第42話 ともに

 アーテア大森林は天気に恵まれていた。

 そよ風に草木が靡き、鳥の囀りが森中に響き渡っていく。キメラの魔物が跋扈していた時とは違って生物の息吹が感じられ、息の詰まるような空気は漂ってはいなかった。


 大量の魔物が討伐され、当分の間はキメラの魔物の心配は取り除かれた。しかし、主を失った魔物はいまだに世界中を闊歩している。完全に駆除されるまで、どれくらいの年月がかかるかは不明である。もしかしたら、整体家の一部となって一生つきまとう脅威になるかもしれない。それは今後、派遣されてくる魔狩人に託すしかない。ここでのヒグレたちの仕事は終わったのだから。


 帰還する前に、ヒグレたちはエルフが眠る墓場に立ち寄っていた。

 ヒグレとティンの二人は、ララエが眠る墓標の目の前にいる。ヒグレはエルフの樹葬後はどうしているのかは知らないが、とりあえず普段どおりに手を合わせた。


「すべて、終わらせてきたよ。ララエ」


 ティンは、墓の中に眠るララエにそう告げた。返ってくる言葉はなく、ただ草花がすれる音が鮮明に聞こえるだけだ。

 こういうとき、ララエはこんな言葉を返してくれるだろうな、なんて保管された記憶が彼女の声とともに想像が再生される。現実は無常にもいないと告げるのに。


「ララエは物心つく前に両親を亡くしてた。身寄りのなかった私と一緒にされることが多かった。その時から妙に懐かれて、どこにいる時も一緒だった。気づいたら姉妹のような関係になってた。右も左もわからない私に居場所をくれた大切な家族」


