誕生日に花を
尾八原ジュージ
誕生日に花を
ここのところあなたがそっけないのは、わたしがあなたの誕生日に花を飾らないからかもしれない。あなたの誕生日には、花がなければ駄目なのかもしれない。
突然そう思い立ったその時、日付はもう誕生日当日だ。だからあなたが仕事に行ったあと、わたしは念入りに掃除機をかけ、テーブルの上を片付けて、普段はあなたしか入らない納屋に入り、一番大きな花瓶を持ち出す。
花瓶は透明なガラス製で、なかなか重い。おまけにいつのまにか中に小さな家が建っているし、小さな畑も作ってあるし、小さな女が物干しにシーツを干している。わたしが花瓶を揺らしたので、小さな家と畑はめちゃくちゃになり、小さな女は物干しの下敷きになって悲鳴をあげる。
花瓶の外側を丹念に拭いてテーブルの中央に置いたあと、わたしは花を調達しに出かける。ちょうど近所によさそうな花屋がある。ターコイズブルーの壁に、ブーゲンビリアの紫とスイセイランの黄色が眩しい。わたしは店員の前で花瓶の大きさを「これくらい」と示してみせる。「夫の誕生日なので、これくらいの花束をください」
店員は訳知り顔でうなずき、茎の長いままのバラを店中から集めてくる。赤と、白と、黄色と、ピンク色と、紫色と、黒。それらを美しくまとめて、花束を作ってくれる。サービスに花が元気になる薬もつけてくれる。わたしは喜んで代金を支払い、花瓶と同じくらい大きな花束を抱えて、意気揚々と帰路につく。
帰宅したわたしは、さっそく花を活けることにする。用意しておいた花瓶の中に、花束を無造作にねじ込むと、花瓶の底に倒れていた小さな家と小さな畑と小さな女は、無数の緑色の茎に圧し潰され、ぺしゃんこになって、あっというまに見えなくなる。わたしはピッチャーを持ってきて、花瓶に水を注ぐ。花屋でもらった薬も入れると、バラたちはますます色濃く咲き誇り、漂っていた血の匂いも、香水のような香りに紛れてしまう。わたしは満足して、誕生日のディナーの支度を始める。
ローストビーフを盛りつけ終えた頃、あなたが帰宅する。豪華なディナーよりも先に、テーブルの上の花束に目を奪われた様子のあなたは、「花瓶の中に女がいなかったか?」と血相を変えてわたしに詰め寄る。
わたしは平静を装って「いなかったよ」と答える。でも、口元が緩むのをどうにも堪えることができない。とうとう声を上げて笑い出しながら、やっぱり花を飾ってよかったと思った。
誕生日に花を 尾八原ジュージ @zi-yon
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