皇子騎士は異世界ボクっ娘聖女に恋をする

こしこん

皇子騎士は異世界ボクっ娘聖女に恋をする

「こうして、鬼を倒した桃太郎一行は鬼が奪った宝物を皆に返して家に帰り、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

「すげー!モンタローすげー!」

「オレもキビタンゴ食いてぇ!」

「聖女様ー!もっとお話聞かせてぇ!」

「いいよ!じゃあ次は…」


 童話をせがむ子供達とそれに嫌な顔一つせず答える栗色の髪の少女。


 俺、アレストル・レヒト・バルベルデはその様子を少し離れたところで見張っていた。


 聖女の名はヒロム。


 紆余曲折あって我がバルベルデ帝国の聖女として働いてもらっている少女だ。


 今日の公務は孤児院の視察と慰問。


 子は国の宝であり尊ぶべき未来の財産。


 その育成が健全に行われているか、寄付金や支援物資に過不足がないかを視察するのがヒロムと俺の仕事だ。


「相変わらず、父上は悪いことばかり思いつく」


 だが、それは表向きの理由。


 実際は未来の臣民となる子供達に聖女とそれを擁する帝国の信頼を植え付けるためだ。


 そんなことを知る由もないヒロムはすぐに子供達と打ち解け、聞いたことのない面白い話で子供達を楽しませている。


 そんな話が次から次へと湧いてくるのはきっと、ヒロムが異世界から来た人間だからだろう。


「最初から同じ場所で生まれていれば…。いや、栓なきことか」


 覆しようのない仮定を考えたところで意味はない。


 そんなことよりもおとぎ話を終えて子供達と仲睦まじく遊ぶヒロムを見ていた方が有意義だ。


「殿下…」


 共に視察に来ていた文官が物陰から現れる。


「視察が終わりました」

「見せてくれ」


 文官がまとめた報告書に目を通す。


 金や物資の流れに不審な点はなく、子供達にも虐待の痕や栄養不足の兆候は見られない。


 心身の異常ならヒロムがいの一番に気づくはずだしな。


「問題なし、か。では…」


 懐から承認印を取り出し、文官が用意していた朱肉を付けて判を押す。


 これで孤児院の視察は終わりだ。


「聖女殿。お時間です」

「えっ?もうですか?」


 俺が終了を告げるとヒロムは名残惜しそうに子供達を見る。


 お別れを悟ったのか、子供達も行かせまいとヒロムの服を掴んだ。


「えぇーっ!!いっちゃやだーー!!」

「もっと遊びたーい!!」

「うぅ…。ごめんね。でも、きっとまた会えるから、ね?」

「今がいいーー!!」

「きっとやだーー!!」


 ヒロムが困り果てた顔で俺を見る。


 助けてくれということだろう。


「無茶を言うな…」


 俺だって子供の扱いなんてわからん。


 お互いにどうにもできずなすがままになっていると院長が助け舟を出してくれた。


「ケヒャアッ!!皆さん!聖女様のお勤めを邪魔してはいけませんよぉーーっ!!」

「えぇ…」

「でもぉ…」

「さぁ!みんなで聖女様をお送りしやしょうねぇーーっ!ケヒャヒャヒャヒャッッ!!」


 見た目と口調と笑い方は三流悪党のようなのに人格は素晴らしい院長がそう言うと子供達も渋々と受け入れてくれた。


「またね。聖女さま」

「うん。またねっ」


 子供達に送り出され、俺達は孤児院を後にする。


 これで本日の公務は終了。


 後は城に帰って父上に報告するだけ。…なのだが、「」「」「」時間がかなり空いている。


「お見事でした。聖女様」

「もぅ、やめて下さいよ殿下」

「今の俺は護衛の騎士だ。あまりその名で呼ばないでくれ」

「はーい」


 そう。俺は皇子でありながら護衛の騎士に扮してヒロムに同行している。


 聖女といえど所詮女子供と舐めてボロが出る輩がいるだろうという父上の入れ知恵だ。


 俺としても皇子として畏まられないからありがたい。


「ヒロム。腹は空かないか?」

「えーっと…はいっ。すっごく」


 ヒロムが恥ずかしそうにお腹を押さえる。