 次第に、ティンの表情は少し崩れ、猫耳を弱々しく垂らした。


「時折、ララエはまだ生きているんじゃないかって、と思うときがある。なんとなく振り返った先で、無邪気に私を呼ぶララエと、一緒に手を繋いで帰る姿を想像してしまう」

「そういうときもある」


 感傷に浸っているティンに、ヒグレは言う。


「ヒグレは、そういうときはどうしてるの?」

「……、感覚がマヒしてどうとも。気を落としても、ただ現実を受け入れて生きている」

「今までにどれくらい見送ったの?」

「最近、百人を超えてから数えるのをやめた。失った者を数えても虚しいだけだからな」


 そうは強がってみたはいいものの、ヒグレは過去の出来事を振り返ることのほうが多い。声、言葉、仕草に容姿、結末、印象的だった思い出ほど鮮明に思い出す。

 自責の念に苛まれることもあるが、自分が脆く弱くいつか壊れてしまうことを知っていても、ヒグレはそれらぜんぶを受け入れている。


「俺を参考にしないほうがいい。どう受け止めるかはティン次第だと俺は思う」


 ヒグレはそう言って白い花で作られた花冠を取り出す。


「それ」

「ララエが作ってくれた。この世界にララエがいたという軌跡のひとつ」


 ヒグレには花冠を作ってくれた時のことをよく覚えている。丁寧に白い花を集めて、楽しそうに花冠を作ってヒグレを飾り付けて満足げな笑みを浮かべていたことを。


「俺は、ララエを妹のように思っていた。ティンと一緒についていくと聞いたとき、どこに連れてってあげようか、なんて楽しみにしてたんだがな。見守ってあげたかった」


 白い花冠から墓標に視線を移したヒグレは言葉を続け、


「少し違う形になったけど、ララエの望みは叶えるからな。花冠、ありがとう」


 ララエと交わした約束を果たすことを誓った。


「また、ここにくる。いつになるかわからないけど、必ず戻ってくるから」


 墓参りを済ませたティンとヒグレは、ララエに背中を向けて歩き出した。

 少しずつ遠ざかっていくなか、ティンは後ろから聞こえた音に振り返って立ち止まる。背後にはララエの墓がある。その場所で見たものにティンは驚いて目を見開いた。


「ねえ、ヒグレ……」

「ん、どうした?」


 ヒグレが振り返ると、ララエの墓のそばに一人の女性が立っていた。

 若葉色の美しい長髪と、翡翠の瞳を持ち、整った顔立ちの女性。ほのかに光を帯びたその女性はヒグレたちを見ながら微笑んでいる。

 ヒグレは、そんな女性を見てすぐに正体がわかった。それと同時に、この大森林では有名な話の人物であることにも気づいた。


「なるほど。ドライアドか。それとも、エルフが崇拝する〝カガリギ様〟と呼べばいいか」

「カガリギ様。あのかたが?」


 大森林で〝カガリギ様〟の話を聞いて育ったティン。それほど信じていなかった存在が目の前にいる光景に、有名人を見かけたかのようにドライアドを見つめる。


 ドライアドは樹の精霊として有名だ。あの世界樹を含めた大森林の管理者の一人であるなら、エルフたちが神として崇めるのも不思議ではない。

 それよりも、今になって現れたのか、ヒグレは一番きになる部分だ。

 ドライアドが微笑んで歩み寄ろうとしたとき、


「今更なんのようだ」


 ヒグレは冷たく言い放ってしまった。

 ドライアドは少し悲しそうな笑みを浮かべて歩みを止めた。

 そして、ドライアドはララエの墓標に手をかざすと、苗木が急激に成長を始めた。三〇センチしかなかった苗木は次第に一メートルを超えた。その間にもドライアドは周囲の植物を操り、蔦を使って根巻のような物を作る。そして、ララエの墓は地面の根から掘り起こされて根巻の中に入れられた。


 ララエの墓がなくなった場所には、それらしく作り直して同じ苗木が植えられた。

 その光景に、ヒグレとティンは唖然として見ていたが、ドライアドは気にせずにララエの木を持って二人の前まで近づき、その木をヒグレに手渡した。

 ドライアドがなぜこんなことをしたのか、ヒグレにはなんとなく想像がついた。


「連れてけ、ってか」


 ヒグレがそう言ってドライアドに視線を戻すが、すでに彼女の姿はなかった。

 一瞬の出来事だったが、ヒグレはそれよりも、腕の中の木に目がいった。


「受け取ったのは良いが。どうすっぺ」


 元の場所に戻すべきか迷ったが、わざわざドライアドが出てきて渡してきたのだからその厚意も無下にはできない。

 ヒグレが悩んでいると、


「連れていこう」


 ティンはそう言った。


「……、いいのか?」

「カガリギ様からのご厚意だから、村のみんなは納得してくれる」

「そう、か」

「いこうか。ドレッドたちが待ってる」

「そうだな。なにか言われる前に戻ろう」


 いいならべつにいいか、と自分を納得させたヒグレは、ティンと木のララエとともにドレッドが待つ場所へと向かう。


「まさか、こんな変な形で連れていくことになるなんて思ってなかった」

「そうだな」


 苗木にララエの影を被せながらヒグレは返答した。

 その時、ヒグレは右手に持っていた白い花冠を見つめた。魔術をかけて枯れないように加工した花冠。ララエとの思い出の一つだが、何個もあるから一つくらいはティンに上げてもいいかな、とヒグレは彼女の頭に乗せた。


「やる。これはティンが持っていたほうがいい」

「……、」


 ティンは乗せられた白い花冠にふれ、足を止めた。


「ん? どうした?」

「……。ヒグレは、白い花冠の意味を知ってるの?」

「いや、知らない」

「……。そう」 


 ティンは微笑して、ヒグレと肩を並べた。


「もしかして、あんまりやっちゃいけない行為だったか?」

「べつに私は気にしない。でも、安易に女の子の頭に乗せるのはやめたほうがいいかも」

「そ、そうなのか。わかった。しないようにする」


 白い花冠を女性の頭に乗せる行為をしないとヒグレは誓った。ティンは飄々としていたが、不快にさせてないか不安になりながら、顔色と耳の動きを伺う。

 そんなのことはつゆ知らず、ティンは口を開く。


「あと、ヒグレについてる気配の子、あとで紹介してね」

「わかった。――え? いつから気づいてた?」

「最初から」


 カルネアの存在に気づいていたことにヒグレは驚いた。それと同時にララエとの会話を思い出して、霊感があることを忘れていた。『ティンは大物になるかもしれないな』とヒグレは将来に思いをはせ、ドレッドたちと合流して元の世界へ帰還するのだった。

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