第7話 最終話・天才王子デンテファーグの誕生

 スパイはいぶかしんでいます。警戒けいかい心もあらわに、

「兵器のことを知るお前たちも、潜入せんにゅうルートを持っているのだろうに」

 と返しました。

「私たちのことはどうでもいい」

 と、デンテファーグはそっけなく答えました。スパイは自由になるかわりに、潜入ルートの秘密ひみつを話しました。「もう二度と使うつもりはない」と言いながら。逃げるとき、なぜ自分が放免ほうめんされるのかわからないというようすでした。

 ここで手にいれた情報は、二年後、役立つことになります。デンテファーグがラダパスホルンから脱出するときにここを通ることになるのです。

 ロリアムジアがもう一人のスパイを捕まえてもどってきました。

「最初の一人はどこ?」

 ギャナバスに厳しい目を向けています。お前がへまをして逃がしたのかと言いたげです。彼の顔色は真っ青になりました。

「情報と引きかえに逃がした」

 とデンテファーグが答えると、ロリアムジアは

「キミの目的にさしさわりがないなら、私はかまわない」

 と態度をやわらかくしました。ギャナバスは人心地ひとごこちがつく思いでした。彼はこのあと、手柄てがらをジュインディにゆずる橋渡しをします。

 こうして、スパイ捕縛ほばくはうまくいきました。デンテファーグの計画通り、ジュインディ三爵がマーケンアーク王に「スパイ捕縛の功績こうせき」を報告する下地がととのったのです。


 デンテファーグが、王と対面する機会に選んだのは閲覧式えつらんしきでした。新たな部隊のお披露目ひろめの式典です。

 ラダパスホルンに数年前に戴冠たいかんしたマーケンアーク王は、まだ三十代の若い王でした。王位につく前から、孤児こじや貴族の末っ子などの、「日陰ひかげ」で生きている若者や子どもを集めており、彼らに軍隊の訓練をほどこしていました。王になってから、独立した軍の部隊として正式な組織に格上げしました。

 口さがない者たちのなかは、身分の低い者からなる新部隊を悪く言うものもありました。「きだめの部隊」「吹きだまりのゴミ軍人」などとひどい言い方も横行しています。新しい部隊のメンバーにとっては、これまでの人生で耳に慣れていた悪口でした。

 ただし軍隊のトップに立つムベ隊長だけは、身分も高い貴族で、勇名を馳せた家の者です。彼のおかげでおおやけの場では新部隊はケチをつけられることはありませんでした。

 じっさいムベ隊長の力量はすぐれており、新部隊の統率とうそつのとれた見事な動きは彼によるところが大きかったのです。

 マーケンアーク王は、王宮のお歴々れきれきたちに、この新しい部隊のお披露目をする式典を開いたのでした。

 式典は無事に終わりました。

 王都ザスンガイナの郊外に、ウマに乗った若者たちが駆け抜ける姿が展開され、ゆきとどいた訓練の成果を見せたのです。

 式典が終わると、マーケンアーク王は商人インダサと貴族ジュインディと面会する時間を作りました。よき報告があるというので、この機会に聞くことにしたのです。

 インダサが、集めた千年前の遺物と、地球から流れ着いた品々を献上けんじょうしました。彼は王がそれらを集めるようになったと知り、金にものを言わせて集めていたのです。デンテファーグにも、彼が自分にしつこく取引を迫った理由が、これでわかりました。

 つぎはジュインディ三爵の番です。

 デンテファーグは王に対面するため、ジュインディ三爵のうしろにひかえていました。ジュインディ三爵はスパイのことを報告しています。ロリアムジアが捕らえたスパイは、訊問じんもんをうけるさいに、自分の魔法で死んでしまいました。心臓が破裂して、蘇生そせいもできなかったそうです。ジュインディとしてはベルサームに流出してしまった情報の全容を報告したかったのでしょうが、今となっては「スパイを排除はいじょした」だけの小さな実績となりました。

