夜の山に銅線を盗みに行った男の話
@chest01
第1話
これはある犯罪者が、捕まる前に友人に語った体験談だそうで。
それを又聞きした話なんですけど。
太陽光発電のソーラーパネルって、分かりますよね?
山の斜面にびっしりと設置された、そんな
あそこで作られた電気を送るのに銅線ケーブルというものが使われているらしくて。
電線って呼べばいいんですかね。
専門的な知識がないんで、詳しい分類はよく分からないんですけど。
で、その銅線が金属として売れるそうなんです。
金属の窃盗って、たまに聞くでしょ?
側溝の金属製のフタが盗まれたとか、マンホールが無くなったとか、置いてあった銅製の部品が大量に持ち去られたとか。
これは、その銅線を盗むために山に入った人の話です。
ギャンブル好きで金に困っていたその20代半ばの男、仮にAとしましょう。
彼は、手っ取り早く現金が欲しくて、SNSの闇バイトの募集に応募したそうなんですね。
深夜、指定の集合場所である空き地に行くと黒塗りのワンボックスカーがあり、顔合わせした全員が応募者だと知りました。
あらかじめ用意された偽名で呼び合うことになっていて、Aは山田、他は鈴木、佐藤、木村、新井と名乗ったそうです。
みんな似たような年齢と背格好で、服装も指示された目立たない黒っぽいもの。
鈴木はリーダー役を任されていて、他のメンバーより細かいことを知らされていたようです。
「スマホは仕事終了までリーダー役に預けろ」
と言われていた通りにし、鈴木の運転で一行は目的地に向かうことになりました。
素性はあまり話すな、と言われていましたが、Aが興味本位で聞くと、みんな金が目当てで初めてだと。
ですが佐藤だけは、昔からワルで闇バイトでは叩き、いわゆる強盗も経験があると豪語していたそうです。
やがて着いたのは田舎にある山の
そこにはもう1台のワンボックスカーが停まっており、プロレスラーのような体格の中年男性が降りてきました。
彼は田中と名乗る応募者で、山から運ばれてきた銅線を車に詰め込む担当とのこと。
どうやらサブリーダー役でもあるらしい。
Aらは車内で渡されたヘッドランプを付け、同じく車で装着したホルダー付きベルトに工具と小型の懐中電灯を入れると、1ヶ所に集まりました。
事前の下見で監視カメラはごく一部、警備員も数日おきに見回る程度。
周辺にポツンポツンとある民家から、山の中はほとんど見えないことは確認済み。
仮に誰かに見つかったり、万が一パトカーが来たらすぐ逃げるように。
各々が注意点や作業手順を確認すると、ゆるい斜面にある、パネルの点検用に整えられた山道をまっすぐ登っていきました。
50メートルも行くと敷地を囲むフェンスが見えてきましたが、ワイヤーカッターとかいう工具で簡単に切って侵入できたそうです。
ケーブルを切断して運ぶ。
電線というと触れるのも怖そうですが、太陽光発電用なので夜は電気が通っていないのだそうで。
あくまで聞いた話なので、私が確かめたわけではないですが。
ああ、実際に試したりしちゃいけませんよ。
感電したりしても責任は取れませんのでね。
で。
適切な長さで切って、まとめては下に運ぶ。
結構な重量で、これがまたかなりの力仕事なんだそうです。
そんな苦労するなら悪いことせずに普通に働け、と思ってしまいますが。
Aを含めた5人は黙々と作業にあたりました。
周りから聞こえるのは工具の音と息づかいだけ。
だったそうなんですが──
こう、本当に突然、
ナゼ ナゼ
アラシタ
ナゼ アラシタ
そう聞こえ、全員の手が同時に止まったと。
「……今、声したよな?」
「動物の、鳴き声とか」
「あんな鳴き声の動物、いるかよ」
その声は男とも女とも取れない不思議なもので、エコーがかけられたように長い余韻があったといいます。
警備員や警察官だったら怒鳴るはず。
地元民が偶然通りかかる時間でもない。
では、声の主はいったい何者なのか?
