ものとしては、特異な部類に入ると思う。が、このキャラクターづけは面白いと思う。
伊藤一刀斎。生没年不詳。生没地不詳。ただの一度も仕官せず。彼が実在した証は、後の世に残された一刀流のみ。彼こそは、まことの剣聖である。