第43話 小国の公女の冒険

 公女は小さく息をついてから言った。

 「つまりさ、あんたは助けに行きたいわけ。そうでしょ? だって、わたしがバンショーさんに何を言うかわかってるのに、止めなかったんだから」

 公女はカスティリナが迷っていたのを見抜いていた。

 「だったらさ、いっしょに行こうよ。ここまでいっしょに来たんだからさ」

 そして、最初に会ったときのように親しげに笑った。

 後ろから床板を強く踏みしめる足音が聞こえてきた。

 バンショーがセクリートを連れて来たのだ。

 「なんだおまえら……」

 二人の娘がまだ階段のところで支度じたくもせずに話しているのを見て、バンショーがろうとする。

 「バンショーさん」

 でも、偽アヴィアのセリス公女が先にすばやくバンショーに声をかけた。

 「ここからカシス街道に行くにはどう行くのがいちばん早いですか? やっぱりハーペンまで出ないとだめ?」

 「いや」

 バンショーは立ち止まった。

 振り返ると、すぐ後ろで、セクリートが険しい顔で二人の娘のほうをにらんでいる。

 そのにらんでいる相手が公女だとも知らずに。

 カスティリナは笑いそうになる。

 が、もちろん、笑ってはいけない。

 「それは遠回りだ。ここから川を下ってネリア川まで出て、ミーデの船着き場で本街道に上がるのがいちばん早い」

 「川下りは馬車で?」

 「ばかなことを言っちゃいけない。船に決まってる。まあ、多少、荒っぽい川下りになるけどな」

 「ミーデの船着き場で馬車と馬は借りられます?」

 公女は次々に早口で質問を繰り出す。

 「ああ」

 バンショーは言ってから、少し口ごもった。

 「でも、そんな騒ぎになってるならば、貸すのを止めるかも知れないな、あそこの役人なら。馬車や馬を貸して、それが公女の連れ出しに使われるとしたら、それはあそこの役人の責任になるから」

 それに、その役人がセディーレ派で、この陰謀を知っているとしたら、なおのこと貸してはくれないだろう。

 「じゃ、バンショーさんの馬車と馬を船で運べます?」

 「おい。それは大事おおごとだな」

 バンショーは言った。

 しばらく考えて、答える。

 「でも、やれないことはない。いや、十分、やれるさ。ディエル湖の葦の船でならな」

 「馬を船に載せて暴れません?」

 「それぐらいだいじょうぶだ。らしてある。それより、あんたたち、急流下りに耐えられるのかい?」

 「わかんないけど、耐えるしかないでしょ?」

 偽アヴィアの公女は、いたずらっぽく言って笑った。

 バンショーも苦笑いする。

 「お代ははずみます。成功報酬つき。お願いします」

 「任せとけって」

 バンショーとの交渉は成立した。

 公女は、続いて、いまにも自分に吠えつきそうにしているセクリートに、涼しい声で言った。

 「セクリート君はバンショーさんと先に行って準備を手伝ってて。わたしたちもすぐに行くから」

 「お、お……」

 「あんたの好きな人が危ないのよ。さ、早く」

 セクリートは言い返せない。公女の口ぶりにはそれだけの力がある。

 「おおい、一大事が起きた! 力を貸してくれぃ!」

 バンショーが中の間に立ったまま大声を立てた。

 「おお」とか「ほぉい」とか返事した者、「何だ何だ」と言った者、何も言わずに出てきた者、宿のあちこちから人がなかに集まってくる。

 よくこれだけの人がこの屋敷にいたものだと思うし、それが馭者ぎょしゃのひと声だけでよくぞろぞろと出てくるものだとも思う。

 でも、さっきの話の聞こえるあたりからはだれも出てこなかったから、話が漏れた心配はなさそうだ。

 身替わりを立ててせっかく危険を逃れた公女が、わざわざ危険を冒して身替わりを助けに行く。

 もう引き返すことはできなくなった。

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小国の公女をめぐる冒険 清瀬 六朗 @r_kiyose

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