距離をはかれない位置から、誰かが話しかけてきている。
それは決して大声ではない。
なのに、辺りにこだまして響き渡る。
怪現象めいた声が出す不穏な空気に、彼らはたちまち飲まれてしまったといいます。
ナゼアラシタ ナゼアラシタ
ナゼアラシタ ナゼアラシタ
「誰かいるのか!?」
みんなで周囲を照らしてみても誰もいない。
それなのに四方八方から声が聞こえてくる。
マツレ マツレ マツレ マツレ
「まつ、れ?」
マツレ マツレ マツレ マツレ
「な、なんだよこれ」
「誰かがしゃべってんのか」
マツレ マツレ マツレ マツレ
「脅かすために自動で声を流すスピーカーでもあるんじゃね」
「いや、こりゃ機械って感じがしねえぞ」
マツレ マツレ マツレ マツレ
マツレ マツレ マツレ マツレ
マツレ マツレ マツレ マツレ
声にともなって、そこらじゅうで大勢が地面を踏み鳴らすような音がしはじめたそうです。
今度は風もないのに、ソーラーパネルの支柱がミシミシと鳴きながら揺れだして。
ユルサレタクバ ワレヲ マツレ
ヒザヲオリ コシヲオリ コウベヲタレ
ワレヲ マツレ マツレ マツレ
マツレェ!
見えない何かがこちらに強く訴えてくる。
頭を押さえつけるような、すさまじい圧力をかけながら。
見えないのに、とてつもなく大きく、自分の力では絶対かなわないモノが目の前にいるのだと。
本能で分かってしまうそうなんです。
それが恐怖となって体を縛り付ける。
あまりにも、おそろしい。
Aは反社の借金取りに脅されたことが何度もありましたが、そんなもの、まるで比にならないと。
人生で1度も覚えたことのない、心から震え上がるような
これ以上この場にいたら、怖くて怖くて、きっと頭がおかしくなってしまう。
どうにかなりそうだ。
もうダメだ、頭が限界を迎える。
そのとき、
「に、逃げろっ!」
鈴木が叫んだ。
その声に
下で積み込み作業をしていた田中は、坂を転げ落ちるように降りてきた彼らを見て、
「ど、ど、どうした!?」
「変な声がしたんだ!」
「なんか、なんかいる!」
「逃げるぞ、早く! あんたも早くっ!」
新井、木村、鈴木は口々にまくし立てました。
大の大人たちが怯えきっている姿に田中は面食らいつつも、
「逃げるって、何をそんなに大げさに慌ててんだ。だいたい、まだ指示された半分も持ってこれてねえのに」
「警備員かパトカーが来たとか、あとで言い訳すりゃいい! 上にヤバイのがいるんだよ!」
「オレもう金いらねえから、早くここから離れさせてくれ!」
「ヤバイって何がいるんだよ、熊でも出たか?」
「熊とか、そんなもんじゃねえ! とにかく、早く逃げないと!」
田中は真っ暗な山の上を仰ぎ見た。
その瞬間、うっ、と喉をつまらせ、巨体を数秒硬直させていましたが、
「なんだか分かんねえけど、こっちを見下ろしてる何かと目が合った気がする。な、なんだあれ、いったい何がいるんだよ!?」
「分かんねえよ! 分かんねえもんがずっとこっち
Aはもう半狂乱で、鈴木と田中に早く車を出すように促したそうです。
その場にいた全員が車に飛び乗ると、2台は急発進で山を離れました。
車内ではみんな下を向き、
「やべえ、やべえ……」
と他の言葉を忘れてしまったように、そればかり口にして震えていたといいます。
少しした頃でしょうか、
「あれ、佐藤は?」
木村が呟きました。
「え……向こうの、田中の車には」
「いや、あっちは誰も乗せてない、はず」
「え……? ちょ、じゃあ……」
1人いない。
今の今まで気付かなかった。
慌てて、必死だったのもありますが。
誰も佐藤の不在に気付けなかったんです。
いつからいなかったのか、にさえも。
でも誰も、戻ろうとは口にしなかった。
置き去りにしたことで犯罪が露見しようとも。
見捨てた佐藤がどうなっても。
あそこにだけは絶対に戻りたくない。
誰もが無言で、その思いに共感し合っていたのでしょう。
彼らはもとの集合場所まで来ると散り散りになりましたが、結果から言えば、逃げた全員が捕まりました。
山に出入りするための唯一の道路にあった監視カメラが、2台の車をしっかり捉えていたからです。
なんとも間抜けでお粗末な話ですね。
それからさして日数をかけず、Aの家に警察が来て、逮捕となりました。
彼の体験談は、これでおしまいです。
さて。
車にいなかった佐藤のことですが。
