第42話 何をなすべきか?
偽アヴィアのセリス公女は続ける。
「わたしがアンマギールに着くとしても、それまでにセディーレとセディーレ派が自分たちのやったことの証拠を徹底的に消してしまったらどうなる? その人たちは、アルコンナが、公女の身柄を奪って、偽物と気づいて殺したって言い立てるよ。そうすると、この国の人たち、どう思うと思う?」
カスティリナは答えない。
公女は、目を細めて、あの猫のような笑いを浮かべた。
「公女」ではなくなった。偽の村娘アヴィアに戻って来た。
「アルコンナに無事に嫁いだほんもののセリス公女もやがて殺されるだろう、だから奪い返さなきゃ、って思うよ。そうしたら、わたしがせっかくあのアルコンナのサンデリヴァル公子のところにお嫁に行って、ミュセスキアとアルコンナが戦争しなくてもすむようにがんばっても、むだになるじゃない」
この公女はばかじゃないんだとカスティリナは思う。
それに、たしかに、これだけ
もしかすると、公女がこんなしっかりした娘ならば、身替わり娘アヴィアの奪い返しに連れて行っても役に立つかも知れない。
バッサスの神殿でも、公女は、カスティリナが危ない戦いをしているあいだに、子どもたちを救い出したではないか。
しかし、やはり、今度こそは公女が自分で救いに行くのは止めなければいけない。
低い声で強く言う。
「
さっきまでの公女になら「殿下」でもいいが、偽村娘に戻ってしまった公女に「殿下」はおかしいと思う。「あんたに言ったんじゃないの?」ぐらいがちょうどいいと思うのだけど。
知ってしまった以上、しかたがない。
偽村娘の公女が言う。
「それはそう。だとしてもいまの判断は変わらない。もちろん、できないことならわたしも最初からやらない。でも、絶対にできないことじゃないし、父上のご命令に逆らってでも助けに行ったほうがいい結果にはなるんだから」
「しかし、公家には、こう言うときに役立てるために軍隊もあります。
公女は落ち着いて言い返した。
「ハーペンの親衛軍は信用できない。ね、どうして城の奥深くで寝ていた公女の身替わりがかんたんに連れ出せたと思う?」
答えはわかりきっている。
ハーペンの軍隊の、少なくとも一部が、連れ出しに加担したから、少なくとも見て見ぬ振りをしたからだ。
「それに、わかってると思うけど護民官も護民士も信用できるとは限らないよ。だって護民長官のバレンさんはセディーレ派なんだから。それもセディーレ生まれ、セディーレ育ちのセディーレ貴族の出身だよ。軍隊も護民士も信頼できる人はいるけど、そんな人たちに頼むならばインクリークまで戻らないといけないし、とてもそんな時間はない。偽公女を連れた人たちが今朝早くハーペンを出たとして、セディーレ領に入るのは今日の夕方、それまでに何かしないと。それは傭兵を頼むのでも同じ。ハーペンの傭兵局はだいたいセディーレ派が握ってる」
「だったら、殿下はわたしにお命じになればいいのです、身代わりの娘を助けに行くようにと。わたしならば信頼できるでしょう?」
「じゃ、わたしはどうなるの?」
公女は口をとがらして拗ねたように言った。
いよいよ気高い公女らしくない。貴族のわがままとはぜんぜん感じが違う。
猫のように気まぐれなところ、いや、そういうふりができるところが、この公女の性格の長所なのかも知れないとカスティリナは思う。
また、そうでなければ、この計画を立てただれかだって、公女を傭兵と二人きりで山道をアンマギールまで行かせることなんか考えないだろう。
「護衛なしで山越えして、アンマギールまで一人で行けってこと? つれないの」
公女がいよいよわがままを装って
だいじょうぶでしょう、それぐらい、と言い返そうとしたけれど、たしかに不安だ。
山道で道に迷えば、アンマギールに定められた日までに着けないかも知れない。高い山で、道をまちがえれば人里に下りられないかも知れない。
それに、たいした群れではないだろうけれど、盗賊の
命のやりとりの場に連れて行って、公女の命を危険にさらすか、山道を一人で歩かせて公女の命を危険にさらすかだ。
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