-第28話- 決戦
[正体不明機、撃破を確認]
[うむ、それなら結構]
報告を聞いたファントムは安堵した。
もしあれがリトルレイとやらの憑依するシャトルだったとしても、周囲に何もない宇宙で撃破されてしまえばもう何も出来まい。
爆死した宿主の破片とともに飛び散っていく寄生虫のようなもので、あとは寄る辺ない真空中で「意識」が干からびるだけだろう。
さて、もうそんな奴らの事は忘れて、来航するワケアにおわすであろう〈上帝〉に奏上する内容でも精査演算して過ごそうか……
[どれ、奏上文はワシが代筆してやろうかの]
[……何っ]
マザーAIにはファントム自身とその分身たる眷属しか憑依していないはずなのだが、強烈な異物感とともに身体の裡から聞こえてくるそのダミ声は、本来感じるはずのない吐き気をファントムにもたらした。
[貴様……どこから入ってきた?]
[なぁに、単純にあのシャトルから乗り移って来たのさ。お前さんに気づかれないように、一旦UFOに化けて跳んだわけじゃがな]
[今すぐに私の身体から出て行けっ!]
[なぁにが『私の身体』じゃい。それは元々地球人が丹精込めて開発していたマザーAIじゃろ。出て行くべきなのはお前さんの方じゃよ]
[おい『ファントムLC-4-82』、直ちにコイツを排除しろ!]
[一体どうやって排除するつもりかね。今やワシとお前さんは一心同体じゃ、これからも仲睦まじく一緒に暮らそうじゃないかえ、ヒッヒッヒ]
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「何も反応が無いけど、リトルレイは上手くいったのかな」
「AIの外側からじゃ何も分からねーなぁ」
シリル達は、宇宙船内のAIルームに通じる廊下から中を覗き込んでいた。
AIルームは円筒形を呈した巨大な無重力空間であり、その中心を貫く太い軸柱に古めかしい筐体のAIが固定されている様子は、まるで枝に付いた昆虫の卵のようだった。
全てが作戦通りに行けば、もうそろそろリトルレイがAIと宇宙船の全システムを掌握して、宇宙船はワケアへの進路を反転させてから地球への帰路に着くはずだ。
何しろリトルレイは手製の電脳兵器とやらをいつの間にか拵えて持って来たのだという。彼があの博物館で過ごしていた頃に、有り余る時間を使って博物館のサーバーをスタンドアローン状態にして作成していたそうだ。
それ以外にもバンカーの壁を吹き飛ばした爆弾といい、リトルレイは色々と器用な事をしていた。
「アソコヲ見テ、僕ノ欠片ガ置イテアル」
ウィルが指し示す方向、透明なクリスタル様の物質で形成された軸柱の脇にある台座にあの隕石が鎮座されてあり、それはまるで祭壇に据えられた生贄の様にも思える。
「ファントムはあれをワケアへの手土産にするつもりなのか」
「……おい、なんだか変だぞ。隠れろっ」
アンソニーに促されて慌てて廊下の物陰に隠れた直後、廊下の奥から何体もの人型ゴーレムボットが続々とAIルームの方へ入って行った。
ゴーレムボット達はAIの筐体に触っては魂が抜けたかのようにバッタリと倒れていく。
「分かったぞ、あいつらに憑依してた分身ファントム達が次々にAIの中へ入ってってるんだ。だけど何のためにそんな事を……」
その時、シリルの脳裏にリトルレイの声が響いた。
(おいシリルや、作戦変更じゃ。今すぐワシごとAIを破壊してしまえ)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ええっ、それってどういう事ですか」
(今ワシが電脳兵器でファントム01を押し潰そうとしたのじゃがな、奴もなかなかどうして達者でのう、この宇宙船内だけでなく全太陽系中にいる分身連中をAI内に結集させて自らのスプライト体を再構成し、更に膨張させようとしているのじゃ。既にこの宇宙船の周囲におった他の無人宇宙船も次々にここへ接舷して、ファントム共が次々と乗り込んできておる。このままじゃワシだけがAIから強制的に吐き出されるか、もしくはファントムの意識体に押し潰されてしまうじゃろう)
「何ですって、それじゃ作戦が……!」
(そうじゃ、ワシらの試みは失敗してしまうじゃろうな。それを止めるには、このAIごと吹き飛ばすしか無いのじゃ)
「なんてこった……しかしリトルレイさんはそれで良いんですか」
(ワシはとっくの昔に覚悟は決めておる、さあすぐにやってくれ。こうしている間にも、太陽系中に居た分身共が今やもう半分ほども集まってきておる。むしろこれは、ファントム共をまとめて一挙に刈り取れるチャンスじゃ!)
