第21話 狂信者
本日2話目
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奇妙な男の登場に、騎士たちの警戒心が強まった。
ただでさえ、魔物たちの相手だけでも手に余るというのに、これ以上の厄介ごとの登場に胃が裂けそうな思いになる。
「何者だ!!」
ギルバートの誰何が大きく響く。
しかし、その声にすら男は耳を傾けず、無心に祈りを捧げている。
ぶつぶつと何やらを呟いているが、小さすぎてこちらにまで聞こえてこない。
意思疎通も図れない男の急な沈黙は不気味なものだった。
「さぁさぁ、異教塗れる魔物どもよ。我が純白のロープを貴様らの血で染め上げ、我が神への供物となることを栄誉としたまえ」
騎士たちの存在など初めからいないかのように気にも留めない男が魔物の群れへと言葉を掛ける。
「また、人……か?」
ぞろぞろと、どこから現れたのか、男の背後に漆黒のローブを着こんだ者たちが現れた。
全員が全員、フードを深く被り、身体を覆うぶかぶかのローブで男か女かもわからない。
それが十人。
しかし、共通にて言えるのは、この者達も男同様に何かを呟き続け、漂わせる雰囲気が普通ではないということだ。
「さぁ、害虫の駆除といきましょうか」
男が両手を掲げた。
「あれは!?」
驚きに声を上げたの神術師の女だった。
女の驚愕の直後、ローブの男を中心に魔方陣が浮かび上がった。
「魔術!?」
やはりそうかと、しかし、信じられないものを見るかのようにそれを見つめる神術師の女。
「魔術?あれは神術ではないのか?」
ギルバートが神術師の女に問う。
「はい。あれは神の御力に寄らない外法。人間が自分たちの力だけで神の奇跡のような真似事を起こす傲慢な力でございます」
「魔術。聞いたことがあるな」
勤勉なギルバートは知っている。
昔はそんな技術体系が一般的であったと。
しかし、神のような完璧でない生き物が、そんな強い力を振るえばどうなるか、その危険性が、他でもない神々により提唱され、禁忌とされ消えた古の技術。
それはギルバートの知る魔術というものだった。
それが今、目の前で巨大な幾何学模様の円陣を形成し、力を波動を感じさせている。
これだけの力は、宮廷神術師たちであっても感じたことがない。
一体、どれだけの力を発動させようとしているのか。
それを今、起こそうとしているこの者達は一体何者なのか、ギルバートの中に大きな疑念が生まれた。
その時だった。
魔方陣が宙へと浮かび、魔物たちの上空で広がると、目が眩むほどの輝きを放ち始めた。
ばちばちと弾けるような音が聞こえ始め、その音が重なり始めると、低く轟くような音が空から響き渡る。
それはまるで雷雲だった。
青白い輝き稲光が魔方陣から漏れ出し、今にも甲高い音を叩き出しそうな勢いに、その場の全員の腰が引けていた。
「かみ、なり……?」
強力な魔術の気配に神術師の女が呆然と空を見上げている。
危機感を覚えたギルバートが声を張り上げて叫んだ。
「退避ぃー!今すぐこの場から離れろぉ!」
その言葉に騎士たちが急いで後ずさる。
直後、一面が白に覆われた。
同時に耳を劈くような雷鳴に誰もが思わず耳を塞ぎ蹲る。
運良く雷鳴に耳をやられずに済んだ者が、その轟音の中で別の音を聞いたという。
それは肉が焼け、中から弾けるような音と、魔物たちの苦悶の声。
断末魔の狂騒曲、その主旋律を奏でる男の笑い声が、聞いた者の頭の中に残って離れないと、この時聞いてしまった者は後に語る。
雷鳴が消え去り、魔物の気配も消え失せた中、騎士たちが顔を上げると、そこには真っ黒な炭の塊の山と、すんっと表情を消し去った男がそこに立っていた。
「あり、えない……」
一瞬にして壊滅した魔物の群れに、ギルバートが恐れ戦いた。
敵の強さの基準は最低でも軍馬級。
中には人馬級上位の魔物すら見受けられた。
それがあれだけの数が揃うとなると、必要とされる戦力は少なくとも千人隊が求められる。
そのはずだというのに、目の前のこのいかれた男は、たったの十人かそこらで討滅を果たしてしまった。
しかも、一撃でだ。
「化け物め……っ!」
戦意を失っている者たちにギルバートが檄を飛ばす。
なんとか立ち上がる騎士と兵。
隊列を組みなおし、剣を向けた。
