第2話「氷柱姫」

学園からの帰り道、僕は珍しくスマホをチラチラと気にしていた。

歩きスマホになるから、いちいち歩くのをやめて止まりながらスマホを確認しているのだが、これが結構面倒である。

この後電車に乗る以上マナーモードは解きたくないし、僕はバイブレーション無効のサイレント派だ。1回設定変えると元に戻し忘れるからいちいち変えるのもしょうに合ってない。

さて、肝心のスマホ画面はというと。


風宮竜『よろしくね』17:57 既読

華恋『愚者で合っているよな?』18:13

風宮竜『さっき対面で確認したでしょうが』18:15

風宮竜『人前で愚者って呼ばないでね』18:16


なるほどね。世の既読付かなくてハラハラしてる男連中の気持ちがわかったよ。

音楽室が毎日使えるわけじゃないってことで連絡先交換したけど、文面でも彼女はああいうキャラクターらしい。

スマホをいちいち確認するために止まりながら駅に到着した頃、時計の長針は6の位置にあった。


「あれ、人多いな」


絶賛帰宅ラッシュな時間帯ではあるが、それでも普段より多く感じた。

いや、実際多いのだ。僕は帰宅部なのでね。いつも乗る時間帯はもう何十分か早い。人が多いと感じるのも当然の話だった。

ホームでは行列ができてしまっていたが、到着した電車から下車した人も多く、電車内にスペースがチラホラ見られたため、ギュウギュウ詰めというレベルでもなく電車に乗ることが出来た。

15分ほど経ったころ、僕の降りる駅に着く。

押し出されるように下車した後、ポケットの中のスマホに手をやりながらエスカレーターを降りていると、学園の制服を着た女子生徒が前に立っていた。

誰であるか、は特に気にしてないつもりだったが、その後ろ姿を見て嫌でも、もしかして、という気持ちがはやる自分が居た。

同じ最寄りで、印象に残る長髪の女子生徒。

学園内ではまた別の意味で印象に残る彼女のことを、知らない学園生は居ない。


初春ういはるさん……」


誰にも聞こえないように小さくつぶやく。

よく知りもしない人の名前、それも同学年の女子の名前をつぶやく男子生徒って図がキモくないわけないのでね。実際に行動に移してる時点でだいぶアレだったわ。

初春千早ういはるちはやのことを知らない生徒は、新入生を除いて星翔学園に居ないだろう。同級生にして学年首席、去年の新入生挨拶の淡々っぷりは全校生徒の印象に残っただろうし。

かくいう僕は彼女が人付き合いに勤しんでいる姿を見たことがない。関係性がゼロに近いのでそれも無理は無いのだけど、そういう話を噂でも聞いた事がないこともあって冷ややかな印象を受けていた。

無感情、氷柱姫つららひめなんてあだ名もあるくらいだ。

同じ最寄り駅なのに話しかけられないのも仕方がないじゃないか。そもそも時間帯が違うから基本バッティングしないし……。

いや、ヘタレる自分への自己弁護は置いといて。

今日は変な女の子と出会ったこともあって気が膨れ上がっていたのだろう。

何を血迷ったのか、僕は初春さんに声をかけてしまっていた。


「こんばんは、初春さん」

「………どなた?」


そりゃそうなる。

彼女の困り眉を見て、僕は一気に体が冷えていくのを感じていた。冷静になっていく自分とは裏腹にこのテンションを維持しなければ、と躍起になっている自分も居たため、頑張って言葉を探していた。

そして掴み取った。


「えっと、同じクラスの風宮です。ほら、青山先生にこき使われてしまった━━━━━」

「そうですか。それでは、さようなら」


はぉ?

オーバーヒート気味だった脳細胞は気づけば冷えきっていた。

いつの間にか彼女の姿は消えていて、僕は改札の数歩前にある柱にもたれかかっていた。

なるほど、氷柱か―――――。

尖ってんじゃねえの。


「なんか、寒いな…」


今の今までの数分はきっと幻覚だったのだろう。

改札を出た僕は、大人しく自宅へ直行した。

スマホを気にする心の余裕は、無かった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


帰宅して用意された夕飯を食べた後、自室の机に向かって腰を下ろした。尻もちを着いた場所の固さから、ゲーミングチェアとまではいかないまでもふかふかの椅子が欲しいと思ってしまう。

とりあえず振り返ってみて。

初春さんが去っていった時、間抜けな声を出していたのではないかと不安になった。


「大丈夫なはず…。あそこで降りるのは彼女以外に知らないし」


少なくとも、僕の認識ではそう。

まあ、"同学年"という括りの上での話だけど。

僕もその事を知ったのは春を迎える少し前だったし、それまでは今はもう卒業してしまっている人が通っていたのをチラホラ見かけるくらいだった。

面識はない。ただこちらが、当時3年生だった人だということを知っていただけ。

気持ちを切り替えるべく今年度初の宿題に手をつけようとしていたその時だった。

スリープにしようとスマホの電源に指をかけたとき、震えも音もなかったが一つだけ通知が来た。


華恋『本題に入らせてもらう』19:15


すっかり頭の中から消えていた、天上人コンダクターからの連絡だった。

本題、か。

とりあえず夕方聞いていた彼女の話に沿って、促してみる。


風宮竜『8人だっけ、異端者なる人らが居るんだよね』19:16

華恋『時間があまりなくてな。まずは最初の1人目だ』19:18

風宮竜『なら、急がなくちゃね』19:18


正直全然ピンと来てないが、話の腰を折るのもなんだか悪い気がしたので良い感じに受け答えをしたつもりだ。

そもそも異端者ってなんだよ、って話になってもおかしくないからね。いや、僕はそれを知りたいんだけど。

なんか、まともに答えてくれる気がしないんだよなあ。話聞いてくれないし。

彼女の気分に合わせるしかないのかな、とそういうことにした。


華恋『運命の日は5月7日。ゴールデンウィークまでに何とかしなくてはならない』19:20


本当に全然余裕ないじゃないか。

でも、何をどうしたら……?

根本的なところが分かっていないため、返答に窮していると彼女から連続してメッセージがあった。

その内容に僕は、言葉を失っていた。


華恋『1人目の名前は初春千早。其方と同じ、2年A組の女子生徒である』19:21

華恋『またの名を図書室の魔女ウィッチ。相当深刻なものを抱えた異端者である』19:21


図書室の魔女ウイッチこと初春千早。

さっき駅で会った彼女が、華恋のいう異端者の1人なのだという。

当然だが、僕にそんな認識は無い。彼女のあだ名はいくつかあるけど、魔女だなんて。


華恋『魔女ウィッチに惑わされるでないぞ、愚者よ』19:25


やがて、返事が来ないを気にかけてなのかどうなのか定かでは無いが、そんなメッセージがあった。

なんだか頭がめちゃくちゃだ。

情報量だけが多くて、そのどれもを正確に理解することが出来ないでいる。いちいち疑問と猜疑心が湧き上がってしまって前に進めない。

結局この日、彼女からのメッセージはこれを最後に終わった。


「初春さん、か……」


彼女がなぜ、魔女と称されたのか。

この時の僕には何一つとして、想像すらできなかった。

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