告白
平日の午後のシフトは暇だ。
高校生のわたしがなんでこの時間にシフトに入っているのかは、ええと――なんでだ?
「
「店長。大丈夫ですよ、ここの仕事、好きなので」
ああ、そうか。
創立記念日か。
「それじゃ、私ちょっと休憩入るけど、何かあったら呼んでもらっていいからね」
「ありがとうございます。行ってらっしゃい」
で、これはなんのバイトだ?
「――ああ、そうか」
わたしは悟った。
中学2年生の時に訪れた、S区の楽器店。道に迷った果てにたどり着いたその場所が、和沙はとても気に入った。高校生になったらここでバイトをしようと固く決意したのをはっきりと覚えている。
異界に迷い込んだのは、それからいくばくもない未来のこと。
「魂だけが抜き取られて、身体はその人として生きていく――度し難いな」
いっそ夢だといってくれた方がまだ信用できる。
けれど、この身体がついさっきまで立っていたあの場所は、相対した敵の強大さは、大好きな人の熱は、現実の世界ではなかったかもしれないけれど、現実だ。
「……戻って、来たんだ、わたし」
その感慨と同時に、和沙は取り戻した記憶の数々に、ようやく気が付く。
「……はは。わたし、異界で探索してる時にあの楽器店見つけたんじゃなかったんだ。ドラムがうまかったのも才能じゃなくてバンドやってるからだし、名前も――和沙、うん、全部、覚えている」
そして、一番忘れたくなかった記憶も、ちゃんと。
――それは、2人が小学生の頃。
公園で遊んでいたわたしは、女の子が1人でベンチに座っているのを見た。綺麗な子だな、と思った。気になって近づいて、挨拶をして。
一緒に遊んで、仲良くなって。
いつもわたしのことをかっこいい、素敵と褒めてくれて、わたしはそれが嬉しかった。だってわたしは、ずっとそう言って欲しかったから。
わたしはその子の手を引いて、放課後になるたびに公園を駆けまわった――転校、するまでは。
「そうだ、千葉夜っ。わたし、」
シフト中であることを忘れ、わたしはレジから飛び出した。昼食を買いに行っていた店長とすれ違いざまに「和沙ちゃん!?」と驚かれたが、今は気にしてはいられない。記憶が正しければ、千葉夜はあのビルの屋上に居た。
会いたい、会いたい、会いたい――!
「……千葉夜っ!」
「――いてっ」
楽器店の入り口から飛び出したわたしは、誰かとぶつかってしまった。尻もちをついたわたしは、半ば抱きしめるようにしてその誰かを受け止めていることに気づき、慌てて起き上がろうとして――その必要がないことを、知る。
目と目が合って、顔を見て、手が触れて、唇が重なって。
「おかえり、和沙」
「うん――ただいま、千葉夜」
それは、千葉夜だった。
あの後すぐにここに駆けつけてきてくれたのだろうか。でも、現実のわたしたちは転校して以来交流がなかったはずで、ここでアルバイトしているなんて、知らなかったはずで。
そんな疑問を、わたしは噛みつくようなキスをしながら言った。
「だって、和沙はきっとここにいると、思って」
「――いなかったらどうしてたの?」
「会うまで、通うつもりだった。でも、会えたから」
「ふふ、そうだね」
現実の私はただの黒い長髪。赤にも青にも染めていない。
現実の千葉夜は、どこかで転んだのか、擦りむいている膝から血を出している。
「あのね、千葉夜。わたし、思い出したよ。昔のこと」
「ほんと?」
「それでね、わたし、ずっと。転校してから、ずっと、いつか会えたらって、思ってて。言いたかった、言葉があって」
そこで唇に指を添えられた和沙は、目を細める千葉夜の意図が分かって、頬が熱くなる。
もう何度もキスをした後だと言うのに、それを言うのは、やっぱりまだ。
「じゃあ、せーので言う?」
「ふふ、ちょっと恥ずかしいね。でも、わたし。せーのの方が、いい、かも」
「……じゃあ、行くよ」
「うん」
異界にとらわれた日々があって。
そこで、再会を果たして。
最後まで戦い抜いたわたしたちは、やっとこれから始められるのだ。
お互いの腕の中、交わされた視線と熱に高鳴る鼓動すらも重ねて、わたしたちは言った。
――大好き、と。
S区崩壊境界線 音愛トオル @ayf0114
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