第3話

 出発の時間が近くなった頃、ソウキとフェルマが二人で向かい合っていた。


 「そ、その、私もお仕事ですので、あの、お、お願いします」


 言葉の上では要領を得ないようなセリフではあるが、なにを彼女が恥ずかしがっているのかソウキも分かっていた。


 「もちろん。雇い主には従わないとな」


 そういってソウキが服を脱いだ。


 「す、すごい……」


 フェルマが目を丸くして驚いた。


 それは異性の裸への興味と言ったものではなく、一つの美術品を鑑賞した時のようなそんな感嘆の声だった。


 偏りのない、均整の取れた筋肉が作り出した陰影は、まるで画家が描いたデッサンのようにも見えた。


 しかし、その絵画のような美しい身体には似つかわしいほどの古傷があちらこちらに付けられており、上流階級のような人間が見れば玉に瑕とその絵画にケチをつけた事だろう。


 しかし、多少荒事に慣れている庶民、特に冒険者や兵士、そして騎士といった戦いを生業にしている人間が見た時、その評価が逆転することは間違いなかった。


 それほどに彼の身体は戦う者として非常に理想的であった。


 「ごめん。女の子に見せられるような身体じゃないのは自覚してるんだ」


 「そ、そんなことないです!とてもカッコいいと、お、思いまちゅっ─────ッッッ!」


 「ははは、ありがと」


 慣れない大声を咄嗟に出したものだから、口がついてこれずに噛んでしまう。


 顔を赤くして俯いた彼女に、ソウキが優しく微笑んだ。


 顔の赤みが晴れないまま、彼女はソウキから脱いだ衣服を受け取った。


 衣服も検める決まりだからだ。


 彼女は彼から受け取った質素な衣服の襟や袖、ひっくり返して裏地まで入念にチェックした。


 伸ばした軽く叩いたり、衣服の生地の中に何かが入ってないかまで確かめる念の入りようだ。


 しかし、とフェルマは思う。


 手に持って確かめている衣服が妙に上等なものだと。


 厚みはあるのに、しっかりとした伸縮性とその手触りの良さ。


 そして、あまり目立たない所にある刺繍の細かさにこれがただの安物の衣服でないことにフェルマは気付いた。


 一つ一つをクリアするたびに安堵を募らせていくが、それとは反対に彼に対する違和感のようなものが同時に強くなっていく。


 彼の冒険者としての等級は若馬級。


 冒険の道に一歩踏み出したばかりのルーキーが買えるような代物ではない。


 どこかの貴族かもしれない、そう考えたが、彼のような顔立ちの人種の貴族はまずいない。


 そうしたら、豪商かその倅といった線が濃厚かとフェルマが考えた所でソウキから声を掛けられた。


 「もういいか?ちょっと寒い」


 彼は両腕を組んで寒そうな素振りを見せた。


 「あ、ご、ごめんなさい!」


 彼女は慌てて上着を手渡した。


 ソウキはそれを着て、今度はズボンを脱ぎ始める。


 「え!?あ、そ、そうですよね……ず、ズボンも」


 「汚いけどごめんな」


 そう言って渡されたズボンもまた細部の意匠が光る作りとなっており、上着と同様に上質な素材で出来ている。


 そして何も危険な物が隠されていないかを確かめてたところで彼女は急いでズボンを彼に返した。


 彼の鍛え上げられた生足がちらちらと目に入って恥ずかしかったからだ。


 それを受け取ったソウキが少し考えて、躊躇いがちにフェルマに聞く。


 「パンツも見るか?」


 「パッ!?け、結構です!早く履いてください!」


 顔を覆った彼女の反応に苦笑いを浮かべて、ソウキはいそいそとズボンを履いた。


 「これで、危険な物を持たない善良な一般人だって証明はできたかな?」


 ソウキの言葉にフェルマは無言で何度も頷いた。


 服を着たソウキは彼女の反応になぜか悪い事をしたかのような気持ちになって頬を掻いた。


 若い女の子にセクハラっぽい事言ったかなと少し反省の色を浮かべる。


 「それでお前はなんでそんなに機嫌が悪いんだ?ラヴィ」


