-第29話- ファースト・コンタクト

 シリルは重宇宙服のヘルメット越しに、全方位に広がる静謐な星辰の世界を眺めていた。




「……これって、ひょっとして誰も助けに来ないかもな」

「何だよ、せっかくファントムを倒せたっていうのに、何の見返りもなくココで干からびるのを待つだけなのかよっ」


 ヘルメットにしがみ付いてわんわんと泣くアンソニーにシリルが優しい声を掛けた。

「まぁ仕方ないよ、何の対策もしないでファントムに突っ込んでった俺が悪いんだしさ。っていうか、それは俺のセリフなんだけどなぁ、ハハハ」


「でも、でもよぅ……」

「大丈夫だよアンソニー、多分数日もすれば地球にいるニーナさん達が気づいて、救助に来てくれるんじゃないかな。その位なら、この重宇宙服でも充分持つだろうし」




 シリルはこの重宇宙服を着ていたお陰で、宇宙船ごとファントムの取り憑くAIが吹き飛んだ衝撃で宇宙空間に放り出されても傷一つなく逃れる事が出来ており、それ以前にあのフッ化ジェネヴィウムによる核爆発を至近で被爆してもガンマ線やその他放射線の影響を受けずに済んでいた。


「それにウィルも無事だったし」

「何トカ上手クイッテ良カッタシ、シリル達ガ無事ナラ何ヨリダヨ」

 今はあのツングースカ隕石に乗り移ったウィルがブルッと頷くように震えた。


「ああ、でもリトルレイさんは……」

 リトルレイは、きっとあのファントムと一緒にあの爆発に呑まれてしまっただろう。

「仕方ねえよ、覚悟の上だったって言うんだからさ」

「だけど、あれ以外に方法が無かったのかって色々考えちまうな……っと?」


 重宇宙服の通信機がピピッと反応したので、シリルはそのスイッチを入れた。


「シリルよ待たせたのう。ようやくお前さんの居場所を見つけたわい」

「えっリトルレイさん、無事だったんですか?」


「おーぅ、ワシは間一髪のところで逃げ出せたぞい。

 何しろファントムの分身共が接舷しとった無人宇宙船が何隻も残っておったからのう。ちょいと一隻頂戴したという次第じゃ」




 やがて、爆発した宇宙船側の方角より少し離れた空間から一隻の宇宙船が航行灯を点滅させながらシリルの方へと接近してきた。


「さあさあ乗った乗った。これよりワシらはあのワケアへと向かうぞい。何故かって? もし本当にワケアにワシらの同胞……乗員が居るのであれば、ワシらが地球代表として早速出迎えてやらんといかんからのう」

   



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 直径五・五キロほどのワケアは、その白い大地のあちこちからおびただしい噴煙を周囲の空間に向けて巻き散らしていて、遠くから見ると成長しかけの彗星のようだった。




「さあ、ここからはエンカウンター・シークエンスの開始じゃ」


 リトルレイが掌握した宇宙船にシリル達が乗り込んでから一週間ほどでワケアへのランデヴーポイントへと到達した。


 それまでシリル達は地球にいるニーナと連絡を取りつつ、NRに残っていたファントムの分身達を管理下に置くようにする等と、忙しく活動していた。




 ニーナによると、あの爆発直後に本社を始めとしたマークスZの動きが急に鈍くなり、本社ロビーで戦っていた虎人や警備員達が急に撤退し始めたそうだ。

 それどころか、その場でマークスZのCEOに直々に呼ばれ、彼と話をしてきたという。


 どうやらマークスZ歴代のCEOは常時ファントムに取り憑かれて操られていたらしく、お陰でニーナは逮捕されるどころかCEOから感謝を伝えられる始末だったらしい。


 バーリッツ隊長率いるL4支部も造反の疑いが晴れたそうだ。

 それにカリスト警察のヒューゴも辺境から中央本部に戻る事になり、今度地球圏へ研修に来るのだという。


 シリルの個人的な事柄としては、父と和解出来たことが大きい。

 父は最初、シリルが無断でこういった法に抵触するような行為をやらかした事に対しては大変怒っていたのだが、シリルによる弁明だけでなくニーナ達による擁護もあり、次第に態度を軟化させていった。

 そしてあの事件において、母のくれたワラカが帰趨を決したという話を聞くにつれ、結局は父も折れざるを得なかったようだ。


 NRの実質的な管理者だったファントムの分身達が大量に抜けた穴はリトルレイが暫定的に埋めていた。


 彼の本体は宇宙船にありながら、ファントムと同じように分身を生み出して次々にNRへと送り込んでおり、元々機械への憑依はお手の物だったリトルレイによりNRは安定が保たれるようになっていた。




 何よりもマークスZやファントムからの圧力が無くなったお陰で、統合保安局スプライト事象部は、野良スプライトや隠れスプライト達への過剰な取り締まりを止めるようになったのだ。

    



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「それでは今からこのポッドに乗り込んで、地表に降り立ちます」




