第43話 エピローグ

 アーテア大森林から離れた峠。満月が世界を照らす夜の時間帯。岩山が崩れたのか、大きな岩石がごろごろと転がっており、その中で一際大きい岩の上にある魔狩人がいた。


 その者はメイドルーツだった。


 ヒグレが去ったその日の夜。メイドルーツが静かに腰かけていた。

 メイドルーツが見る先には、平地が続いている。

 その遠く離れた場所に複数の灯りが灯っており、そこにはアーテア地方の中心地である都市が存在している。


 メイドルーツは元凶が発生した原因を調査していた。

 発見時から魔物が出現することがなかった世界に、監視者がいたにもかかわらず魔物が発生し、現存する大森林に住まうエルフをほとんど食い荒らしていた。

 異常である。ヒグレが推測したように人為的に引き起こされたものであると、そういう前提でメイドルーツは個人的に調査していた。


「ああ、エルかね。元凶はどうなったかね」


 メイドルーツの背後に、メイドのエルが白い光とともに現れた。


「つい先程報告が上がり、無事にヒグレ様一行によって終焉級相当の魔物が討伐されたと」

「さすがはヒグレだ。やはり、面倒事はあの子に任せるのが一番だね」

「それと同時に、滞在していた村でこの世界でのしがらみに愚痴ってはいましたが」

「まあ、この世界のエルフと関わればそうもなる」

「それと――」


 元凶の討伐報告に満足げなメイドルーツに、エルは文書を手渡した。


「頼まれていました例の組織の件ですが、やはり特定の魔狩人まがりびとを調査していた形跡がありました。旦那様が予想していたとおりでした」

「やはりそうか」


 メイドルーツが数枚の文書をめくりながら軽く確認する。その文書に記載されているのは統括者であるメイドルーツが直々に育ててきた魔狩人まがりびとの情報だ。

 総勢五名の中には、ヒグレの名前も記載されている。


 ――


 名前:不明

 狩人名:ヒグレ・シルヴァルド

 年齢:停年二一歳

 性別:男性

 術式:無能

 等級:準二等級

 二つ名:無能


【実績】


 ・魔物討伐数:137564

 ・魔物以外、人間および他種族討伐数:103675


【記載】


 ・メイドルーツと深く関わりのある人物。

 ・実績の詳細は不明。不審な部分も多く、多くの実績には不正の疑いあり。

 ・術式において火の術式との噂が存在するが、調査中は術式を使う様子はなく、身体強化のみの戦闘から噂はデマであり、やはり無能力者で間違いないだろう。だが、魔物討伐数から虚偽の報告である証拠はなく、なにかしらの手段を用している可能性ありと判断。

 ・比較的おとなしい狩人だが、魔物討伐数と同じくらい人類種の討伐が多く、都市一つ丸ごと壊滅させた実績が何件か確認された。中には大事件に関わっていたことも確認できた。ヒグレ・シルヴァルドを抹殺対象としたが、対象者に関わった者たちはことごとく行方不明となった。この現状を踏まえ、ヒグレの調査および抹殺を中止とする。


 危険度:第一級危険人物。



 ――


 ヒグレの調査結果に、メイドルーツは思わず鼻で笑った。


「なんともお粗末な調査だねぇ。これなら、私の心配したことはないだろう」

「ヒグレ様以外も食い違いが発生していました。おそらく明確な情報を知っているはこちら側だけでしょう。脅威となることはまずないと思っていいかと」

「十分だ。せっかく丹精込めて育てたお気に入りの魔狩人まがりびとたちだ。大切なこちら側の戦力を失いはさせない。もっとも五人に勝てることはまずだろうけど」


 そう言いながらメイドルーツはヒグレの報告書を見つめる。


「どの魔狩人まがりびとの術式も引けを取らないが、その中でもヒグレの術式は特別だ。邪悪を焼き祓い、時には死にかけた生者に命を吹き込むことさえできる万能の火。生かすことも殺すこともできる火を操る術式に与えられた名は〝怪火躁術かいかそうじゅつ〟」


「ヒグレ様の術式は非常に強力だと思われます。ひとたび火が燃え移れば消すことすらままらない。派手に暴れ回ってきたわりには広まってないのが不思議でなりませんが」


「彼は優しいからね。滅多に使うことはないさ。だからこそ、彼に相応しい二つ名がついた。二つの性質を併せ持つ力を駆使すれば彼の名はもっと違うものになっていた。しかし、彼は助けられなかった者たちを送り出すために、自身を燃やす火に弔いの意味を込めた。そんな死者を見送る姿から〝火葬かそう魔狩人まがりびと〟と名付けられた」


 メイドルーツは微笑みながら、調査報告書を否定するかのように文書を折り畳んだ。


「本当は、もっと良い名前があるのだがね。それは叶いそうにない」


 嬉しそうに微笑んだメイドルーツだったが、次第に憂愁を含んだ笑みへと変わった。


「例の未来ですか」

「そうだ」


 メイドルーツが肯定すると、目を覆う黒い布をずり下げた。

 金色に輝く瞳。それはメイドルーツが所有する魔眼のひとつ、〝未来視の魔眼〟だ。文字通り未来を見通すことができる魔眼であり、対象を指定することでその者の未来を視ることができる。強力な魔眼ではあるが、魔狩人の中では不便な代物である。


「ヒグレは近い将来死ぬ。これは確定している未来だ。何度も変えようと試みたが、一向に変わる様子がない。いつも灰の中に兜が転がっている光景が映し出される」

「それは……」

「彼の死は、ほかの四人が死ぬ要因となろう。手間をかけてきたがゆえに虚しいよ」


 メイドルーツは満月が昇る夜空を見上げ、


「また、寂しくなる」


 穏やかな口調で呟かれる言葉は哀愁を含んでいた。

 そばにいるエルも残念そうに目を伏せた。

 確定した未来が魔眼に映ってしまった以上、未来は変えられない。メイドルーツはこの事実を受け入れているが、変えられるなら変えたい気持ちがあるのは確かだ。


 ふいに、メイドルーツは今回の元凶を倒してからの未来を視ていないことに気づく。ダメもとでヒグレの未来を視てみると、そこには生きているヒグレの姿が映し出された。

 その光景に、メイドルーツは目を見開いた。


「………………、ふふっ、未来が変わっている」

「旦那様、それは確かですか」


 不敵に笑うメイドルーツの言葉にエルは、確かな希望に目を見開いた。


「生きている。この世界でなにがあったんだい? 良い出会いでも見つけたかね」


 メイドルーツの魔眼には、ヒグレの肩を並べる少女が映っている。その子が変えてくれたんだね、とメイドルーツは思いながら会うのを楽しみにした。

 そして、ヒグレの将来によりいっそう興味が湧いた。


「今度なにを成していくのかが楽しみだ。私に君の物語を見せてくれ。ヒグレ」


 黒い布で目を隠したメイドルーツは笑みを浮かべながらそう言った。未来視の魔眼はひとたび世界と世界を跨ぐと未来が大きく変化する。いま視えているものがすべて起こるわけではない。どう変化をしていき、どう結末を迎えるのか、ヒグレの選択一つで変わっていく。彼の物語がどう紡がれていくのか、メイドルーツは楽しみで仕方がなかった。


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【序章終了】魄焔の魔狩人 -灰かぶりの狩人と壊れた世界の生存闘争- 兎藤うと @kugiriya345

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