翌朝、ケーブル切断による送電エラーのため、現場へと駆けつけた警備員が見つけたそうです。
彼は山の中で、石で頭を打って死んでいました。
窃盗の現場に道具が放置されていたことから、犯人たちは何かに驚き、あの場から逃げ出した。
メンバーの1人である彼はそのさい、暗いなかで転倒し、頭部を強打して亡くなった。
警察は速やかにそう断定し、この件を
闇バイトの捜査は続けられ、のちに指示役を逮捕したそうです。
これで今回の窃盗事件は幕切れとなりました。
しかし。
いくつか、不可解な点がありまして。
私の友人の知り合いにフリーライターがいましてね。
さっきにならって、Bさん、と呼びましょう。
その方が闇バイト系犯罪の取材としてこの件を調べていたとき、関係者から直接聞いたらしいのですが。
佐藤の遺体は、窃盗犯がまだ山中にいないかパトロールしていた警備員が、山の頂上近くにある開けた平らなところで見つけたそうなんです。
彼らが銅線を盗んでいたところより、ずっと上。
彼だけみんなと駆け降りずに、なぜだか1人、山を登ったようなんですね。
おぼつかない、ふらついた足取りで登る姿が定点の監視カメラの端におさめられていたそうです。
パニックになってとりあえずその場から離れようとしたから、と警察は判断したそうなんですが。
あの状況でみんなとは真逆の、さらに山の奥に向かって進んだ、なんて普通は考えられないですよね?
もう1つおかしいのは、
「誤って倒れ、頭を打った」
というには、ひどく違和感のある格好だったらしくて。
なぜって?
だって、彼──
土下座でもするような姿勢で、地面にあった数十センチの石に
それも、傷の損傷具合からして……1度ではなく、何度も繰り返し頭をぶつけていたようで。
頭部の傷だけでなく、首もおかしな方向に曲がっていたとか。
ええ、誰かに許しを乞うように、必死に謝罪でもするように、何度も何度も頭を下げていた──。
そんなふうに見える姿、だったんだそうです。
まるで、
ほこらってなんのことか、って?
ああ、頂上には以前、小さな
禁足地という言葉……ご存知ないですか?
これは文字通り、足を踏み入れてはならないとされる場所を意味します。
誰であろうと決して入ってはならない。
もしくは、限られた一族のみ決められた作法を守れば入ることを許される、なんて言われる場所もあったりしますね。
知らないだけで、わりと各地にあるんですよ。
特定の血筋だけがそこにあるお
危険だから、または人が入ると景観を損ねる、みたいな理由で昔の人が定めた地域もあるとか。
で、話を戻しますが。
その祠に
なので山の開発も反対はごく一部だけで、スムーズに許可されてしまったそうなんです。
企業は野山を
そうした工事のさいに、地元民でも由来の定かではない古びた祠なんて、わけもなく潰されて処分されてしまったんでしょうね。
それを境にして。
ある異変が起こり始めたそうなんです。
オカルト雑誌での仕事を幾度となく経験していたBさんは、佐藤の不気味な死に方につい興味をひかれ、事件の取材と称していろいろ聞いて回ったそうなんです。
調べによれば、山を切り開いた作業員から、
「工事のとき、夕方になると山から変な声らしきものが聞こえてくる」
「声を聞くと具合が悪くなり、うずくまったり、倒れた者もいた」
「作業中なのにふらふらと山を登っていく者が何人かいて、そのときの記憶がみんな
そんな報告をたびたび聞かされた企業は、
「視察した数人からも同様の報告を受けている。16時以降には作業を止め、すぐに山を出るように」
と厳守のルールを決めたそうです。
その決まりは今現在にいたっても守られていて、警備や地元民も夜だけは決して近づかないようにしていると。
つまり、妙な声がするという超常的な現象を、企業や周辺住民はれっきとした事実として認めていたということですよ。
これらの話を踏まえたうえで、体験談の話に戻るのですが。
彼らは謎の声を聞きましたよね。
ナゼアラシタ、マツレと。
アラシタはよくも山を荒らしたな、という恨み節。
連続したマツレは祀れ、だと思うんですよ。
自分を祀りあげろ、と。
あれはもともと祠に祀られていたモノが、あのように強迫してきたのではないかと思うんです。
その影響なのか、効果がありすぎたのか。
佐藤は祟りのような力によって死んでしまった。
そんなふうに私は考えています。
神様が人をむごたらしく殺すのか、と?
