第2話 初めての仕事
ケントと入った宿屋は閑散としていた。宿屋と言う割には客と思わしき人もおらず食堂として使っているのだろう玄関の横にあるスペースにある多くの机の上には椅子が逆さに並べてある。ほんとに繁盛しているのだろうか?初めて見る光景に少し心配になった。
「この宿屋は大丈夫なんか?人一人っ子もおらんで閑古鳥が鳴いとるようじゃが」
「今はお客さんチェックアウト全部終わって掃除している最中なんだ。心配しなくて大丈夫だよ。夕方になればお客さんは沢山来るしそこの食堂だって賑わうからさ。ここはこの街で1位2位を争うほどの宿屋だからね」
ユウヤの心配を笑いながらケントはこの宿屋の事を教えてくれた。自分は知らなかったが宿屋とは昼過ぎのこの時間帯は人がいないものらしい。それはそうか、少し考えればユウヤにも理由がわかる。泊まるための場所にこの時間、人が多くいるわけないのだ。このことに言われるまで気づかなかったのはユウヤにとって少し恥ずかしい事だった。これからは場所と時を考えて発言をしようと心に誓う。
そんなユウヤの思いも知らずケントは食堂の片隅にあったモップを持ってきてユウヤにそれを渡した。
「これで食堂の床を掃除してくれるかい?
そこのバケツに入ってる水にモップの先をつけて床を擦るんだ。僕は他の仕事があるからここを任せたい。」
「やったことは無いが、大丈夫やけん。俺に任せとけばええ。それで、お前は何をするんや。 」
「僕は客室のベットのショーツを変えなきゃ行けないからさ。ここを任せられるだけで助かるよ。昨日は宿泊客が多くて満室だったからショーツ変えが大変でね。それと、お前じゃなくてケントって呼んで欲しいんだけど...」
ケントが苦笑しながら呼び方について話してきたがユウヤはなんと答えていいのか分からなかった。今まで自分に呼び方を要求して来る人間はいなかったからだ。ユウヤが知ってる者はみな、ユウヤが名を忘れてなんと呼んでもこうした反応はしなかった。初めての状況に戸惑っていることをケントに気づかれぬようにぶっきらぼうに言葉を返す。
「気が向いたらお前の名前ば呼んじゃる」
「そうしてくれると助かるよ」
そう笑ってケントはフロント横の階段に向かった。あそこが客室に繋がっているのだろう。階段を上る後ろ姿とこんなユウヤの愛想のない言葉にも嫌な顔をせず言葉を返すケントの顔を思い出しユウヤは少しケントに興味が湧いていた。
ケントがフロントの横にある階段を上る途中で振り返ってユウヤに話しかける。
「じゃあ僕は上の階行くからここは頼むよ。あと多分お客さんはこの時間来ないと思うけど来たらちゃんと丁寧に対応するんだよ。お客さんには気持ちよくうちを使って欲しいからね」
「丁寧な対応ってどうすればいいんや?何をすればいいのか分からん」
「敬語でお出迎えして僕を呼んでくれると助かるな。できるかい?」
「敬語なぞ使ったことがない。それに認めた相手じゃない者に敬意を払えん」
「ふーん。こんな頼みも聞けないなんて君が感じた恩ってそんなに小さいものだったんだ。残念だなあ。」
「うぬぬ....分かった。敬語を使う。恩にはちゃんと報いるのが武士やけん。」
「そっかそれは良かったよ。じゃあお客さんが来たら『いらっしゃいませ。ただいま受付のものを呼んできます。』って行って僕のとこに来てね。」
そう言ってケントは2階に上がって行った。あんな風に恩を持ち出されてはユウヤはいやとは言えず指示に従うしかない。ケントが教えてくれた言葉を復唱するだけだ。プライドは捨てろ。恩に仇で返すような奴にはなりたくない。そんな思いでプライドを抑え込む。大丈夫だ。自分ならできる。そう考えながらモップで床を掃除していると玄関の扉に着いている鈴が1階に響き渡った。扉が開かれたのだ。客が来てしまった。焦りながらユウヤはケントが言った言葉を思い出しながら扉を入ってきた人物に喋りかけた。