「罪を知らぬ異教徒どもめ。愚かにも天主をはき違える奴隷どもよ。二撃目の裁きの代行は元より行う予定であった。抵抗を見せるというのなら存分に抗ってみせよ。さすれば我が神も喜び、慈悲をお見せになられるやもしれん」
先ほどとは打って変わり、仰々しい男が再び魔方陣を構築していく。
主陣となる魔方陣を男が描き、後ろに付き従う者たちがその中へと複数の陣を加えていき、一つの魔方陣と姿を変える。
先ほどと同様の魔方陣。
組み上がる速度のあまりの早さに、騎士たちは何もできない。
雷迅走る魔方陣。
力の余波に波打つ草木。
そんな広原に、一陣の風が吹いた。
「……!」
風にローブをはためかせた男たちの表情が一変。
光を失った魔方陣がその場から消えた。
突然のことにギルバートたちは何事かと、ローブの男たちの出方を伺った。
「忌々忌々忌々忌々しい異教徒どもであるが、気が変わった。貴様たちから僅かに漂う我らが神の残り香に免じて見逃してやることにしよう。─────これも神の思し召し」
最後、気味が悪いほどにうっとりとした口調で祈りに天を見上げる純白ローブの男。
「あぁ、我が神よ。申し訳ございません。此度の異教の造物どもは貴方様のお目に適うような者共ではございませんでした!またも、このローブを赤く染めるに相応しい強者には出会えず、手慰みに塵芥を掃うだけの作業となってしまったことを深くお詫び申し上げます!いつか、いつの日か!私の命を賭すに相応しい異教徒の血でこのローブを真っ赤に染め上げ貴方様に捧げることを誓い申し上げます。あぁっ神よ!!」
涙を流し聖域都市の方向へと土下座し始めるローブの男。
まさに狂信者の名に相応しい所業に、全員が息を飲んでドン引いていた。
ギルバートが男の向く方向を見て、聖域都市の人間であることを察した。
「あ、あなたはもしや、聖域都市の者なのか?」
「あ”ぁ”?今私が神に許しを乞うているのが見えないのかぁああ!!この異教徒がぁぁぁあああ!!!」
突然怒りに怒鳴り声を上げるローブの男にギルバートが即座に謝罪した。
「す、すまない!君が君の敬愛する神への謝罪を私が邪魔したことは謝ろう!しかし聞いてほしい!私は君たちの素晴らしい神様に拝謁したく、ソルガロン王国から参ったのだ!どうか、聖域都市まで道案内をお願いできないだろうか」
「……」
ローブの男がギルバートをじっと見つめる。
妙に長く感じる間。
ギルバートの唾を呑む音すらも周囲に伝わるほどの緊張感漂う静かな雰囲気の中、遂にローブの男が立ち上がった。
「異教徒の分際で……と言いたいところではありますが、あなた方からは妙に我が神の匂いを感じます。どういう訳かは存じ上げませんが、そんな方々を我が神の許しもなく私の趣味にお付き合い頂くわけにもいきません。分かりました。私たちが聖域都市まで先導いたしましょう。あなた方の処遇は我が神の御意思を聞いてからです」
不穏な回答ではあったが、これで一先ず聖域都市までの安全が確保されたようなものだ。
ギルバートが安堵に一息吐いた。
「団長!正気ですか!」
部下からの言葉にギルバートが厳しい表情で返した。
「黙れ。今はこれ以外に選択肢がないことくらい貴様にも分かるだろう」
ここらの魔物の強さ。
そしてこちらの戦力の疲労具合を見て、安全に聖域都市まで行けるとはギルバートは思っていなかった。
それがたとえ狂っているとは言え、あれだけの魔物を一撃で葬る者たちの力を借りて進むことが出来るのだ。
言葉にさえ気を付ければ、これ以上の安全はないと言える。
それに相手は妙にこちらを気遣っている様子すら見せている。
これを利用しない手はなかった。
「ギルバート!!何を勝手なことを言っておる!これだけ舐めた相手を前にこちらが下手に出るなどディオニュソス様がだま─────うぐっ」
「だ、団長……」
主人であるウィーズベルの腹を殴りつけて強引に気絶させたギルバートに、部下たちが驚いた。
「今、不快な神もどきの名が聞こえたような気がしましたが?」
「気のせいでしょう。ささ、あなた方の素晴らしい神の御許まで早く私たちを!」
「……まぁ、いいでしょう」
ローブの男が怪訝そうにギルバートたちを見ていたが、不承不承と言った様子で首を縦に振ってみせた。
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