「分かった、リトルレイさんがそう言うのなら……しかし、爆発物なんか何も持って来てないし、一体どうすればいいんだ」
シリルは重宇宙服を着た体ごとグルっと廻して、周囲に何か無いか見回した。
「僕ニ、チョット考エガアル」
今までずっと黙っていたウィルがここで声を上げ、シリル達に自らのアイデアを伝えた。
「おい待てよ、それじゃウィルの体が全部吹き飛んじまうじゃねえか」
「イイヤ、問題ナイヨ。ソノ手前デ僕ハコチラノ方ニ乗リ換エルカラ」
ウィルはニューヨークで得たツングースカ隕石の欠片を指した。
「デモ、向コウノ欠片ノ体成分ヲコントロールスルニハ、ナルベク近寄ラナイト難シイカラ、ギリギリマデコノ体ニ居続ケナイトイケナイ」
「マジかよ、そいつは賭けだな……」
「ソレニ、絶妙ナタイミングデ僕ノ欠片同士ガ上手ク衝突シナイト駄目ナンダ」
「だけど俺に出来るだろうか」
「大丈夫、シリルノ腕ヲ信ジテルヨ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……分かった、やってみるよ」
シリルは重宇宙服のヘルメットを一度外してから、自身の懐に入れてあったワラカの紐を取り出して手に持ち替えた。それからヘルメットを再び嵌めてゆっくり深呼吸した。
無重力空間ではフラフラして体が安定しないので、出入口近くにある手すりに足を引っ掛けて体を固定する。
紐の真ん中ほどにある小さく広がった平らな部分にウィルの欠片を乗せて挟み込み、紐の端にある輪っかに指を通してから目標を見据えてしっかりと構えた。
そして霊力を込めるように強く念じながら、紐の先をビュンビュンと振り回し始めた。
「物言わぬワカの精霊よ……我に力を与えてくれ……!」
その時、初めてワカの力がシリルの全身に漲るのを感じた。
「おいシリル急げ、連中に見つかっちまったぞ!」
アンソニーが指差す方をチラリと横目で確認すると、警備用ゴーレムボットがこちらに向かって銃を構えながら接近してくる。
するとギィーーン! という猛烈なノイズと共に、ゴーレムボット達が一斉に止まった。
「でかしたウィル!」
「コノ位、朝飯前ダヨ」
その時突然、まるで金属を擦り合わせるような不快な金切り声がシリルの脳裏に響いた。
(オイ貴様、シリルとかいう奴だな、いつの間にか我が聖域に入ってきおって、ここから出て行け!)
「ひょっとしてお前がファントムなのか。これ以上俺達を、そして地球のスプライト達をファントム達の好き勝手にはさせない」
(我が崇高な任務の邪魔をするな、下劣なスプライト・ハンター風情が!)
シリルは眉を僅かに顰めさせたが、パッと前へ向き直して明快に宣言した。
「そうだ、俺はスプライト・ハンターだ。お前を狩りにきたのさ」
(何だと?)
そしてウィルのEM効果に抗って再起動したゴーレムボット達が再びシリル達に接近し、彼らが放つビーム銃の光条がシリルの体を掠めた次の瞬間。
シリルは勢いよく紐を振り下ろした。
シュッ、と小さく乾いた音を響かせてウィルの欠片が数十メートルほど先にある台座に向かって飛んでいった。
「行けっ!」
ウィルの欠片は飛んでいくその一瞬で自らの体組成にあるフッ化ジェネヴィウムを表面側に凝集させ、同時に台座側にある大きな欠片の方でも、同じように体内のフッ化ジェネヴィウムを凝集させた。
そしてシリルの絶妙な腕で投擲されたウィルの欠片同士が丁度ど真ん中で衝突した瞬間、凝集した数マイクログラムのフッ化ジェネヴィウムがあたかもガンバレル型原爆のように急激な核反応を励起させた。
[あっ……]
ファントムが短く声を上げた次の瞬間、AIルームは太陽を何千個も集めたような眩い光に包まれた。
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