「いらっしゃいませ。ただいま受付のものを呼んできます。」
そう早口で告げるとケントが上がって行った階段にそそくさと向かい階段を駆け上がった。後ろで何か入ってきた男が言おうとしていたがこれ以上喋るとボロ出そうなので無視してケントを探す。ケントは2階の3番目の部屋の中にいた。
「客がきたぞ。ちゃんと言われた通りにしたけん。早く客の相手をしてくれ。」
「そんなに急いで来なくても良かったんだけど...分かったよ。僕が対応するから。でもお客さんの対応を覚えて欲しいから一緒に着いてきて。」
そう言ってケントが1階に降りて行く。ユウヤはその後をついて行くように一緒に階段をおりた。
「いらっしゃいませ。何泊のご宿泊でしょうか?ってゴーザさんじゃないですか。早かったですね。もう少し時間がかかると思ってました。」
「おう、ケント。留守番ご苦労さん。包丁探しが1件目で終わったからよ。鍛冶屋でちょっくらメンテしてもらってから帰ってきたんだ。それでそっちのガキは誰なんだ?知らない顔だが」
「紹介します。ユウヤです。パンをあげたお礼で店の仕事を手伝って貰ってるんです。ユウヤ、こちらはゴーザさん。この宿の店主だよ。挨拶して。」
「ユウヤだ。よろしく」
「ハッハッハ、愛想のねえガキだな。よろしくなユウヤ。手伝ってくれてありがとな。」
「恩を返すために手伝っただけだ。礼はいらない」
「そうか。でもどんな理由があるにしろ手伝ってくれたことには変わりねえよ。素直に感謝は受け取っとけ」
そう言ってゴーザはバンバンとユウヤの肩を叩いた。痛い。この男意外と力が強い。よく見ると筋肉も凄くついている。戦士なのだろうか?
「ユウヤ、ゴーザさんは冒険者だったんだ。
だから鍛えられてるんだよ。」
「まあ、冒険者だったのはもう10年も前だけどな。今は宿屋の店主兼料理長だ。」
そう言ってゴーヤは豪快に笑った。
「冒険者ってなんだ?聞いたこともないが...」
「冒険者っていうのはダンジョンに潜ったり魔物を討伐したりする人達のことだよ。この街くらいの大きさ以上の街ならギルドっていう冒険者達が依頼を受けたりできる場所があるんだ。気になるなら今度案内するよ。」
「別に興味無い。」
「連れねえガキだな。まあ、その話は置いといて飯の支度をしようぜ。そろそろザラとミナが帰ってくる。お前も食ってけ、ユウヤ。俺の飯は美味いぞ。」
「それはいいですね。ゴーザさんが食事作ってる間に食堂の片付け済ましちゃいますね」
「おうたのんだぞ。」
そう言ってゴーザが食堂の奥の厨房に向かって行った。ゴーザが去った後の食堂でユウヤは気になった事をケントに問いかける。
「ザラとミナって誰だ?」
「ザラさんはゴーザさんの奥さんでこの店をゴーザさんと一緒に切り盛りをしているんだ。ミナは僕の妹で兄妹でこの店に雇って貰ってるんだ。」
「お前、妹いたのか。」
「そうだよ。すごく可愛いんだ。」
「そうなのか。」
「もうちょっと興味持ってよ。まあ、とにかくもう少しで2人が帰ってきそうだから片付け頑張ろうか。」
「分かった。」
ケントは慣れた手つきで椅子を下ろし机を拭き、ユウヤはケントの見よう見まねでそれを手伝った。厨房からいい匂いが食堂に来る頃には2人の仕事は終わりを迎えようとしていた。
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