第3話「図書室の魔女①」
翌日、僕は少しだけ早く学園に向かっていた。
勉強のお供にスマホは良くない。おかげで課題に全く手がつかなかったのだ。結局する気だったゲームもできなかったし。
いつもより早い電車に乗る羽目になったし散々である。
校門の前に着いた頃、ポケットの中がブルブルと震えたような気がした。
スマホとにらめっこしてるのもアレなので、マナーモードをバイブレーション有りの方に変えていたのだ。
これはこれで悪くない。ポケットの中に入れてれば案外、自分以外は気が付かなさそうだし。
ネットショッピングの関連メールとかでも震えるのがたまにキズだけど。たまどころじゃないな、Alwaysキズだわ。
9割それなんだよなあ……と思いながら、ポケットからスマホを取り出して画面を確認すると、
華恋『おはよう。早速今日から動くことになるから心の準備をしっかりしておくように』7:25
意外に優しい。彼女なりに気にかけてくれてるってことだろうか。
昨日までは半信半疑だったけど、たぶん彼女は校内の生徒の名前と顔が頭に入ってるんだと思う。いや実際、新入生として入ってきたばかりのこの時期にさして関わりのなかったはずの上級生(僕)の名前を知ってるくらいだし。初春さんが同じクラスであることも知ってたし。調べようとすれば調べられるけど、入学して一週間でそんなことするかね。僕ならしない、というかする余裕がないと思う。
ふと、疑問がわいた。
彼女は8人の異端者の一人として初春さんの名前を挙げたけど、もしかして面識があったりするのだろうか。さすれば残りの7人とも面識があって、だからこそ仰々しい呼び方をしてるんだろうか。それとも、単に彼女の一方的な調査の結果だったり?
意外と簡単に出てくる疑問の波だったけど、そのどれもが僕には答えの出せそうにないものだった。
あと、聞いても答えてくれるかわからないような、そんな気がした。
風宮竜『ありがとう。動く…って何をするの?』7:27
すぐに既読はつかないだろう。
そう決めつけていた僕は、スマホをポケットの中に忍ばせて校門をくぐるのだった。
「はぁッ???」
HR明けの休み時間になって、少し放置しすぎたかなと思いつつスマホを見てみると彼女から返信があった。
それを見て僕は思わず、素っ頓狂な声をあげてしまっていた。
華恋『初春千早は今日、担任の青山教諭に呼び出されることになっている。それに同行してほしい』7:59
華恋『要件までは不明だが、おそらく彼女の家庭事情によるものだろう』7:59
同行しろと言われても。いや、無理では?
頭の中で超速シミュレーションが進む。
「先生、昨日の音楽室の件で―――――」「ああ、後でな」
話題『旧軽音部の整理』でいくのはだめだ。一瞬で断られてしまう。
「先生、今日初春さん呼んでましたよね。僕が呼んできましょうか」「ああ、悪いな」
提案『初春千早の誘導』、これだ。状況がかなり限定されてしまうが、これなら自然に初春さんと先生の話し合いの場に介入できる。欠点は、初春さんが到着したら追い出されるってことくらいか。いやいや、それが一番だめじゃん。どうしよ。
担任に呼び出される、ここだけは僥倖かもしれない。何せ、先生は僕に作業を手伝わせた借りがある(と僕は思うことにした)。今この瞬間に昨日までの作業は借りになったのだ。
それをダシにして何とか話し合いの場に立ち会おう。
難易度高すぎて笑えないな、これ。つまずきそうなところしかない。やばいって。
僕が【初春さんと青山先生の話し合いが今日実施されること】を知っていることがおかしくない状況であるともっとやりやすそうではある。現状は
「ほんと、なんでそんなことまで知ってるの…」
スマホの画面を見ながら一人でつぶやく。
それは心の底から零れてしまった、よどみ一つない本音だった。
どうしようか頭の隅で考えながらも、学生の本分は勉強だということで授業は普通に進む。
あまりに上の空だったためか、何度か教師から注意が入った。
課題の提出を要求されていた授業が終わり、先生が教室を出ていった後に課題のプリントに名前を書いてないかもしれないという疑念が浮かんだが、もう遅いなと感じるころにそれは確信に変わった。急いでたし、混乱してたし、仕方ない。単位に影響ありませんように…。初回だし、許してくんないかな。
そして突入した昼休み。慢性的な四月病である僕にとってはこの時間ですらオアシスのごとき安らぎの時間なのである。
「ふぅ…とりあえず追加のメッセージはないな」
少しだけ安心した。問題は何も解決してないけど。
どうせ混んでるんだろうな、と思いながら購買に向かうために教室を出た僕はトボトボ歩きながら外から自分がさっきまで居た教室を眺めていた。
初春さんが居ないな、とその時に初めて気が付いた。
朝は居た、と思う。記憶力にはそれなりに自信があったけど、こういうときに不確かなのを自覚するとそうでもないんだなと思ってしまう。
すぐ後のこと。「欠席者なし」という青山先生の今朝のセリフを思い出して、彼女の出席に確信がいったのは教室を通り過ぎたころだった。
とすれば離席中ということになる。昼休みに生徒が教室に居ないのはそう珍しいことではない。天気がいい日は中庭で食べる人もいるし、うちの学校は屋上が特定の時間帯のみオープンされるのでそこで食べる人も居ないことはない。僕は高所苦手なのでいかないけど。
こうして思い返してみると、僕は彼女のことを何も知らないなと痛感する。というより、興味を持ったり、知ろうとしてなかったんだなと感じた。知っていたのは、最寄りが一緒ということだけ。
まあ、誰がどこでご飯を食べてる、とかそういう情報をいちいち仕入れてる生徒なんて居ないだろうけど。
いや、もしかしたら天上人(コンダクター)は知ってるのかな。
そんな風に。渦巻く思考は止むことがなく、いつのまにか購買に着いていた。
「BLT1つで」
「はいよ」
意外と空いていた購買に若干違和感を抱きながら、受付のおばちゃんに500円玉を渡しながらいつも通りの注文をする。理由は安くて美味くて好物だから。すぐ食べ終わるわりに腹持ちも悪くないのもある。もっとも、それは個人差があるかもしれないけど。
注文したものを受け取った後、教室に戻ろうと廊下に歩みを進めたときのことだった。
昨日も見たはずの、ある後ろ姿が目に焼き付いた。
その子はいつも、そこで昼休みを過ごしていたのだろうか。慣れた様子で扉を開けて図書室に入っていった。
そう、図書室だ。
「図書室の、
まだどうするべきか何も定まってないはずなのに、僕の身体は引き寄せられるように図書室に向かっていた。
BLTを食べなくちゃいけないはずなのに。
僕の頭の中にはもう、【初春さんと何とか話してみること】しか残っていなかった。
惑わされるな、という天上人のメッセージのことも何も、残ってやしなかった。
ANOTHER END 〜キミが辿った1つの未来〜 @thirdXross
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