校舎う/ヒマワリとアサガオ
『うわぁ! おい、みんなぁ! 花子さんが来たぞぉ~~!!』
彼女の渾名は、「花子さん」だったらしい。
行きつけの理髪店でおかっぱ頭に切り揃えられ、母親に買ってもらったばかりの赤い吊るしのスカートを着込んでいて、たまたまが重なっただけのことだった。
だが、彼女を取り巻いているのは無邪気かつ共感性の薄い小学生児童たち。
彼女がお気に入りの服装で登校するのと同じようなノリで、外見由来の渾名を付けて来たそうだ。
その侮蔑が驚くほど広まってしまったのは、当時の彼女の立場が原因だった。
彼女は「花子さん」と呼ばれる以前から、「空気の読めない子」という共通認識を子供からも大人からも持たれていたそうなのだ。
登下校の最中はもちろん、授業中でも給食中でも掃除中でも、性別や年齢なども問わず、一緒に遊ぼうとすることを要求していた。
子供らしいと言えば子供らしいけれど、授業や掃除の時間でもその言動をしているようであれば、教師陣から問題児扱いされるのは致し方ないことだろう。
彼女がその点について指導を受けていれば、人生経験の浅い子供たちであっても彼女の言動が間違っていることは勘付ける。
加えて、彼女がその失態を直そうとしない姿を見れば、どうして直さないのかと疑問を覚え、彼女を能が無い人間だと見下す意識が出来上がってしまう。
子供であってもやはり人間。コミュニティの中におけるヒエラルキーは、嫌でも感じ取れてしまうのだ。
次第に、彼女は「誰よりも劣った子」であると見なされ、その風潮が学年中に広まった。
教師陣はそんな認識を正すべきだったのだろうが、問題児の動向に疑問を抱くことは決して間違ったこととは言えない。
授業中に暴れ出す子供が増えるよりは、その行為を真似しないように忌避してくれた方がマシだと、そう判断してしまったのだ。
余すことなく全生徒を正すべきだという教育機関の本懐を、見て見ぬフリで流してしまった。
格好由来の侮蔑は学年全体に広まり、疎まれていた問題児を遠ざけるための方便として誰もが使うようになってしまった。
少女はただ、同年代の友人と遊びたかっただけなのに。
自分や家族以外の人間と遊ぶことの楽しさを知った彼女は、その甘美な感覚を反芻していたかっただけなのに。
担任教師の小言の意味をようやく理解するようになった頃、彼女は既に独りぼっちになっていた。
自身の至らなかった点を、無邪気なあまりに疎まれていた部分を必死に直そうとしたが、髪型や服装を変えた後も「花子さん」という渾名は消えてくれなかった。
常に避けられ、休み時間はもちろん登下校すら一人で過ごすようになった彼女は、いつの間にか授業以外の時間をトイレの個室で過ごすようになっていたそうだ。
彼女には理解が出来なかった。
確かにかつての自分の非行は、子供のそれとは言っても授業妨害のようなもの。
無邪気だったとしても、他の子どもたちや教師に迷惑をかけていたのは事実だ。
だが、どうして未だに自分がいじめられ続けているのか、わからなかった。
幼くも危うい価値観が、自分より立場が下の人間を卑下しようとする本能と混ざり、今更彼女と関わろうとする人間が一人もいなくなっていたことに、気付くことが出来なかった。
そんな中、突如として彼女の行方が不明になったらしい。
いじめの全容を知らなかった両親は慌てふためき、教師陣は学校中を必死に探し回った。
やっとの思いでトイレの個室を覗いて見つけ出した頃には、彼女は栄養失調を原因に生命活動が停止してしまっていた。
もし、彼女を想いやって一緒に遊んでくれる友人が少しでも居てくれれば。
あるいは、彼女が不貞腐れることなく勇敢に友達作りに勤しめていれば。
少しの勇気で、無垢な少女が孤独死することもなかったはずなのだ。