 頭の上でフェルマを睨むラヴィの背中をそっと撫でる。


 「ピウ」


 たった一つだけ鳴いてソウキの手を足で払いのけるラヴィに、こうなったらもうだめだと、ソウキは諦めて放置することに決めた。


 そして、無事に彼女の検査を通ったソウキが正式に旅団に合流することとなった。


これでやっと帰れると安心したソウキに粗暴な声がかかった。


 「なんだ~。ホーンラビット頭に乗せた冒険者がいるって話は聞いてたがよ~。まじでいんじゃん。えー?そんなんで俺らの力の足しになるんですか~」


 こちらを小ばかにするように騎士鎧の男がソウキに絡んできた。


 「か、彼は戦力として雇った冒険者ではなく私と同じ雑用係です!」


 「ガハハッ!雑用係ってお前。弱いからって女の仕事しなくてもいいだろうに」


 フェルマが彼の誤解を正すも逆効果だったようで、より侮蔑の色を強くして騎士の男が笑う。


 馬鹿にしながらソウキに男が近づいてくる。


 「よく見りゃ、お前ここの国の人間じゃねぇだろ。まさか間諜じゃねぇだろうな」


 ソウキの肩に腕を組んだ男がそう言った。


 他国の人間を心良く思わないこの国の人間多い。


 彼もその一人なのだろう。


 その彼の様子にフェルマがまた反論をした。


 「この人の身体検査を済んでいます!怪しい人物じゃありません!冒険者ギルドからも達成したクエストに不備は見られず良好だと!」


 実際のところ、クエストの達成数は少なく、判断の出来る歴ではないが、それをここで敢えて言う必要もない。


 「はん、妙にこの男を庇うじゃん、フェルマ。なに、もしかして惚れてんの?」


 その言葉にフェルマがまた顔を赤くしてその言葉を否定した。


 「ま、そうだよな~。こんなぬいぐるみちゃん抱えた奴が間諜なんてできるわけねぇし、そんな男にこの王国の女が惚れるわけもねぇ。こんな肌が薄っすら黄色い奴だれが相手するよ」


 そう言って男がまた声を上げて笑う。


 ソウキをひとしきり馬鹿にして満足したのか、男が踵を返してソウキに背中を向けた。


 「ま、女連中と仲良く雑用しといてくれやイ・エ・ロ・ー」


 最後にそれを言い残して立ち去ろうとする男にラヴィが鳴いた。


 「ピウ」


 「って、おわっ!?」


 小さく鳴いたラヴィの後に男がなにかに足を救われたように体勢を崩してその場にこけた。


 驚いた時の大きな声と、鎧の打ち鳴らされた音が周りに派手にこけた事を伝えてしまい、男に視線が集中した。


 こけた男は顔を茹蛸のように赤くして周りを睨んで立ち上がった。


 「み、みんじゃねぇよ!」


 そう男が声を飛ばして少し騒がしくなる。


 「お前!また飲んでるのか!任務前だというのにどういうつもりだ!」


 騒ぎを聞きつけた別の騎士がこけた騎士に詰め寄る。


 その怒り心頭と言った様子の騎士は先ほどソウキに話かけてきた騎士だった。


 「あの人がうちの騎士団長です。後で挨拶をしたほうがいいかもしれません」


 「その必要はもうないかな」


 どうやら彼より偉い立場の人間らしい。


 「ち、違いますよ。流石の俺でも任務前には酒なんか飲まねぇ!」


 「ならなんだその体たらくは!酒も入っていない素面の状態にも関わらず何もない所でこけたというのか!言い訳をするならもっとマシな嘘をつけ!続きはこっちで聞いてやる!こい!」


 そう言ってソウキに絡んできた男を引っ張っていく騎士団長を二人が見送った。


 「ほんとに機嫌わるいなー」


 そう言ってラヴィを撫でるソウキの姿をフェルマは不思議そうに見ていた。

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聖域都市国家を防衛せよ~崇拝対象──────俺!?~ 四季 訪 @Fightfirewithfire

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