元王城お抱えスキル研究家の、田舎でモフモフと同居スローライフ 〜拾い癖が高じてついに《小さな女の子(ニンゲン)》まで拾ったら、ちょっと特殊な『召喚士』スキル持ちでした〜
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第一章:自称「たびびと」の女の子を拾いました
第一節:一人と一匹との出会い
第1話 『非冒険者』と少女の出逢い
「おーい、スレイ。そろそろ終わるぞー」
そんな雇い主の声で土まみれの手元から顔を上げれば、広大な農地の向こう側に日が傾き始めていた。
汗の滲む額を腕で拭いながら、ふぅと腹から息を吐く。
清々しい初夏の風が頬を撫でた。
先程水をやったからか、湿った土の匂いが鼻を掠める。
ここはトゥルール王国、ナルボクス伯爵領。
王都から離れているこの地域には、中規模程度の街の郊外に当然のように農耕地帯が隣接している。
特に突出する何かがある訳ではない田舎。
それがこの地域を評する声だ。
その上、俺にとってはまったくの縁も所縁もない土地である。
友人からの勧めがなければ、前職からクビになった一年前、わざわざ王都からの移住地としてここを選ぶ事もなかっただろう。
しかし今は、ここに移住してよかったと心から思っている。
「もうこれだけ手伝ってもらってりゃあ、畑仕事も流石に板についてきたなぁ。他のところでもうまくやってるんだろう?」
「うまくかどうかは分かりませんが、田畑に牧場に、木こりに川魚釣り。最近は大工仕事も少しですが教えてもらって。素人のよそ者にここまで根気強く仕事を教えてくれるのは、この土地の人柄だと思います」
元々俺は商業を営む子爵家の出だし、仕事は王城お抱えのスキル研究家――この世に存在する唯一の奇跡、神から人間が授かった神秘の力・スキルを国のために研究する職種に就いていた。
そんな、これまで自分で体を動かして働く事には悉く縁がなかった俺に、少なからず使い物になるように仕事を教えてくれたのは、何を隠そうこの土地の人たちだ。
しかし心からの感謝を胸にそう述べた俺に、彼は「いやいや」と笑いながら首を横に振る。
「純粋な優しさだけじゃないさ。最近は、こういう仕事をやってくれる若者も減ってきているし、あくまでも皆、家業を少しでも長く続けるための努力をしているだけだよ。それに、皆君に教えるのが楽しいのさ。教えればすぐに吸収する、まるでスポンジのような君に」
「それは、楽しく仕事をさせてもらえているからこそですよ」
一度見聞きした事は、大抵スッと頭に入る。
俺が唯一胸を張って特技だと言える事があるとすれば、間違いなくこの事だろう。
だが、残念ながら俺の特技は、必ずしもすべてにおいて発動するものではない。
一度で覚えられるのは、自分が興味を持ち、楽しく見聞きできる内容に限る。
だから俺の長所がうまく発揮できているのだとしたら、お世辞でも何でもなくただ素直に、ギルドで貰える非戦闘系依頼に元々は興味も楽しみもそれ程抱いていなかった俺に、そういうふうに思える環境を与えてくれた依頼主たちがいてこそなのだ。
「それにしたって、冒険者登録しておきながら人気の冒険者家業じゃなくこっちの方ばかりやるなんて、奇特な人もいたものだよ」
こっちは大いに助かるが。
そう付け足す彼に、俺は笑う。
「元々荒事は得意ではないですし、スキルの強さもそちら向きではないですしね。初めて『伯爵領でうちの冒険者ギルドに登録して、そこでこういう非戦闘系依頼を受けるその日暮らしでもしてみないか』なんて言われた時には俺も驚きましたが、そういう生活が存外俺には合っていたみたいで」
自分の事を、研究者向きな人間だと思う。
世界中から、たくさんのスキルという未知の力についての知識を収集し、個人のスキルの為せる範囲を観測し、国や人のためにできる使い方を模索する。
そんな【スキル研究家】という仕事は、スキルという力そのものに並々ならぬ好奇心を抱いていた俺にとっては、おそらく天職だった。
しかし天職は一つでないのだと、俺はこの土地に来て初めて知った。
そんな俺の働き方を揶揄する一部の冒険者たちからは『非冒険者』などと呼ばれる事もあるが、気にしなければどうという事もない。
そういう人たちとは、そもそも仕事上関わり合いにならないのだ。
絡まれた時が少々面倒臭いが、それだってこちらが何か目立つような事をしない限りは、滅多にあるような事でもない。
案外平和に暮らせるものなのだ、周りからどう呼ばれていても。
「そういえば、冒険者ギルド伝手に受けているあの仕事の方は、順調かい?」
冒険者ギルド伝手に貰える依頼報酬とは別の、依頼者からたまに直接貰える特別手当――今日は売り物にならないクズのトマト――がいっぱい入った布袋を受け取りながらそう問われ、俺は思わず苦笑する。
「閑古鳥ですよ、相変わらず『スキル相談室』は」
スキル相談室。
俺が王都で学習・研究して得たスキルに関する知識で、困った人の相談に乗れないかなと思って始めた仕事。
相談内容は、スキルの使い方や制御・育成、スキルによって生み出されるものの相談まで何でもいい。
最悪スキル起因の厄介事かもしれないという状態での相談も受け付けている。
簡単に言えば、気軽に相談していい『何でも相談室』だ。
そういうコンセプトなので相談料も安くしているのだが、残念ながら相談者はほとんど来てくれない。
「そうなのかい。私たちの何かできればいいんだけど」
他人事なのに申し訳なさそうに言う彼に、改めて「やはりこの土地の人は優しい」と思う。
「別にいいんですよ。困っている人がいないっていう事かもしれないし。もしそうならそれは幸せな事でしょう? それよりも」
言いながら、トマトの入った少し重い布袋をよいしょと持ち直した。
「目の前の事の方が今は大事です。さっそくこのトマトを今晩の飯にどう使うか、考えながら帰らないと」
帰り道。
街の方へと歩く俺は、布袋の中を覗きこんで改めて口元を綻ばせる。
採れたてのトマト。
奇形が多いが、そんな事如きで味は変わらない。
トマトは採れたてが一番美味しい。
それはこの土地に来て初めて知った事だ。
頑張って仕事をしたお陰で、今日も腹は減っている。
尚の事、俺みたいな素人が料理しても美味しく食べられるだろう。
俺が仕事を頑張るのは、体を動かした後のご飯が一番美味しいからというのもあるのかもしれない。
そう思うくらいは今、浮かれている。
今日の晩飯は、トマトのサラダと、トマトスープにしよう。
あぁでもその前に、この汗まみれで砂まみれなのを落とすのが先か。
そんな事を考えながら、弾んだ気持ちで広大な農耕地の間の畔道を歩いてていた時だ。
弱い力だがたしかにツンと、何かにズボンの裾を引っ張られた。
何かにズボンを引っかけでもしたか?
そう思って後ろを振り返り、少し目を見開く。
「……子ども、と羊?」
次の更新予定
2024年12月13日 20:47 毎日 20:47
元王城お抱えスキル研究家の、田舎でモフモフと同居スローライフ 〜拾い癖が高じてついに《小さな女の子(ニンゲン)》まで拾ったら、ちょっと特殊な『召喚士』スキル持ちでした〜 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake
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