「城に戻るまで時間に猶予がある。この辺りに文官達がうまいと噂していた店があるんだが…行ってみるか?」


 そう問うとヒロムの顔は疑問から理解を経て少しずつ綻んでいく。


 まるで花開く瞬間を見ているようで心が洗われる。


「はいっ!是非っ!!」


 無邪気に目を輝かせ、前のめりになって何度も頷くヒロム。


 その顔を見れただけで噂していた文官に感謝したくなる。


 だが、そんな純真無垢で眩しい笑顔ばかり見ていると少し意地悪したくなるのが人の性。


「では、聖女殿。お手をどうぞ」


 わざとらしくおどけて言ってみる。婦女子ならば異性の手を取るという行動に恥じらいを覚えるものだろう。


 だが…


「はいっ!」


 あまりにも当然のように握ってきて思わず面食らう。


 しかし、すぐに思い出した。


 そういえば、兄がいると言っていたな…。


 以前、ヒロムは16歳だと言っていた。対する俺は22。


 ひょっとすると、俺は兄のようなものだと思われているのかもしれない。




 恋愛、熱愛、ラブロマンス。


 そんなものは一時の気の迷い。


 これまでの人生になかった新鮮な刺激を受けた脳がそれを特別だと錯覚して執着しているだけだ。


 人は自分にとっての分相応の中でしか幸せになれない。


 市政の人間が皇帝の息子として生きられないように、俺が市政の人間として生きられないように…。


 それが俺の持論であり不文律。


 だが、俺の人生はそれを良しとしたまま終わってはくれなくなってしまった。





「わぁ~!美味しそう!!」


 目当ての店にたどり着き、昼食を取る。


 文官達が噂していただけあって店内は清潔で雰囲気も良く、テラス席からは帝国の街並みが一望できるお洒落な店だった。


 夜は酒場もやっているらしい。今度姉上を誘ってみるか。


「毒見終わりました」

「うむっ」

「やっぱり慣れませんね。これ…」


 隣の席に控えた護衛が毒見を終えた料理を俺達が座るテーブルに置き直す。


 俺にとってはこれが当たり前だから何も思わないが、ヒロムは相変わらず気まずそうだ。


「さぁ、食べようか」

「はいっ!あっ、ちょっと待って下さい!すみませーん!小皿、もらえませんか?」


 ヒロムが注文したのは小皿。


 そんなもので何をするのか?その様子を見守っているとヒロムは自分の料理を小皿に少し盛って俺に差し出した。


「どうぞ」

「…これは?」

「どれも美味しそうなので少しずつ分けっこして食べませんか?」


 食べ物を分ける…。その発想はなかった。


 食事と言えば基本的に一人一つ。出るものも同じなので分ける意味も理由もない。


 だが、多くの人が集まり違うものを頼む今のような状況ならその限りじゃない。


 誰かと分け合って食べれば色んな種類のものが食える上にその感想で話が膨らむというわけか。


 分けてくれ


 そう命じようした口が寸でで止まる。


「殿下!?」


 自分の手で分けようとする俺に護衛が驚きの声を上げた。


「やらせてくれ」

「はっ…」

「これでいいのか?」

「はいっ!ありがとうございます!」


 それぞれが頼んだ料理を小分けにして交換し、食事を頂く。


「う~ん!おいしい~!!」


 満面の笑みを浮かべながら料理をほお張るヒロム。


 その笑顔に魅入ってつい手を止めてしまう。


 ヒロムはすぐ顔に出る。


 喜びも、悲しみも、驚きも手に取るようにわかってしまう。


 誰もが心に仮面を被って真意をさらけ出さない社交界の連中とは大違いだ。


「食べないんですか?」

「ん?あぁ…」


 ヒロムに指摘されて料理を口に運ぶ。文官達の評判通りとても美味しい。


 だが、これは純粋な料理の味だけじゃないだろうな。


「うむ。うまい」

「ですよねっ!」

「この食べ方はよくするのか?」

「はいっ!家族とか友達とお店に行った時はよくやってます!」

「そうか…」


 百歩譲って家族はいい。だが、友達というのはその…男も含まれるのだろうか?