 領地を拡大するというジュインディ三爵の野望のためには、まったく物足りないものでしかないのでした。

 いよいよデンテファーグに手招きをし、ジュインディ三爵が王に紹介するときがやってきました。

 デンテファーグはここで、王に「王子としてデンテファーグを認める」と言わせなければなりません。正念場しょうねんばでした。王を怒らせればどんな処罰しょばつが待っているかわからないのです。

 しかし、王と話す前にジュインディ三爵が前ぶれもなく、裏切りました。王の前で声を張り上げ、デンテファーグに指をむけています。

陛下へいか、こちらが王子を名乗るふとどき者でございます!」

 ニセ王子としてデンテファーグを突き出すことにしたのです。

 デンテファーグはおどろいた表情を作り、彼を見つめます。ジュインディはスパイとニセ王子の二つの実績を積み上げるつもりです。

「このジュインディが言いくるめまして、まんまとこの者を御前おんまえに連れ出しました」

 その言葉をくやしそうな表情で聞きながら、デンテファーグは内心は計画通りであるとわかっていました。ジュインディという男は、そういう器だと思っていたのです。

 ――ここで対決して、ジュインディを舌戦ぜっせんで倒し、自分が勝利して王に認められなければならないってわけだ。

 とデンテファーグは内心で考えます。

 ――王子になるためには、しかるべき試練だな!

 彼女はゆっくりと王に向き直り、毅然きぜんとした態度で答えます。

「はい、私は王子を名乗りました。ただし、ジュインディ三爵の前でのみです。おかげでこうして、マーケンアーク王陛下の御前おんまえ糾弾きゅうだんされる機会を得ました。私が申し上げたいことは……」

 王がデンテファーグに近寄ろうとしています。

 その背後で、ジュインディ三爵がわりこんで言葉をかさねます。大商人インダサを振り返りながら、

「この者が、王子などではないことについて証言をする者が、ほかにおります。オルグズアンヴィルの商人インダサ、それからソーホ組合の冒険者たちです」

 と手で示した先に、インダサと、いつかデンテファーグにからんできて撃退された者たちの顔が並んでいました。

 王は、インダサに目を向け、こう言います。

「ほう。インダサよ、先ほどのお前が献上けんじょうした物品の数々は実に見事であった。マーケンアークは、それに相応のむくいを用意しよう。しかし、ここよりは話が別となるぞ。ジュインディの言葉をお前が保証するのか?」

 インダサは少し緊張した様子で、笑みを浮かべて深々と頭を下げました。

「はい、陛下。たしかに、私の前でこの者は自らをソイギニスのたみの家に生まれた流れ者だと名乗っておりました。けっして王のご落胤らくいんなどではないのでございます」

 ジュインディはふところから短剣を取り出しました。王のうしろにひかえた女騎士が動こうとするのを、王自身が手で制止しました。

御前おんまえにて刃傷にんじょう沙汰ざたにいたりまして、おわび申し上げます」

 小さな声で女騎士が「わびてすむ無礼と思うか」とき捨てましたがジュインディは聞こえないふりをしました。

「血のけがれをご心配するには及びませぬ。王も、そちらの女騎士もお耳に入れたことくらいはおありかもしれませんな。この短剣こそは、太古の昔にいく振りか存在したとされる『血を吸い肉を食らうソード』」

 言うが早いかジュインディがりかかりました。

 デンテファーグはまさか王の前で殺しにかかってくるとまでは想像していませんでした。おしはかるに、たくらみをデンテファーグに暴かれる前に口封じをしたいのでしょう。

 ――それなりに腕があるとみえるジュインディ。私の身体能力は子ども同然だからな、避けることも戦うこともできない。

 またたきほどの時間でデンテファーグはそう判断します。

 ――ロリアムジアも近くにはいない。だが、私にも自衛手段はある。

 決断しました。紫革紙面をあまり他人に見せたくはありませんが、命を守るためでした。上着から本を取り出します。

「すべてが書かれた本、紫革紙面よ。その名にいつわりなくば、我が身を守れ。氷刃ひょうじん雷針らいしん煙幻えんげん木鐸ぼくたく……」

 彼女の本、紫革紙面しかくしめんに封じた魔法を解き放って身を守ろうとしました。いささか多すぎる量の魔法を呼び出すつもりのようです。相手が魔法を帯びた武器を使っているためですが、王に自分の能力を見せるチャンスだとも計算しています。

