第3話 兄妹

食堂の片付けが終わり、ユウヤとケントは厨房でゴーザの手伝いをしていた。ユウヤの目から見えるゴーザの手際はとてもよく、次々と作られていく料理も見慣れぬ異国の料理ながらとても美味しそうだ。ゴーザの腕前はユウヤが目にしたことがある故郷の国の料理人と遜色ないレベルだった。そんな料理たちを横目にケントは人数分の食器やトング等を食堂の机に並べていく。ユウヤは何をしたらよいのか分からずゴーザが料理を作るさまを隣で見ていた。


「おい、ユウヤ。料理を机まで運んでくれるか。」

「分かった。」


ゴーザに料理の運搬を任されたユウヤはケントが準備を整えてる机へ料理を運ぶ。

そんなユウヤの姿を見ながらケントが微笑みながら言った。


「料理運ぶの上手いね。初めての子は2つ同時に運ぶ時大体手が震えて危なっかしいけど。ユウヤは大丈夫そうだ。これなら夜の仕事もかなり出来そうだね。」

「馬鹿にするな。体幹は鍛えてけん、これくらいなんともない。というか夜まで手伝うのか?結構お前の手伝いをしたつもりだったが...」

「ん?僕と君の約束は『ご飯食べた後に僕の仕事手伝って』でしょ?まだお昼ご飯食べてないから今までの仕事は契約外だよ。」

「なっ、お前憚ったなっ」

「ごめんよ。でも夜まで手伝ってくれたら夜ご飯は奢ってあげるからさ。」


ケントは笑いながら自分を嵌めたことを謝ってきた。コイツ、反省してないな。ユウヤはそう感じたが確かに契約では昼食後の手伝いがユウヤに与えられた仕事だった。騙されたのは気に食わないがそれで契約を反故にするのは違う。気に食わない気持ちはあるが恩を返さなければという気持ちがユウヤの中では勝っていた。しかし次があれば騙されないようにしなければならないと思う。ちゃんと契約内容を確認しなければいけない。それを知ることが出来たし、まあ授業料だと思って受け入れようとユウヤは思った。


「もう騙されないからな。夕食も奢るのだぞ。絶対だからな!」

「それは約束するよ。絶対だ。」


そうこう話しているとゴーザが宿に入って来た時のように扉の鈴が響き渡った。

扉に目を向けると1人の女性と1人の少女が入ってくるのがわかった。2人とも手に荷物を抱えている。ケントが女性の方-ザラに話しかけた。


「おかえりなさい。結構買ってきましたね。

荷物貰いますよ。」

「助かるよケント。市場で野菜が安かったもんだから沢山買っちゃってねえ。おや、そっちの子は誰だい?」

「こっちはユウヤ。仕事を手伝って貰ってたんです。詳しい話は昼食の時に話しますよ。ユウヤ、ミナの荷物をもってあげてくれるかい?」

「分かった。」


ユウヤは目の前の少女から荷物を受け取ろうとするが少女はユウヤを見つめながら動かなかった。荷物を渡そうとしてくれない。しかしケントの妹から無理やり荷物を奪うわけにもいかずユウヤはどうしていいか分からない。数秒見つめあった後、ユウヤはケントに助けを求めようとした。しかし、この状況を変えてくれたのはザラだった。