 それを考えると心にしこりのようなものが沈殿した気分になる。


「…」


 今のヒロムはとても幸せそうに笑ってくれているが、俺達の出会いは最悪なものだった。


 ヒロムは学校の友人達と共に我が敵国、カニンベルク王国に異世界の勇者として召喚された。


 その中で唯一聖女の素質を持っていたヒロムは修行のために王国の大聖堂に転送魔法で送られる予定だった。


 だが、帝国の間者がその転送陣に細工したことでこちらに転送されたという次第だ。


 見知らぬ土地に無理矢理連れてこられ、友人を人質に取られて従わされている。


 そんな現状にあるにも関わらず、ヒロムは笑って俺達のために尽くしてくれている。


「本当に強いな…」

「何か言いましたか?」

「なんでもない。…ほぅ、デザートも豊富だな」

「ぼく、このプディングパルフェを食べてみたいです!こっちでもパフェが食べられるなんて…」

「向こうでは普通に食えるものなのか?」

「はいっ!特においしかったのが…」


 美味しい料理はその話題だけでも自然と会話が膨らんでいく。


 俺達はしばらくの間こちらの料理とヒロムの世界の料理についての話題に花を咲かせた。


「見て見て!聖女様よ!あちらの方は護衛の騎士様かしら?」

「仲睦まじくて微笑ましいわねぇ…」


 その途中、近くに座っていた貴婦人がそんな話をしていたが聞かなかったことにする。




「わぁ~!お祭りみたいですね!」


 うまい料理を堪能し、腹も満ちたところで次は露店を巡る。


 週に一度、首都の一角で行なわれるバザーは帝国各地から集まった露店商で賑わいを見せる。


 異国の服や家具、読めない文字で書かれた本、美しい工芸品の数々。


 見るも聞くも知らないものばかりで俺まで浮き足だってしまう。


 ヒロムは何を見るのだろうか?やはり服や装飾ひ…


「おぉっ!ボトルシップ!迫力満点でかっこいいなぁ…」

「おぉっ!お嬢ちゃんわかってるねぇ!そいつはうちの国の船さ!」

「そうなんですか!?細部まで作りこまれててすごいなぁ…」

「だろっ!なんてったって腕利きの…」


 露店の前で店主と熱く語り合うヒロム。


 何が好きか…最早聞くまでもない。


「欲しいのか?」

「ひゃあっ!?」


 よほど熱中していたんだろう。


 話が切れたところで話しかけたのにヒロムは素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。


「ほ、欲しくないって言えば嘘になります。けど…これ、すっごく高いじゃないですか?それなりに稼いでますけど流石にポンと出せる額じゃ…」

「これをくれ。おいっ」

「はっ」

「殿下ぁーーっ!?」


 護衛が代金を渡すと店主はまるで怪物でも見たかのように口をあんぐりと開けていた。


「おでれーた!あんた、いや…あなた様はお貴族様のご令嬢だったのか」

「貴族ぅ?あははっ!違いますよぉ」

「はっ?だって今そいつが金を…えぇっ?」


 何が何やらと混乱する店主。


 ほんのわずかでもヒロムとの時間を奪った罰だ。


「行こうか」

「はいっ!」


 瓶の中に入った船の模型を手に入れたヒロムはご満悦そうにそれを抱えて露店を見て回る。


「ありがとうございます!大事にしますね!」

「是非そうしてくれ。それも喜ぶだろう」


 護衛達に持たせてもよかったが、ヒロムが喜んでいるならこのままでもいいだろう。


「まぁ、見て見て。騎士様と聖女様よ」

「ランデヴーかしら?」

「お似合いだわぁ…」


 見目麗しいヒロムとその傍らに仕える騎士の格好の俺。


 そんな組み合わせは存外目立つようで、周りから黄色い声と視線が集まってくる。


 俺としては満更でもないが、ヒロムはどう思っ…


「おぉっ!クレープだ!殿下!あれ食べましょうあれ!」


 考えるだけ無駄だったな。




「はむっ!んむんむ…、んん〜!こっちのクレープもおいしーー!!」


 露店を一通り見て回った俺達は迎えの馬車に乗って帰路についていた。


「殿下もどうですか?毒見はしましたよ」

「遠慮しておく」


 クレープをうまそうに食うヒロムはとても魅力的だが、同時にまだ食うのかという呆れと驚きが首をもたげる。


 この分では夕食も何の支障もなく食いそうだ。


「はぁ〜、楽しかったぁ。殿下!今日はありがとうございました」

「息抜きに付き合わせただけだ。礼を言われるようなことでもない」

「それでもすっごく楽しかったです!いつになるか分かりませんが、これのお金も絶対返しますね!」


 そう言って俺が買った物を見せるヒロム。


 贈り物のつもりだったのだが、いまいち伝わってないようだ。


「…ヒロム。今日のことは全て俺からの報酬だと思ってくれ」

「えっ?でも、報酬は陛下から…」

「俺の個人的な罪滅ぼしだ。俺達は卑劣な手で貴殿を友から引き離し、国益のために利用している。なのに貴殿は嫌な顔一つせず臣民のために力を尽くしてくれている。それを思えば安いものだ…」


