第13話 魔の手再び

 「ちっ、こんな生活をいつまで続ければいいんだ!一体いつになったら聖域都市に着く!」


 亀のように鈍重になった旅に耐えかねているウィーズベルが癇癪を起す。


 もうこれも毎晩のように起きている事で、侍女たちも彼を落ち着かせるのに苦労していた。


 今晩も服のはだけた侍女がウィーズベルを宥めようと枝垂れかかるが、同じ女ばかりで飽きが来ている彼のストレスは、もはや彼女たちでも宥めるのは難しい。


 「ギルバートめ、精鋭を揃えたと言っておったくせに、満足に魔物の相手も出来ておらんではないか!」


 ギルバートの慎重策は功を奏した。


 極力、戦闘を避けた少数での哨戒と、そこから得られた情報による作戦立案を持って魔物相手に優位な形勢を築いて戦いを行ってきたからだ。


 しかし、それでも圧勝とはいかず、兵たちにも現状僅かではあるが、負傷者が出始めていた。


 騎士団が当初、想定していた魔物の強さを越えているという事実の証左であった。


 ウィーズベルもギルバートの作戦の変更には納得がいっている。


 そうしなければ今頃のこの使者団は、広原の塵と化していただろう。


 しかし、それでもウィーズベルの苛立ちが収まることは無い。


 貴族であるウィーズベルにこの劣悪とも言える環境での長旅は非常に苦であり、耐えがたいものだった。


 旅程の変更により、食事はその量を減らし、女も抱き飽きた者ばかり。


 早く帰って、贅沢をしたいウィーズベルは騎士団の甘い想定に怒りを覚え、帰還後に審問会を開いてやると意気込んでいた。


 「そう言えば、あの小娘がまだいたな……」


 ふと、思い出す、手付かずのおぼこい少女の姿を。


 臭いに関してはあの男の仕業であり、術師の女によれば、どういう訳か、次の日には綺麗さっぱりと嫌な臭いがしなかったとの報告が上がっている。


 むしろ、どこかフローラルな臭いすら感じたと。


 あの時の嫌な記憶が強く残るウィーズベルは、平民など抱くつもりなどなかったが、その報告を思い出し、再びむくむくと、劣情が湧き上がるのを感じ、楽しみを覚える。


 「娯楽の少ない旅の中だ。贅沢は言っとられんよなぁ。新しい類の女を試すいい機会かもしれんしな」


 ウィーズベルが嗤う。


 出すものを出したウィーズベルに、今夜はもう動く気力など残っていない。


 「明日が楽しみになってきたわ」


 そう言って、裸の侍女を押しのけて眠りに就いた。



 「ソウキさん。大丈夫、ですか?」


 フェルマが心配そうにソウキを伺う。


 最初の哨戒以降、ウィーズベルとグラブスの判断によって、ソウキは半ば強引に哨戒任務に同行させられていた。


 当然、雑用の仕事を滞らせることなど許されない。


 そこは侍女頭が厳しく目を光らせているからだ。


 とはいっても、彼女も事情は察しており、隙を見てはソウキの仕事を肩代わりしてくれている。


 ウィーズベルの手前、彼らの判断に異を唱えるような真似はできないためだ。


 仕事を終わらせるため、睡眠時間を削って仕事を終わらせるソウキの姿を夜な夜な見ているフェルマは、ソウキが心配でならなかった。


 「大丈夫だ。それどころかこういう風に洗濯したり、荷物移動させたり、火を熾したりって久しぶりでちょっと楽しいかも。最近じゃ食料の調達もしてるだろ?懐かしくってさ」


 嫌な顔をするどころか、楽しそうにまでするソウキの姿にフェルマが呆気に取られる。


 「無理、しないでくださいね?」


 私の仕事を増やしてもいいですから、という言葉は喉元で引っ込んだ。


 もう何度も断られた言葉だからだ。


 ─────夜も遅いから、早く寝な


 彼のその言葉を思い出す。


 その優しさに、少しクラっと来たのは内緒だ。


 しかし、そんな素振りを見せると、彼の頭の上にいるもふもふ毛並みのラヴィが毛を逆立たせて鋭く睨んでくるものだから、彼女はぐっと気持ちを堪えて表情を隠す。


 今日も仕事が始まる。


 フェルマからしたらブラックも甚だしい仕事量がソウキを待ち受けている。


 朝の仕事を終えて、ソウキが哨戒班に合流。


 今日も長い駆け足と、草臥れるような戦闘が待っている。


 ◆


 フェルマがゆっくりと馬車に着いていく。


 馬の疲労を軽くするため、身分の低い者は徒歩での従軍だ。


 それでもこの程度の速度なら、彼女でも大した負担にはならない。


 ソウキが哨戒任務に出て、大分時間が経った。


 後どれくらいで帰ってくるだろうかと考えた時、彼女の周囲の兵が僅かに騒がしくなった。


 気づけば、全体の足並みが止まっている。


 「え?」


 状況の変化についていけずにいると、兵が一斉に敬礼の姿勢を取った。


 剣は握らず、開いた手を柄尻に置き、祈りの様に握った片手を胸の前に持ってくる、古くからの王国の貴族に対する敬礼の形だ。


 騎士団長への略式の敬礼とは意味を一線画すその最敬礼に、フェルマの顔も青ざめる。


 周りに兵のいなかった以前とは打って変わる空気の変化に、その意味を理解する。


 「フェルマと言ったな。小娘。用がある。相手をせよ」


 昼間であるにも関わらずに、興奮の色を隠せないウィーズベル伯の登場に、フェルマがきゅっと唇を噛んだ。 

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