 そのときでした。

 意外な、そして背筋がこおるほど恐ろしい言葉が届くのです。死のけを命じる言葉が。

 デンテファーグの襟元えりもとから声がしました。マーケンアークの声です。バイ通信の装置から聞こえてきています。王を登録した覚えはありませんが、なにかの力で割りこんでいるのでしょう。

「なにもするな、やいばを受けよ。私の王子となりたいのならば、剣につらぬかれてなお生き延びよ、子ども」

 内容は信じがたいものでした。しかし間違いなくマーケンアークの声でした。

 ――どうする、デンテファーグ!

 彼女は自問自答します。ジュインディはフェイントのきを二度放ち、本命の一突きを心臓めがけてくり出しました。


「信用させたいのなら、信用せよ」


 マーケンアークの声が決断を迫ります。

 デンテファーグは心を決めました。そして、刃から身をかわしました。

 わずかに心臓をさけて腹で刃を受けるように、体をひねって。

「見事だ、少年!」

 王の声には満足そうな響きがありました。

 突きを受けました。刃が腹を食い破り、体内に異物が入る感触がわかります。

 ――ものすごく痛い、熱い! とんでもないことさせる王様だ、これは一筋縄ひとすじなわではいかないぞ、デンテファーグ……。

 臓器や血管からあふれた血液は、短剣が吸っているようです。本物の魔剣でした。

 ――舌戦で、勝って、王子になる、予定、だったんだけどな……。このまま死ぬか、生きる……か……。

 デンテファーグは意識を失いました。


 そこからの展開は急転直下でした。王が短く女騎士に命じます。

「ボニデール・ミュー、短剣を取り上げよ」

「な、なにを……わたくしめは、王をたばかろうとするぞくを始末いたしましたというのに……」

 ボニデールが素早くジュインディに近づき、顔の前で手のひらをかざしました。ほんのわずかに魔法の光が手にまといついたとたん、ジュインディは眠りに落ちました。インダサと、ゴロツキ冒険者はあぜんとした顔で見ているしかできませんでした。近衛兵このえへいたちがインダサとならず者たちを囲むように移動しました。

「ジュインディよ、今よりお前のすべての領地と財産を没収する。この魔剣も、私がし上げた。みな、聞いたな?」

 近衛兵たちがうなずきます。インダサたちも首をこくこく高速で動かしています。

「ジュインディは眠っているが、その浅はかさ、浅知恵は、魔剣の力も見抜けないものだった。血を吸うだの肉を食らうだのが魔剣の真の能力ではない。そうだな、ボニデール」

「はい。新部隊カンパニー・シーズにすでに何本か下賜かししていただいておりますから、わかっていますよ」

 ボニデール・ミューは、王に対してもあまりかしこまった態度を取らないようです。けっして一般的なことではありません。近衛兵はみな背筋を伸ばし、一分いちぶすきもない規律を身に帯びています。それが王の前のあたりまえの態度というものでした。

「お前は使ったことがあるか?」

「いえいえ、ありません。ぜひお見せください、魔剣の力を。致命ちめいの一撃をくらってなお……心臓さえも再生する……んでしたっけ?」

「そうだ。命が消える前であれば、どのような部位も復元する」

「わ、さすがニョイノカネ金属! 千年前の地球人とエルフとドラゴンとの知恵の結晶!」

 マーケンアークは短剣に命じて、デンテファーグの傷を再生しました。刃が吸った血が肉体に戻り、刃の金属が縫い針と縫い糸となって内臓をもとに戻します。今回は肉は提供されませんでしたが、おそらく必要とあらば短剣は肉も吐き出して提供するのでしょう。糸となったぶんだけ、刃がほんの少し減ったのですが、見てわかるほど形に変化はありませんでした。