 ヒロムのおかげで帝国は少しずつ盛り返している。


 だからこそ、その功績が大きくなればなるほどヒロムへの罪悪感も増していく。


 本当なら俺達を恨んでいてもおかしくないはずだ。


「…」


 神妙な面持ちで話を聞いていたヒロムは俺の贈り物を脇に置いて何やら考え始めた。


 眉間に皺を寄せて何かを考える姿も愛らしい。


 もう少しその様子を眺めていたかったが、妙案を閃いたと言った様子で手を叩く姿も愛らしかったからよしとする。


「それならなおのことタダじゃ受け取れません。だって、ぼくは殿下を恨んでませんから」

「…はっ?」


 思いがけない言葉に思わず絶句してしまう。


「ふっ…!…失礼致しました」


 たまらず吹き出した護衛を睨みつけ、続きを促す。


「何故だ?俺達が何をしたのか忘れたのか?」

「もちろん、帝国がやったことは許せませんし、陛下のこともまだ信用できません」


 父上に関しては俺もそう思う。


「でも、殿下も帝国のみんなもぼくにすごく良くしてくれます。確かに、みんなと離れ離れなのは寂しいです。でも、ここでの生活もすごく楽しいし、毎日わくわくさせてもらっています。だから…」


 そこで言葉を切り、水を湛えたような青い瞳が俺を真っ直ぐに見据える。


「殿下達には感謝しています。なので、罪滅ぼしは受け取れません」


 なんてことのないように笑うヒロムの顔に馬車の窓から差した夕日がかかる。


 それはまるで天上の光のようにヒロムを照らし、俺はその姿に思わず見惚れてしまう。


「殿下?」

「…っ!なんでもない」

「それに、ぼくはあくまできっかけを作ってるだけです。本当の意味で帝国を建て直しているのは帝国のみんなだと思ってます」

「どういうことだ?」

「ぼくが怪我や病気を治したり土地を元気にしたってずっと続くわけじゃありません。でも、帝国のみんながそれを維持してもっといい国を作りたいって頑張っていけばいつかぼくがいらなくなる日が来るでしょう」

「…」

「その時にはきっと良かった頃の…ううん。もっと平和で豊かな帝国になっているんじゃないかと思います」


 ヒロムの口から語られた帝国が本当の意味で蘇る日。


 それは俺達が目指す理想であり…同時に残酷な死刑宣告でもある。


 聖女がいらなくなるいつか。そんな日が来ればきっと、ヒロムは元の世界に戻ってしまう。


「…ふっ。俺も、そんな日が来ることを祈っている」

「なのでこれのお金はまたいつかお返ししますね」

「…あぁ。いつでも構わん」


 そんなもの認めたくない!俺はこれからもずっとヒロムと生きていきたい!


 俺の中の激情は恥も外聞もかなぐり捨てて叫び散らす。


 だが、そんなことはあり得ないと無慈悲に断じる俺もいる。


 俺は皇帝の息子、ヒロムはここじゃない世界の住人。


 そもそも住む世界が違うのだ。


 俺のわがままでヒロムを引き止めても、俺がヒロムと共に向こうの世界に行っても…きっとどちらも幸せにはなれない。


 この出会いはカニンベルクがもたらした奇跡の上に成り立った関係でしかないのだから。


「城が見えてきたな。そういえば、姉上が帰ったら顔を出せと言っていたな」

「また何か作ったんでしょうか?後で行ってみますね!」


 だから、俺は俺の心をヒロムに明かさない。


 異世界土産はそこの模型で十分だ。


「ヒロム。今日一日付き添ってくれたことに感謝する。おかげでいい息抜きができた」

「こちらこそ!また息抜きしたくなったら言って下さい!今度はぼくがいいお店見つけておきますから!」

「期待してるぞ」

「うっ…!プレッシャーかけないで下さいよぉ」

「はっはっはっ!!」


 その代わり、俺は数え切れない思い出を貰おう。


 ヒロムが帰ったとしても、俺が皇帝に即位して誰を娶ろうと…この時間だけは誰にも渡さない。


 異世界から来た貴殿に思いを寄せたこの日の心も、貴殿の表情や仕草に心を乱され安らいだこの瞬間も…。


 誰にも侵されぬ俺達だけの宝。



 俺はそれを抱いて歩み、そして貴殿の知らないどこかで死んでいこう。





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