「あんたが綺麗な顔立ちしてるから見とれちまったのさ」

「そうなのか?」

「ち、違います。黒髪が珍しいなと思っただけです。」

「そうかね。なら早く荷物を渡してやんな。困っちまってるだろう?」

「は、はい」


ミナは少し顔を赤らめながらユウヤに持っている荷物を渡した。


「よろしくお願いします。私はミナです。

ここで働いていて、掃除とか得意です。」

「ユウヤ...よろしく」

「はいっ!よろしくお願いします」

「ミナ、体は大丈夫だったかい?結構歩いたみたいだけど」

「大丈夫だったよ、兄さん。ザラさんが重たい荷物は持ってくれたし、今日は調子が良かったから。」

「それならいいんだ。無理しないようにね。じゃあ、ユウヤ荷物を厨房まで運ぼうか。」


そう言って厨房に向かうケントの後ろをユウヤは追いかけた。厨房に入り荷物を置くとケントが話しかけてくる。


「さっきの話の通りミナは体が弱くてね。それに僕のたった1人の家族だからとても大事なんだ。ユウヤ、ミナを泣かせないでね?」

「お、おう。気をつける。」

「そうしてくれると助かるよ。」


戦士ではなかったはずのケントから出る謎の圧力にユウヤは肯定することしか出来なかった。どこからこの力は来たのだろうか。

そう思いケントの笑顔を見ているとゴーザが2人に話しかけてきた。


「最後の料理も出来上がったから飯にしよう。今日はパスタだぞ。」


そう言って厨房からザラとミナが座る机にゴーザ向かっていく。その後ろをユウヤはケントと共について行った。それにしてもパスタとはなんだろうか?自分の国では聞いたことがない。そんな異国の食事に思いを馳せながらユウヤは椅子に座る。その横にケントが座り皆が席についた。全員が席についたことで食事が始まる。ユウヤはまず目の前にあるチキンを手に取りかぶりついた。久しぶりに口にするチキンは肉厚で肉汁が溢れ、濃い味付けがなされていて形容しがたいほど美味だった。ユウヤはすぐ自分の皿のチキンを平らげてしまった。チキンだけじゃ空腹は癒えない。ユウヤは次に自分にケントが分けてくれたうどんより細い麺で作られた茶色いソースがかかっているゴーザがパスタと言っていた料理を食べようと思った。さすがにこれはチキンと違って素手で食べるわけにもいかないがパスタの皿の横に置いてある三又の食器の使い方が分からなかった。どうやって使うのだろうか?故郷の国では見たこともない形だった。刺して使うように見えるがパスタをこれで刺したところで数本の麺しか口に運べないだろう。使い方を悩んでたところにケントが話しかけてきた。


「それはフォーク。パスタを食べる時はこうやってパスタを巻いて食べるんだ。」


そう言ってケントはパスタをフォークで巻いて食べ方を教えてくれた。ユウヤは使い方を覚えたフォークでケントのように巻いて食べようとするが上手くいかなかった。何回もチャレンジするがどうしても口に運ぶ前にパスタがこぼれてしまう。こんなにいい匂いを漂わせているのに口にすることができないなんて拷問受けている気分だった。

そんなパスタに苦戦しているユウヤの姿を見てゴーザとザラが声をかける。


「ユウヤ、こうやってパスタをフォークで掬って食う食い方もあるぞ。」

「初めてフォークを使う子にはその食べ方は難しいからねえ。旦那の食べ方にしたらどうだい。ちっとばかし庶民臭いけどさ。」


2人からそう声をかけられて初めてユウヤは顔を上げた。そこでユウヤは初めて皆がユウヤに注目している事に気づいた。ユウヤの顔がほのかに赤くなる。皆ができているのだ。自分だけができないこの状況はユウヤにとって恥ずべきことだった。このままできないままにしたくない。ユウヤの強情さが出てしまい、何とかパスタを巻いて食べようとする。しかしやはり上手くいかない。そんな姿を見て次はミナがユウヤに声をかけた。


「こうやってスプーンを使うと食べやすいですよ。フォークで巻いてスプーンの上にのせるんです。」


そう言ってスプーンを使う食べ方をミナはユウヤに見せてくれた。その姿を見たユウヤはミナの見よう見まねでスプーンを使ってみる。そうすると先程までの苦戦が嘘のように口元までパスタを運ぶことができた。


「美味い。」

「そうだろ、うち自慢の俺が開発したミートソースを使ったパスタだ。これを食べるためにうちに泊まる奴がいるほどな。ユウヤの口に合って良かったぜ。」


あまりの美味さに口からこぼれてしまった一言をゴーザが拾い、嬉しそうにパスタについて語る。それにしても美味い。初めて食べる味だがとても気に入った。このミートソースとゴーザが呼んでいたソースが良い。肉の旨みと調味料がマッチして食欲が止まらない。ユウヤはまた1口、また1口と次々にパスタを口に運んでいった。手が止まらない。そんな様子のユウヤにケントが話しかける。


「ユウヤ、美味しいのはわかるけど、食べ方を教えてくれたミナにお礼を言った方がいいんじゃないかな?」


ケントの言う通りだった。ミナがスプーンを使った食べ方を教えてくれなかったら今もパスタと格闘していただろう。もしかしたら今日パスタを口にしなかったかもしれない。そう思うとミナに礼を言った方がいいかもしれない。ユウヤはそう思いミナに目線を合わせ礼を言った。


「パスタの食べ方...ありがとう。」

「どういたしまして。役に立てて良かったです。」


そう言って微笑むミナの顔は初めて会った時のケントの笑みとよく似ていて、ユウヤはこの2人が兄妹ということを実感した。


皆の食事が一通り終わったあと、ケントがユウヤに話しかけた。


「ねえユウヤ、夜ご飯は僕が奢ってあげるからいいとしてこれからの食事どうするの?寝るとこも決まって無さそうだし。その服装的に孤児ってわけでもないんでしょ?」


ユウヤの着物姿を見てケントがゆうやの今後について尋ねてきた。


「この街から出る。森に入れば魔獣倒せば食料は何とかなる。それに今日空腹だったのは街の通行税があって文無しになったからやけん。宿代も無ば森の方が良い。」

「そういや、なんのためにこの街に来たんだ?」

「旅の途中で近く通ったときこの街が街が大きかったけん、ちょっと見物しようと思ってきた。」

「それで文無しか。はっはっは」

「笑い事じゃないでしょ。このバカ。まだこんなに小さいのに。」

「痛え」


ゴーザがユウヤの話を聞いて笑うとザラがゴーザの頭を引っぱたいてユウヤの心配をした。ザラが言った通りユウヤの年齢はどう見ても1桁後半にしか見えない。大人としては森に出すのは心配だった。