 シリルは色々と去来する回想を振り払いつつ、一人乗りの着陸用ポッドに搭乗した。

 その様子はNRを通じて太陽系中に中継されていた。


「ゴクリ……本当に大丈夫なのかな」

「大丈夫ダヨキット、僕ノ同胞ガ僕ラト同ジ思考プロセスヲ持ッテイタラノ話ダケド」


 ウィルの安心させる気があるのかどうか分からない言葉を聴きながら、シリルはポッドを慎重に操作して宇宙船から外に出た。


「いざとなったらワシが緊急操作でお前さん達をワケアから離脱させるから、問題あるまいてな」

「そういう事を言われるとますます不安になるんですけど……というか、本当に自分なんかが人類代表として赴いて良いんでしょうかね……」

「全く、まだそんな事を言っておるのかいな。お前さんがこの世界を変えた『救世主』なのじゃから、もっと堂々とせい」


「うっ……はい」

 若干荒々しさが増す呼吸をヘルメット内に反響させながら、シリルは徐々に目前へと迫り来るワケアの真っ白な氷で覆われた地表を眺めた。




「--、--」


 するとシリルの脳裏に、奇妙な声というより信号のようなものが微かに聞こえてきた。まるでカリストで鉱物狩りをしていた頃に聞いていた「石」の声のような感じだったが、それよりも遥かにスケールで勝っているようにも思える。


「もしかしてこれは、--、--、----、----」


 リトルレイもまたその声に反応し、何やら声にならない声で何度か応答をしていたようだったが、しばらくするとシリルに声を掛けた。


「シリルや、一三・五度の方角に五〇〇メートル進んだ地点でポッドを降ろしてくれ」


 指示通りにポッドを着陸させると、シリルはそこで最初の一歩を踏み出した。




「重力が低いから、何とも歩きにくいな」

 ともすればフワッと体が浮き上がるのを何とか押さえつけながらシリルが数歩ほど歩くと、その目前の地面に、奇妙なプレートのようなものが置かれている事に気づいた。


「これは……もしかして」

「そうじゃ、これこそが我が同胞とその〈主人達〉……ファントムは〈上帝〉とか言っておったそうじゃが、彼らが眠るシェルターがこの中にある」


「〈主人達〉……つまり、異星人?」

「うむ、そして今ここに顕現し給う……」


 リトルレイが何かを呟くと、そのプレートの上に突如として立体映像が浮かび上がった。




「初メマシテ……」




「うわっ喋った?」

「ああ、これはワシが地球の言葉を今さっき教えたので喋れておる。というか地球言語のアーカイブデータ全部を送付したからじゃの」


「……君ガ、『地球人』カネ……」

「えっ、は、はい」


 シリルに向かって話しかけてくるその映像は、ノイズが酷くて度々大きく歪み、明確な異星人の像をなかなか結ばなかった。


「ソレニ君ノ傍ニイルノハ地球ノ『スプライト』……」

「おっす、オイラはアンソニーさ、よろしくな!」

 異星人を目の当たりにしても物怖じしないアンソニーが元気よく答えた。

「ソシテ、我ガ同胞ノ『スプライト』……」

「初メマシテ……ジャナイト思ウケド、コンニチハ」




「同胞達ヨ、ソシテ地球ノ諸君達ヨ、私ハ全権大使トシテコノ星系ニヤッテ来タ……君達ハ我々同胞ト、ヨリ良キ関係ヲ結ベルトイウ証明ヲ持ッテ私ト会エタ。ソレヲ大変喜バシク思ウ」


 映像の中の手のようなものが、シリルとウィルを交互に指差した。

「マタ『リトルレイ』ト『ウィル』ト名乗ルスプライトヨ……コチラノ指令ヲヨク守ッテクレタ……特ニ『有用』ノ意味ヲシッカリト理解シテ行動シタ結果トシテ、良イ実リガ得ラレタト思ウ」


「ははっ」「ハイ」リトルレイとウィルが応えた。

「ソレデハ私ハ、コレヨリ君達ヲ『星間群意識場ネットワーク』ニ招待シタイト思ウ」




「星間……群意識場ネットワーク、ですって?」


「そうじゃ、平たく言えば地球人の持つような『群意識場』を恒星間にまで広げて、様々な異星人とも遠く隔てられていても瞬時にコミュニケーションが可能なネットワークの事じゃな」

リトルレイが補足した。


 つまりは地球外文明が持つNRだとか情報ネットの群意識場版であり、地球外文明の数に応じて様々な種類があるそれらのネットワークを更に広く結びつける物なのだろう。


「これに参加すれば、地球人と異星人の間だけでなく、地球側のスプライト達と地球外のスプライト達との間でもが簡単に交流・交易出来るようになる。無論、野蛮で危険な文明だとか、スプライトの存在を認めない文明はこのネットワークには参加出来んからの。

 お前さん達は、恒星間文明への切符を手に入れる事になるわけじゃぞい」




「は、はぁ……」

 事の大きさがすぐには理解出来ないシリルは、ともあれ向こうが差し出してきた「手」を取って握手をしつつ、硬い表情ながらも微笑みながら言った。


「えっと、これからよろしくお願いします……地球へようこそ」


 シリルは徐々に明確な形態を現すようになった異星人の姿が、何だかまるで昔に読んだ古いホラーSF小説に登場する、はるか古代の南極に生息していた種族のそれに似ているような気がした。

 



「我々ノ事ハ〈エルダー・シング〉トデモ呼ンデモラエレバ良イ」


 シリルの目前にいる種族は、その海百合のような五本の触手を揺らしながら言った。

  


 

- 本編 終 -

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スプライト・ハンター 〜いや俺はこの宇宙で妖怪狩りなんかしない 海亜 弥直 @minao-x37

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