「おっと忘れていた。痛みを取り除き、意識を回復してやってくれ、ボニデール」

「はい。かしこまりました」

 デンテファーグは目を覚ましました。

「ぎゃああああ、ものすごく痛い! 痛いいたいいた……痛くないよ、あれっ?」

 ボニデールがかんたんに説明をしてくれました。

 王はインダサとゴロツキ冒険者の前に進み出ました。もう短剣はありません。腰の剣をいているのみです。

「インダサ。たしかに聞いた。この者は王子ではない。理由はソイギニスに生まれた庶民しょみんの子であるからだと。たしかに、この者は見覚えのない顔だ。ソイギニス生まれであると本人から聞いたのだな?」

「はい、たしかでございます」

 王はその答えに無言になり、わずかに顔をしかめると、鋭い目つきでインダサを見つめます。まだ三十代にして武人としての迫力を漂わせる王は、ゆったりと大股おおまたでインダサに近づきました。戦場かと思うような、力強い足取りでした。

 インダサは期待に満ちた表情で王を迎えます。が、その瞬間、王は剣をさやもろとも引き抜くと、インダサの肩を打ちえました。

「ぎゃああ!」

 鞘で一度、二度と、打擲ちょうちゃくされてインダサは悲鳴をあげ続けます。痛みでゆがんだ驚愕きょうがくの表情で王を見上げます。

「な、なにを、陛下、なにをなさいます!」

 王は冷ややかな視線を向け、

「嘘を申したな、インダサ。この者はソイギニス人とは名乗っておらぬはずだ。デンテファーグは地球から来た者なのだからな。もしソイギニス生まれと言ったならばお前が信用されておらぬのだ。そのような者がなんの保証をできよう!」

 その言葉は真実を言い当てていました。インダサは地球から来たことを知っていて、デンテファーグの持つ品をほしがったのです。ソイギニス生まれとしていたのは外向きに必要なソーホ組合の登録簿でした。

 見つめるデンテファーグは王の動きと言葉にいっそうの注意を払います。

 ――地球から来たことまでご存知とは。が、今は口出しすべきではないようだ。

 ボニデールはデンテファーグの治療を終えており、今はインダサに向けて通告するのです。

「私は新部隊カンパニー・シーズが一人、ボニデール・ミューと申します。インダサ様、王の剣が鞘に収まっていて幸運でした。その剣は建国王ラダパスホルンがドラゴンを殺した至高の一振ひとふり。先だってマーケンアーク王が亜竜ワイバーンをほふった剣でもあります。もしあなたがその刃にかかったら……」

「あ、あわわわわわわ……おたすけ、おたすけくださいませええええ」

 インダサもゴロツキどもも、ひざまずいて、平伏へいふくしています。インダサの両腕がだらりとしているのは、骨を砕かれてしまったからでしょう。顔面を涙でぐしゃぐしゃにしています。痛みと、それ以上の恐怖をりつけた顔です。

 ダアン、と音を響かせて王が鞘の先を地面に叩きつけると、恐ろしさのあまり男たちは膝まずいた姿勢をさらに低くしてほとんど腹ばいになりました。

 王はインダサと眠ったままのジュインディ三爵とを見下ろします。

「ジュインディ、インダサよ、下がるがいい。追って処分を沙汰さたする。マーケンアークをたばかり、王子となるべき者を亡き者にせんとした罪は軽んじられるものではないぞ」

 威厳いげんの中に、ほんものの怒りを込めた言葉でした。そのことが、その場のすべての者に理解できました。

 インダサは顔色を失い、反論する間もなくジュインディ三爵やゴロツキともども、衛兵えいへいに連れられて退場しました。こうして王のそばには、近衛兵とボニデール、そしてデンテファーグだけが残されたのです。

 王は、ふたたびデンテファーグに目を向け、じっと見つめました。

 マーケンアーク王の表情がすっかり変わっています。やわらかい顔。若々しい希望に満ちた顔に見えます。少年に返った、とでもいうような。

 あれほど恐ろしい決断をせまったときの顔ではありません。しかし間違いなく今デンテファーグの前にいるのはルフォール・マーケンアークその人です。

 ――なぜ、王は私のことをご存知なのだろう。そして、なぜそのような温かい目を向けているのだろう。

 デンテファーグ自身が、いちばんとまどっていました。

 彼女の困惑も気にせず、王は目に喜びをたたえ、デンテファーグにゆっくりと歩み寄ります。そして、デンテファーグの頭をそうっと抱き寄せました。壊れ物でも扱うように、ゆっくりと。そして大きな手でもしゃもしゃの髪の毛ごしに頭をで始めました。

