第2話

 フェルマに早速仕事場へと案内してもらい、ソウキは停車された馬車の一団がある王都城門付近へとやってきた。


 ソウキは厳かなその一団を見て思う。


 流石は使者を務めるお貴族様の財力だと。


 馬車のどれもが金属加工された造りとなっており、その重量を引く馬も皆、血統に優れる事が一目で分かるほどの軍馬であった。


 そして、使者となる貴族を道中、警護するのは魔法鉄で造られた全身鎧に身を包んだ、体格に優れる騎士が十、十分な強度を誇る鍛鉄の鎧を着た兵士が五十。


 そしてローブに身を包んだ術師が十かそこら。


 見るからに練度は高く、これだけの数を揃えれば、街道沿いに出る程度の魔物など路傍の石に過ぎないだろう。


 一体いくらかかっているのだろうかとソウキは頭の中で計算したが、如何せん、王都の上流階級の物価や騎士や側近の給料事情など全く知らないソウキには皆目見当がつかなかった。


 「あ、あの……私、侍従長にソウキさんの事を伝えてきます。少し待っててもらえますか?」


 まだソウキに慣れないのか、それとも元々そういった性格なのか、彼女はソウキに対しておどおどしっぱなしだった。


 自分の事を怖がってるのかな?と少し不安に思いながらもソウキは彼女を見送った。


 出発が近いからか、慌ただしくする人たちを見ながら、暇になったソウキが頭に乗るラヴィを腕に抱えて顎を撫でて暇を潰した。


 目を瞑って気持ちよさそうにしているラヴィを眺めていると、騎士の一人が声を掛けてきた。


 「魔物使いか?なぜこのような場にいる」


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら近づいてきた背丈の高い男だった。


 「雑用係として臨時で雇われた者です」


 丁寧にソウキがそう返すと男も顎に手を当てると思い出したような顔をした。


 「あー、そう言えば昔から雑用をやってくれてた爺さんが腰をやって急に来れなくなったんだったな」


 そうだそうだと頷く騎士に意外とフランクな人もいるのだなとソウキは感じた。


 ちょっと羨ましかった。


 「いやぁ来てくれて助かるよ。フェルマの嬢ちゃんだけじゃこの人数の雑用はちと負担がデカすぎる。あの娘は時々こうして騎士たちの世話を焼く仕事を受けてくれててな。あの子に負担を強いるのは心苦しかったんだ」


 「優しいんですね」


 「ま、流石に年若い可愛い娘に世話になれば、むさ苦しい男所帯の連中は絆されるってもんよ」


 「その様ですね」


 ソウキは騎士だけでなく兵士たちも見渡して、その暑苦しさに同意した。


 髭もじゃ、禿、強面、筋肉、汗、加齢臭。


 花があれば愛でたくなるのも頷けた。


 「お前さんが冒険者ギルドからの派遣要員でなく安心したよ。流石にホーンラビットを使役してる奴に来られても戦力には数えられないからな」


 ホーンラビットの強さは駆け出しの冒険者でもどうにかなる程度のものでしかなく、魔物使いがわざわざ戦力として使役するような魔物ではないのだ。


 戦力にならないというのは常識であり、彼も悪気があって言った訳ではないのだが、騎士の男はウサギを抱えるソウキの機嫌が悪くなったのを気取った。


 「ピィィウ」


 ラヴィが鳴き、頭をソウキの胸に押し付けると、スーっと彼の機嫌も持ち直した。


 「あー、ホーンラビットっていいよな。可愛くて俺も好きだぜ」


 「そうなんですよ。ラヴィは世界一可愛いですから」


 途端に明るくなるソウキに苦笑いを浮かべる騎士の男。


 怒らせたでないなら良いかと、男が持ち場へと戻った。


 騎士が立ち去ってそう間を置かずにフェルマが戻ってきた。


 「お、お待たせしました。そのぅ侍従長がお会いしたいそうなので、着いてきてもらえますか?」


 ソウキは彼女の言葉に素直に従い着いていった。


 ひと際大きな馬車のすぐ後方にある馬車へと乗り込んだ。


 「侍従長、失礼します。今回仕事を受けてくださった方を連れてまいりました」


 ソウキに対しての時よりかははきはきとして喋っているが、どこか無理しているようにも感じる言葉でフェルマが中にいるであろう人物に声を掛けた。


 「少し待ちなさい」


 そう答えたのは中年女性の声だった。


 どうやら旅中での仕事の流れの会議を行っていた途中のようで、中年女性の声の主が一旦会話を断ち切り、開いた扉から姿を現した。


 小皺が目立ち始めた年頃のようで、その年齢相当に偉い立場にあるらしく、下っ端らしき若い侍女に扉を開けさせていた。


 「あなたがフェルマの連れてきた雑用係の冒険者ですね」


 そう言い、ソウキの抱えるラヴィを見て眉を顰めた。


 「フェルマが連れてきた方ですのである程度は信用いたしましょう」


 その言葉にフェルマがほっと胸を撫でおろしていた。


 断られたらどうしようかと考えていたようだ。


 「ですが一応、この後に冒険者ギルドの方に確認を取らせて頂きます。よろしいですね?」


 厳重に周りを囲われて安全とは言え、この後中心の馬車に乗り込むのはこの国の貴族だ。


 不審な人物を乗せて万が一のことがあれば首が飛びかねない。


 緊急かつ、フェルマ経由であるとはいえ最低限の確認は必要だ。


 「もちろん構いません。といってもあんまりクエストを熟していないので見えるものはあまりないと思いますが。それでも来歴に傷がないことは保証できます」


 「よろしい。それでは残り数刻の後、出発いたします。その間に自分の準備は自分で行いなさい。もちろん出発前に持ち物検査及び身体検査を入念に行います。いいですね?フェルマ」


 「え!?わ、わわ、私がするんですかぁ!?」


 すっとんきょうなフェルマの言葉に侍従長の目が鋭くなり、その目を向けられたフェルマがシュンとなった。


 「私たちも忙しいのです。そのくらいはあなたが責任を持って行いなさい」


 「……はい」


 「いいですか?彼の腰に下げてある剣、これは良しとしましょう。旅の間はこちらで預かりますが。しかし、袖の中や靴の中等に武器になりそうな物がないか、毒物等を所持していないか入念にチェックしなさい。その者が主人に害を及ぼせば貴女諸共、私たちの首が跳ぶと思いなさい」


 「う、うぅ……」


 「あなたを信用しているから頼んでいるのです。任せましたよ」


 「は、はい」


 厳めしい顔を少しだけ柔和にした侍従長の言葉に、元気を取り戻したフェルマが緊張した面持ちで返答した。


 「いいですか?裸にする勢いで確認するのですよ?恥ずかしがらずにその男の剥きなさい」


 「は、はだか!?えっ、え」


 ちらり。


 そろ~。


 彼女がソウキの身体の上から下を舐めるように見る。


 そしてなにを想像したのかはソウキには分からないが、彼女は真っ赤にした顔を両手で覆った。


 きゅーっとやかんの音でもなってそうな見た目だ。


 「剥かれるのかー」


 ソウキは自分の目の前で行われた生々しい会話に自分がどうされるのかポケーっと考えていた。


 ソウキはあまり深く捉えていないし、重要な事だと理解できているため何も思っていない。


 しかし、そんな顔を赤くした乙女を白いモフモフが一匹、睨んでいた。

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