第10話 分散

  「おい!何か見えるぞ!」


 周りの警戒に当たっていた兵の一人がソウキたちへと異常を知らせた。


 「左にアルボラクと数体のアルボアを確認!遠いですが、右にも魔物を確認!大きい……コ、コカトリス!?」


 遠見の神術を行使し、右に見える影を確認した兵士の一人が驚きに声を上げた。


 「まさか。こんなド平野にコカトリスなんてもんが出るなんてな。聖域都市国家周辺は魔窟だって話は聞いていたが、この距離でもコカトリスなんてもんが出るなんてな。近づいたら一体どんなのが出てくんだ」


 ヒルの頬が引き攣るのがソウキからも見えた。


 彼だけではない。


 他の兵士二名もまた、精鋭に相応しい顔つきに緊張を走らせている。


 コカトリス。


 鶏の頭に、蛇の尻尾を持った巨大な魔物。


 平民の暮らす木造の家屋程の大きさがあり、強力な毒を持った厄介な魔物。


 冒険者の等級であるならば、ソウキの三つ上に当たる軍馬級冒険者が必要になるほどの強さである。


 それほどまでに、右方にいる魔物、コカトリスの脅威は決して侮ることのできない存在だった。


 「騎士様!ここは一旦戻って騎士団長様にこのことを伝えましょうぜ!」


 状況を重く見たヒルが、この哨戒班の長であるグラブスにそう提言した。


 しかし、その部下の具申にグラブスは苛立ちの籠った声でそれを拒む。


 「なにを言うか!それでも貴様は誉れ高きソルガロン兵か!?ここは我々だけで困難を取り除き、奴の頭を、聖域都市への手土産に差し上げるのだ!ウィーズベル様も大層お喜びになるだろう!」


 言葉は飾れど、その内心に抱くのは出世欲と名誉欲だ。


 それを理解しているからこそ、グラブスのその言葉にヒルたち兵士三人が苦々しく表情を歪めていた。


 「確かに勝てない相手ではないですがね、騎士様。もう片方のアルボラクたちはどうするんです?」


 現れたのはコカトリス一体だけではない。


 より近い位置にアルボラクの集団が控えている。


 流石に兵士の一人でも割けば、コカトリスの脅威を安全に退けるだけの戦力を維持できない。


 しかし、グラブスもそこまで馬鹿ではない。


 コカトリスを倒すための戦力計算は兵士たちよりもむしろグラブスの方が正確だ。


 そして計算を早くに終えたグラブスが、嫌な笑みを浮かべてソウキへと顔を向けた。


 「あの程度の数のアルボラクなど、我々の脅威にはなり得ない。本来であれば即座に向かい、討伐するところではあるが、如何せん、間が悪い。我々だけであれば戦力の分散は愚策に成り得るだろうが、今回は有難いことに、そこの冒険者がいるじゃないか」


 その言葉にヒルが拳を握りしめて、グラブスへと反意に声を荒げた。


 「正気ですかい!?アルボラクとはいえ、群れを率いてる!新人冒険者にはちと荷が勝ち過ぎてますぜ!?」


 しかし、そんなヒルの反対も虚しく、グラブスは表情の色を一切変えない。


 「確かに、冒険者等級自体は新人である仔馬級のドッグタグだが、そいつは昨晩のアルボラク共の急襲の際に、最後方を襲ってきた別動隊のアルボア含めたアルボラクを複数体倒している。その実績があるのだからここで使わないなんて愚かだと思わないか?」


 「……お前さん」


 ヒルが信じられないとでも言いたげな目をソウキに向けた。


 表情を変えないソウキを見て、それが事実だと分かり、悔し気にグラブスへと視線を戻した。


 例えそれが事実でソウキにアルボラクを倒せるだけの実力があろうと、単独では危険であることに変わりはないのだ。


 もちろん、ヒルたちがソウキの危機の際に助けに入ることは難しい。


 当然、距離的にもコカトリスの強さ的にも。


 助けるのであればコカトリスの早期の討伐しか道がないが、それも難しい。


 「いくら異を唱えようとも俺の考えは変わらんぞ。これ以上俺に楯突くならば、抗命罪としてこの場で斬り殺してやる」


 本気でやりかねないグラブスの圧にヒルが押し黙る。


 「すまん」


 ヒルがソウキへと謝る。


 「謝らないでください。アルボラクくらいなら問題ないですから」


 「ほんと、お前さんは底が見えんな」


 ソウキの態度に安心感を覚えたのか、ヒルが固い表情を和らげた。


 「ふん、アルボラクなどさっさと蹴散らして俺たちに加勢しろ、と言いたいが、貴様には期待していない。せいぜい俺たちがコカトリスを倒すまでには片づけておけばいいさ。─────いくぞ」


 馬に乗ったグラブスが速足でその場を駆け、それにヒルたち兵士が続く。


 哨戒中よりも速度を上げた一行はすぐに小さくなっていった。


 「俺たちもいきますか」


 アルボラクの気配のする左方に意識を向ける。


 「俺たちこっちで良かったな。あの人たちなら多分


 「ピィウ」


 ソウキの言葉にラヴィが目を開けぬままに同意の鳴き声を上げる。


 嫌な気配。


 昨晩のアルボラクとは明らかに違う気配にソウキが溜息を吐いた。


 「ほんと、あいつら人の庭汚すの好きだよな。嫌いだわ、現神とか」


 腰の長剣を抜いたソウキがその場から掻き消えた。

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