「なにも言わずともよい、デンテファーグ」

 と王は低い声で語りかけます。やさしさがあふれた声です。

「お前は私のところに来てくれたのだな。ずっと待っていたんだ……」

 表情ばかりか、声も、顔つきも、なぜかとても若いように見えました。素直な心がそう見せているのでしょうか。

 デンテファーグはおどろきと困惑からまったく解放されませんでした。

 ――なぜこんな表情をするんだ? そしてなぜ名前を知っているのだろう? ジュインディは今の態度を見るに、事前に王に話していたわけではないようだったが……。

 しかし、今はすべてが計画通りに進んでいることを幸運と思うほかありません。王の抱擁ほうようの中で彼女は考えています。

 ――調べてあった? たかが一人のよそ者のことを?

 ――それとも魔法の予知、予言か? 王に近づくものを感知する魔法……そのほうが説明がつく。

 デンテファーグはそんなふうに考えましたが、今はたしかめようもありません。

 やがて王は彼女の目をのぞきこみました。いつくしみをこめて言いました。王子として認める、と。

「今日から王子を名乗るがいい。我が子として、デンテファーグよ、我が国の中枢ちゅうすうに加わるのだ」

 言い終わると、その顔はすっかりもとのいかめしい王のものに戻っていたのでした。

 この展開は『すべてが書かれた本』にもありませんでした。

 ――予定では、自分のしたで王を説得するはずだった。

 ――あらかじめ考えた説得の材料は、古代兵器の秘密。

 ――このデンテファーグだけが古代の超兵器を復活させる「物体」を持っているという事実。

 ――ニセ王子の弁明にかこつけて、このことを材料に、信じさせるはずだったのに。たしかに命を失う可能性もあった。でもこんな形になるとは……。

 王は、『すべてが書かれた本』を先回りして、彼女を「王子」として認めました。名前もあらかじめ知っていました。

 ――王は知っていた。そして、私に試練を与えたんだ。命がけで運命を切り開く覚悟かくごがあるかどうかを。

 ――私のような子どもに思い通りに動かされたりしない。王が、他人を動かし選ぶ存在なのだ、と思い知らせたのだ。

 デンテファーグの体がぶるっと震えました。ボニデールが「大丈夫ですか?」と声をかけてきましたが、傷の痛みではないと伝えました。

 予知や予言の魔法を使ったのだと考えるほかありません。しかしマーケンアーク王は、裏付けの調査は、したのでしょうか。デンテファーグやロリアムジアに感づかれることもなく調べたというのでしょうか。

 今はわかりません。

 計画が大幅に短縮できた、それだけがわかっています。変更はありません。王のふるまいについては、いつか知るときが来るでしょう。なんといっても「王子」になったです。王の子なのですから。