「うちに泊まって行きなさい。ユウヤ。宿代はいらないからさ。」

「施しは受けん。そんな情けないことできん。」

「今晩だけでも泊まっておいき。夜から森に出るなんて門にいる衛兵も許しちゃくれないよ。」

「いいっ。それなら道端か路地で寝るけん。」

「それこそダメさね。子供なんだから言うこと聞きな。」

「嫌じゃ。」

「聞き分けのない子だねっ」

「まあまあ、2人とも落ち着いてよ。」


ユウヤとザラが互いに譲らず睨み合っているとケントが間に入ってきた。


「ユウヤは人に借りは作りたくないんだよね?」

「そうじゃ」

「ザラさんは心配だからユウヤをうちに泊まらせたい。」

「そうよ。」

「ならユウヤがウチで働けばいいんだよ。」

「「え?」」


予想外のケントの一言に皆が目を見開いた。

そんな中最初にケントの提案に反応したのはゴーザだった。


「確かにそうすればいいじゃねえか。うちも最近人手が足りなくなってきたしバイトでも雇おうかって話してたじゃねえか、なあザラ。」

「確かにそれならいいさね。うちとしても助かるよ。ミナはどうだい?」

「私はとてもいいと思います!人手が増えてくれるのは助かります。」

「じゃあみんな賛成だしユウヤも借りは作らないから解決だね。良かったねユウヤ、ゴーザさんとザラさんが雇ってくれるって言って。」

「待て待て。俺は納得できん。俺は修行の旅の続きやし、別にこの街に留まる気もなか。」


宿の皆は納得した様子だったがユウヤは納得できなかった。言った様に修行中の身なのだ。強くなるために国を出た。こんなところで足踏みしている暇は無い。そう考えるとこの提案には乗れなかった。


「ユウヤは旅するためにこの国に来たんだよね?お金持ってないとこれから先の街に入ることも出来ないよ?」

「それもそうじゃが、俺は強くなるために異国まで来た。こんなとこで立ち止まれん。」

「じゃあ強くなることが目的なんだ?」

「そうじゃ。そのために旅を続けちょる。」

「だったら旅をしなくてもいいんじゃないかな?」

「どういう意味や?」

「この国には毎年、王都で武道大会があるんだ。その大会にはこの国や近隣の国から強い奴が集まる。」


ケントとユウヤが話していると横からゴーザが武道大会のことを教えてくれた。


「ゴーザさんの言う通り今年の冬、あと9ヶ後に武道大会が開催されるんだ。ユウヤはそれに出ればいいと思うよ。それまでこの街で宿屋の仕事して過ごせばいい。」

「別にあと9ヶ月間森の中でも俺は良か。」

「じゃあ王都に入るための通行税はどうするの?王都での宿代は?大会出るのだってお金がかかるんだよ。」

「それは...」

「ね?この宿で働いてお金を貯めた方がいいでしょ。一緒に働こうよ。」


ケントが理論攻めでユウヤがこの宿屋で働いた方がいいことを説明してくるがユウヤにはどうしても断りたい理由があった。どんなにこの話がユウヤにメリットがあってもだ。

ユウヤはケントの方を向いて口を開いた。


「俺は無愛想やし、刀しか握ってこんかったけん、給金貰えるような仕事ができるかわからん。自分を雇ってくれるちゅう仕事場に迷惑かけたくない。」


ユウヤが決心して自分の恥を話すと他の4人は顔を見合わせて笑った。


「笑い事じゃなかっ」

「ごめんごめん、そんなことで悩んでるとは知らなくてさ。」

「そんなこと気にすんな。誰だって初めて仕事する時は失敗だってするし迷惑かけるもんだ。仕事は徐々に覚えて行けばいい。」

「そうさね。真剣に仕事してくれるんだったら怒りゃしないよ。」

「私も失敗することだってありますし、ユウヤ君がお仕事覚えられるように私が教えます!」

「僕だって初めてこの宿で雇ってもらった時は失敗ばかりだったよ。それでもなんとかやってきたんだ。ユウヤだってできるようになるよ。どう?一緒に働かない?」


そう言ってケントはユウヤに手を差し出してきた。皆、ユウヤを暖かく迎えようとしてくれている。ユウヤはそのことを感じ取った。その優しさに胸が熱くなる。この人達と過ごしてみたい。そうすれば何か、強くなるための何かが得られる気がする。そう直感的に思った。そうした思いからユウヤは決心する。


「じゃあ...よろしく。」


そう言いケントの手を取ったユウヤにケントが笑顔で答えた。


「これからよろしくねユウヤ。」


こうしてユウヤはケント達と働くことになったのだった。

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刀に映るその先で 湊川 琥珀 @ryugo0621

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