第41話 謀略

 偽アヴィアは振り向いた。

 カスティリナを振り返る。

 けわしい目で、じっと見ている。

 やっぱりそうだったんだ、と思う。

 いまアヴィアと名のっているこの娘は、ほんもののアヴィアと、服と名まえを交換したのだ。

 もしハーペンでさらわれたのがほんもののアヴィアならば、ここにいるのはさらわれたことになっている当人でしかありえない。

 つまり、セリス公女に。

 カスティリナは続ける。

 「殿下のわりを務める庶民の娘がさらわれたからと言って、殿下ご自身が助けにいらっしゃるのですか」

 「そう」

 偽アヴィアのセリス公女は涼やかな声で答えた。

 さっきの高慢な話しかたとも、これまでの親しげな話しかたとも違う。

 たぶんこれがいままでカスティリナには一度もきかせなかった、この公女の「ほんとうの」声なのだ。

 つまり、「公女としての声」だ。

 ならば自分も公女に仕える臣下として言うべきことを言おう。雇われ者の外国人だが、いまの関係なら臣下に違いなかろう。

 カスティリナは声を励ました。

 「正気の沙汰さたではありません。こういうことが起こるかも知れないから、わざわざ身替わりを立てられたのに、その災いの中に自ら飛びこまれるなんて」

 「わたしはあのセクリートと約束しました。あの子の身が危うくなれば助けると。君主の一族たる者、嘘をつくことは許されません」

 セリス公女は整然となめらかに、でも厳しく言い返した。

 だからカスティリナも厳しい声で言い返す。

 「小さな正しさを守り、大きな義務を忘れることは、君主の一族にはもっと許されないことです。わかりますよね、学校の授業を聴かなくてもいろんなことのわかる聡明な殿下なら」

 公女が軽く笑う。

 でもそれはいままで見せたどの笑顔とも違う。

 君主の一族が儀礼として笑う。その笑いかただとカスティリナは思う。

 「一人の村娘を救うこと、その約束を守ることは、普通の人にとっては大切なことです。でも、国にとってもこうにとってもそれは小さなことです。考えてください。殿下がアンマギールに無事にお着きにならなければどうなるか。さっきの商人が心配していたとおりです。もしかすると戦争になるかも知れない。そうでなくても国としての約束をミュセスキアは破ることになります。しかも強暴きょうぼうな隣国アルコンナに対して。そのことはこの国の人何百何千の命と暮らしとをめちゃくちゃにするかも知れない。それを考えれば、一人の村娘の命は小さなことです」

 公女はすぐには答えずに向かい側の様子を伺った。セクリートとバンショーが戻ってこないかどうか見ているようだ。

 よくこんなときにこんな気の利かせかたができると思う。

 カスティリナはたたみかける。

 「それに、殿下が無事にアンマギールにお着きになれば、セディーレの謀略は意味を失うではありませんか」

 「セディーレの謀略?」

 公女がき返す。

 カスティリナは頷く。公女の顔から目を離さない。

 通じた、と確信する。

 公女も、この公女失踪騒動はセディーレ派が仕組んだものだと信じている。

 いや。「信じている」のではない。

 知っているのだ。

 公女がさらわれたというのはただの噂ではなく、公女の身替わりがほんとうにさらわれたのだということまで。

 セディーレは公女をあきらめていなかった。

 大公も、ジュバン公子も。

 いまはアルコンナへの嫁入りを祝っているミュセスキアの人たちも、公女がセディーレに連れて行かれたと知れば、もとのようにセディーレに嫁入りしたほうがよかったと思うだろう。

 そうセディーレでは考えているのか。

 それともミュセスキアの人たちがどう思うか、どうなるかなどまったく考えていないか。

 そのどちらかだ。

 そうなることをして、ミュセスキアの国公こっこうは、アヴィアという、公女に似た村娘を身替わりに立てた。そして、公女にはカスティリナと二人でアンマギールへ行かせることに決めたのだ。

 「わたしはアンマギールに着く。そのかわりアヴィアは殺される」

 公女もカスティリナの目を見て、いっそう声を低くして言い返す。あの細い目の奥で黒い瞳がうるんでいる。

 「わたしがアンマギールに着いてしまえば、さらった公女はにせものだとわかるでしょう。だから、謀略は意味を失う。でも、その謀略があったことの証拠も消される。そのとき、まっ先に消されるのは、偽公女のアヴィアの命だよ」

 カスティリナはじっと公女の顔を見ている。

 ほんもののアヴィアが殺されると言って、この公女はまゆ一つ動かさない。たいしたものだと思う。

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