 遠くから式典と、そのあとのデンテファーグの不思議な顛末てんまつを見ていたロバーリアスたちが話しています。

「なんだかわからないが、いけ好かないインダサが王にぶんなぐられて、すっきりしたよな」

「まったく、そうですよ」

「あーすっきりした」

「王家の魔剣、抜いてほしかったなー」

「おいおい、人間に使っていい代物しろものじゃねえだろ、ドラゴン殺しの剣はよ」

 そんなもので叩かれたのです。インダサのきもも氷点下まで冷えたことでしょう。しばらくは悪巧わるだくみも考えられないにちがいありません。

「なんか、王子になるとかって話みたいだぜ、俺たちの雇い主」

「“伝説の歌姫”みたいに王妃おうひになるのならともかく、王子?」

「王子って、言ってましたねえ」

「王女でもなくて? なんで王子なの?」

「軍隊、かな。王子の身分なら軍隊を指揮したり、軍事にくちばしをつっこめるだろ」

「ぶっそうねえ」

「そうだ。聴覚強化魔法で聞いてるけど、これってばつを受けたりしないよね? あの剣でやられたらロバーリアスなんて一撃で消し飛ぶわよ、たぶん」

「それほんとにそうだから。そろそろ退散しようぜ」

 ロバーリアスたちは去りました。ロリアムジア以上に怒らせてはならない王様の存在を知り、これからも真面目に仕事をすることを心に誓いながら。


「傷は大事ないな?」

 王はデンテファーグの肩に置いた手を動かし、衣服の破れ目にそえました。それで王は気づきました。傷がすっかり治癒ちゆしたことに、ではなく。

「……デンテファーグ、お前は、女だったのか。長年、気づかなかったぞ……今、肉に触れてわかった……そうか……」

 王はすぐに手を引いたので、デンテファーグはなにも不快な思いをすることはありませんでした。ただ疑問は少し残りました。

 ――何年も前から私がこうして姿を見せることを知っていたような口ぶり。王もやはり「すべてが書かれた本」に匹敵するなにかを持っているか、強力な予言者を知っているようだ。

 そして今の一幕ひとまくをふり返り、思うのです。

 ――ドラゴン殺しの魔剣が伝わる大陸一の大国の王ともあれば、それくらいは不思議じゃないのかもしれないな。

 王にこんなふうに聞いてみます。

「今、おっしゃったように、私は女です。王子になることは、できませんか?」

 マーケンアークは笑いました。

「いやむしろおもしろいぞ。王子はラダパスホルンに二十人以上もいるが、いずれもわが子ではない。そんな変わったのが加わるのはおもしろい。デンテファーグ、王子となれ。王宮内には養子として、王位継承権を持たない王子を得たと通告することにする」

 そこで言葉を区切り、デンテファーグにしか聞こえない声でいうのでした。

「どうか、私に古代超兵器を復活させる秘密を、授けてくれ、デンテファーグ」

「そこまでご存知なのですね。お役に立ちましょう。かならず」

 ――その役割を「すべてが書かれた本」に命じられて、この世界に渡ってきたのだから。

 こうして、デンテファーグはラダパスホルンの王子となりました。

 若く力強い王に、つぎつぎに新しい施策しさくを進言しては実現させていく日々を過ごすことになります。「マーケンアーク王の懐刀ふところがたな」と呼ばれるようになっていくのです。

 ラダパスホルンはこのとき、千年前の遺跡から兵器を復活させるという大きな課題に直面していました。最高機密です。機械は見つけたものの、動かせないまま、調査も止まり、行き詰まっていたのです。

 この機械をあっさりと起動させることも、デンテファーグ王子がやってのけました。多くの研究者を集めても死んだままだった機械の兵士が、息を吹き返したのです。ラダパスホルンは世界で誰も対抗できないほどの力を保持することになりました。

 敵国ベルサームとて、これと戦えばひとたまりもないでしょう。

 世界を支配することも、滅ぼすことも可能かもしれません。

 天才王子デンテファーグが現れたことにより、世界はラダパスホルンをうずの中心として、大きく回転し、変わっていくことになります。

 他国でもつぎつぎに千年前の遺跡が発掘、研究され、ベルサームも対抗手段を探して手を尽くしはじめます。

 デンテファーグがラダパスホルンにとどまった二年間の、始まりはこのようだったのです。


 ある日、新兵器メルヴァトールの、最初の飛行試験が行われました。

 最初の一機体ウィルミーダが、白銀の姿で城から天をめがけて上昇していきます。一条の光のように、時代を射る矢のように、それは飛びました。

 ロリアムジアは、その飛行試験を、見やっていました。ほとんどの国民が空など見ておらず、目の前で歴史書の新しいページが記述されはじめたことに気づくこともありません。

「あれが、千年前のドラゴンとエルフとヒトとの創り上げた兵器――復活したか、メルヴァトール」

 ――私の友が、目覚めさせた恐るべき力。

 ロリアムジアの瞳が青空を奥深くに映しています。れて光るその表面に光が一筋、伸びていきました。


 数日後、首都ザスンガイナの街でデンテファーグとロリアムジアは食事をともにしていました。王子になってからは会う機会がだいぶ減りましたから、久しぶりの会食です。ロリアムジアは聞いてきました。

