第6話 夜

 ――んっふふふふふ……。


 ひそやかな女の忍び笑いが、夜の闇に紛れていった。


「だけど、だぁれも気づかない。あたしたちがもぉここにいるって……」


 冷たい風が吹き抜けた。

 あたりに満ちる闇は深く、ざわめく木々の音がかすかに響くのみ。地上の暗闇とは対照的に、天には星がきらめいている。


 月明かりに浮かぶのは、華奢な女のシルエット。

 かすかなオレンジの花の香りが、ふわりと風に広がる。


「我らが真の神のお導きにより」


 ふと敬虔なしぐさで、女は両の手を組みあわせる。

 高い空にひときわ輝く、大きな白い月。


「決行は明日」


 妖艶な唇がニイッとつり上がり、その瞳が猫のように細められる。

 遙か下方には、無数にきらめく明かりがあった。崖の輪郭を浮き上がらせて、ひとかたまり見えていた。


 ここは小高い丘の上。

 女神の結界に守られた、聖なる神殿の屋根の上だ。


 んっふふふふふ、とまた忍び笑いが、夜の風に紛れていく。


「たぁのしみねぇ。エンリル」


 歌うように呼びかけて、女は振り返る。

 ひそやかに闇に溶けこむ、もうひとつの少年の影が、そこにいた。


「……ああ」


 低い声音で、そう答えた。


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ダムキナの守護天使 沙倉由衣 @sky2017

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