それはなんとも言えませんが。
ただ、う~ん……。
そもそも、祠に祀られていたのは神様ではなかったのかもしれませんよね。
祀られているのなら神様だろうって?
ええ、形の上では一応、神様ではあるのでしょうね。
あそこにいたのは恐らく、「神様という
人に
さっき話した通り、あの辺にも昔話があって、
「夜な夜な山から降りてきては村で悪さする化け物がいた。村人に頼まれた旅のお坊さんはそいつを法力でこらしめると、山中に封じた。村人は化け物が改心して2度と悪さしないよう、お
ありがちですが、要約するとこんな内容です。
夜の山には何があっても入ってはならない、山の怖いモノに
そんな曰く付きの山に深夜に入ったから、彼らはあのような目にあったのではないでしょうか?
祀られなくなったモノは神様から、元の荒々しい存在へ
自分は神だという誤った自覚を持ったまま。
運悪く、それに出くわしてしまったから……。
まあ、何があったかは分からずじまいです。
神様だの化け物だの、常識では及びもつかない事柄を並び立ててしまいましたが、そうでもしないと語りきれないことですから。
しかし、なんとも気味の悪い話ですよね。
あやふやでたしかな輪郭も見えてこない。
真相は
山にまつわる怪談はこれにて終わりです。
ときに。
山は行楽シーズン以外でも、季節を問わず、老若男女が足を運びますよね。
軽い散策にハイキング、本格的なアウトドアキャンプ。
秋は紅葉狩り、冬はスキーにスノーボードとウインタースポーツも盛んですね。
なにか、山に関係する趣味はお持ちですか?
──はあ、そうですか。
もし、お出かけのさいはお気をつけください。
山は昔から霊域とされ、得体の知れないモノ、災厄をばらまくモノ……善きモノ悪しきモノ、いろいろなモノがいると云います。
最近は特に物騒なようで。
Bさんがまとめた取材のノートには、
「開発で祠が壊されてから妙なモノを見かけるようになった」
と身近で起こった不可思議な現象や怪異について語る人たちのエピソードが書かれていたそうです。
それも日本各地で。
日本中によろしくないモノが解き放たれ、徘徊していると。
これは田舎の山に限ったことではなく、都市部に近い里山でも似たような現象が起こっていて、詳しい住所や周辺の言い伝えも事細かに書き残してあったとか……。
ん、何か引っ掛かりましたか?
書き残してあった、とは?
ああ。
そうなんですよ。
取材にのめり込み過ぎたのか。
メモや録音した音声が入ったモバイルを残したまま、Bさん、現在は行方不明なんです。
佐藤のくだりからは、Bさんの原稿を載せる約束をしていた、オカルト系雑誌の編集者さんから聞いたもので。
何らかの理由でどこかに身を潜めているのか。
それとも、人の身では越えてはならない
これでは、自分で怪異の存在を裏付けるような形になってしまったようなもの……。
重ね重ねになりますが、お出かけのさいにはどうかお気をつけを。
山には何がいるか分かりません。
それに今さらですが。
こういった怪談奇談を見聞きした人には、そういったモノが興味をもって向こうから寄ってくる。
なんて、昔から云いますからね。
夜の山に銅線を盗みに行った男の話 @chest01
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