「ところで、チュリタームという偽名ぎめいはなにが由来?」

 ほんとうは復活の新兵器について聞きたいところですが、デンテファーグが言うはずもありません。

「ああ。地球のお菓子の名前だ。デンテファーグという名前も、お菓子の名前をもじってつけたんだよ。私はもとの名前を忘れているからね」

 ――自分の名前は忘れた。けれど大好物の菓子は覚えている、か。

 ロリアムジアには、この変わった少女のすべてがおもしろく思えています。

「私ロリアムジアも、キミに偽名を考えてもらいたい。おそろいのやつ」

 そんなふうに頼んでみました。お遊びの気分で言ってみたのでした。

「チュリタームをゆずるよ」

「もらった。でも新しいのがほしい」

「いいけど。そうだな、ロリアムジアに似た名前のお菓子に『シュガー・ロリータ』というのがある。シュガーは甘い砂糖のことなのだけれど」

 デンテファーグは、お菓子の名前をまだまだたくさん記憶しているようです。

 ――菓子の名前はすらすら思い出せている。異世界渡りの悪影響がうすれてきている……といいのだけど。

 ロリアムジアはそう考えます。

 ――デンテファーグ。ほんとうの名前を思い出したら、親友の私には教えてくれるだろうな。教えてくれなかったら本気で怒るぞ。

 心の中でだけ、素直にわがままを言うのです。

「シュガー・ロリータ。うん。いい名前。使ってもいいか?」

「お気にめしたなら、どうぞ」

 あっさり許可されました。「言葉」にはお金を支払わない。それがロリアムジアの信条です。だから、このたいせつなプレゼントのお返しに、いつでも特別な依頼をひとつ、喜んで引き受けようと決意しました。

「うん。私はシュガー。甘い甘いシュガー」

 口にしてみると、意外に違和感がありません。砂糖というのは人名になじむものなのでしょうか。

「ロリアムジア、君の名前はもとより素敵だけれどさ、ちょっと雰囲気もやわらかくなるね、新しい偽名は」

「変装、変身が必要なときが来たら、やわらかい雰囲気のシュガー・ロリータになることにする」

「あ、また笑った?」

 名前をもらってうれしいロリアムジアでしたが、そして喜んでいることはデンテファーグにはすっかりばれていますが、あくまでロリアムジアは

「笑ってない」

 と、言うのでした。口元がゆるんでいる気もしますが、デンテファーグ相手ならあまり問題ないと思っています。

「わかってた。まあ、これからも長い付き合いになるかもね。どうかよろしく頼むよ、ロリアムジア」

 差し出した手を、ロリアムジアはしっかりと握りました。

「よろしく、デンテファーグ」


 少女は王子となり、今や自分の国となったラダパスホルンの石畳の上を歩きます。自分の新たな住処すみかである王城へ帰るのです。

 そのとなりには背丈も体格も、少女によく似た一人の冒険者が並んで歩いています。城まで送ってくれるのだそうです。

 後ろ姿からはうかがえませんが、きっとその顔は――

 木漏こもれ日のれる街路がいろに、二人のくつ音が遠ざかってゆきます。石畳はかろやかに靴の音をひびかせます。


(終わり)




※作者より

 お読みいただき、ほんとうにありがとうございます。心よりお礼をもうしあげます。物語はここで終わりです。

 けれども、この世界でのデンテファーグやロリアムジアの人生は、まだ未来へと続いています。

 以下の作品が、このあとに起こる話となります。つづきものというわけではなく、別の作品となっています。


●完結 回想かいそう・ベルサーム 巨大ロボット侵攻しんこうの日

https://kakuyomu.jp/works/16818093086540669105

●毎日更新中 異世界ポンコツロボ ドンキー・タンディリー(1)

https://kakuyomu.jp/works/16818093086709002499


 また作者の近況ノートで2024年9月末から、デンテファーグやロリアムジアを含めた登場人物の裏話や、生成AIを利用したイメージイラストもご紹介しています。

 コメントも大歓迎だいかんげいです。いつでも。これが書かれたずっと未来においても。

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すべてが書かれた本『紫革紙面』をたずさえた少女が、「王子」になることを目指して石畳の街を歩く 紅戸ベニ @cogitatio

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