さよなら、ブルー
芝犬尾々
さよなら、ブルー
暗闇の中、鞄に荷物を詰め込んでいた。彼が起きたら家を出るのをやめようと心の中で繰り返しながら。
暦の上では冬が始まる。春になってしまえばまた芽の出ない種に水をやるような日々を続けてしまいそうだから。緩やかに温度を失っていく関係を終わらせるのだ。
感謝と謝罪を綴った手紙を置く。眠る彼の額に口づけをする。部屋を出て鍵をかけ、ポストに投げ込む。金属のぶつかる音が大きく響く。
息を詰めて扉を見つめた。いまにも彼が慌てた顔で飛び出してきそうで、心のどこかではそれを期待してもいた。だが、扉は開かない。
息をつき、鞄の紐を肩にかけなおす。振り向くとちょうど朝日がビルの向こうから顔を出した。
涙が出そうだった。笑い出しそうだった。
部屋に戻って彼の隣で眠りたかった。いますぐ駆け出して心臓の鼓動を聞きたかった。
複雑な色をしたこの気持ちをなんと呼べばいいのか、いまの私にはわからない。
でも、あの空の青色にも名前があるように。
いつかはこの気持ちにも名前を付けることができるだろう。
そのときまでは、このまま。
「さよなら」
別れを告げ、歩き出す。
新たな人生の船出はかすかに冬の香りがした。
さよなら、ブルー 芝犬尾々 @shushushu
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