そして少女は、その歪な別称に縛られ、自らが命を絶った狭所に閉じ込められることになる。
これが、花子ちゃんの話と、鏡の世界から脱出できた介入係の仲間たちの報告、そして風見酉さんからの調査結果を鑑みて、僕が導き出した事の真相だ。
◆◆◆
「ほぉ……。十数年前に、そんな胸糞なことがあったなんてなぁ」
西小路さんが苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
小学生であっても、いじめはいじめだ。無かった方がいいことだし、本来であれば教師が何らかの対策を執るべきだっただろう。
だが、花子ちゃんの同級生たちが罪に問われる訳ではない。
風見酉さんが見つけ出したこの小学校の不祥事としては、その事件しか見つからなかったのだ。十数年前の事件を今更掘り返すのは不自然だろうし、花子ちゃんの話を一般人にする訳にもいかない。
「しかしよォ、気にするべきはその小娘じゃねぇぜェ」
「……そうですね」
尾上さんの不満そうな声に、八恵さんが応える。
花子ちゃんのことは気の毒ではあるが、問題視するべきなのは今回の“神隠し”事件の絡繰りについてだ。
その絡繰りというのが、中級指定怪異譚”
伝わっている
巨頭山の子たちのように自由意志がある訳ではないが、鏡面に映った人間のトラウマを虚像として映し出し、その人間と入れ替える形で現世へと解き放つ能力を有しているのだ。
また、周囲になる反射物へと接続し、物品や存在の行き来が可能になるという。
僕の前に“足売りババア”が現れたのも、僕のトラウマが実体化したためだ。
そして、その他の“学校の七不思議”に関しても、同じような出自だったらしい。
“二宮金次郎像”は
かっけこジャンキーな様子だったし、八恵さんもかけっこで勝負したとのこと。
怪談としての特性はそのままに、まるで虚像のように子供たちの特技や信条を反映していたのだろう。
同じように、“モナ・リザ”は
“動く人体模型”は
“音楽室の肖像画”は
“お化けプール”は
この子たちは全員、反射物を介して鏡の世界へと引きずり込まれ、そして自分のトラウマと向き合う羽目になったのだろう。
“足売りババア”の言っていたにらめっこに敗北し、鏡の世界へと幽閉。
勝利した恐怖心の塊は、時折放課後の学校を徘徊する事で噂を広め、より多くの子供たちが釣れるようにしていたのだ。
ちなみにだが、それぞれの結界に飛ばされたメンバーたちが勝利することで、被害に遭っていた子供たちも一緒に元の世界へと返された。
“神隠し”に遭った被害者たちは全員保護することが出来たため、ヒマワリちゃんと七草ちゃんの依頼にはしっかり応えることが出来たのだ。
閑話休題。
ここからが本題だ。
「“雲外鏡”が怪異を増産したのも、生まれた怪異たちがわざと噂になるように振る舞ったのも……全部、花子ちゃんに友達を増やすため」
「そして、その“雲外鏡”はある日突然に譲り受けた、と…………」
治歳さんが悲しそうに呟き、斬鬼さんが怪訝な表情を浮かべる。
今回の事件の根幹にあったのは、花子ちゃんが友達を欲したからだった。
怪異になって十数年間、狭い個室の中で独りぼっちだった彼女に、ある日転機が訪れたらしい。
扉がノックされ、男性とも女性ともつかない声で、こんなことを言われた。
『––––––君に友達が居ないのは、君の周りに居たのが人間だったからさ。怪異には、怪異の友達が居ればいいんだよ……』
花子ちゃんが扉の向こうを伺ったのは、その声の主が消えた後だった。
怪訝に思った彼女は、久方ぶりにトイレから出て、誰も居ない夜中の校舎内で声の主を探し回ったらしい。
そして、見つけ出した。
校舎棟の三階……屋上へと繋がる唯一の階段、その踊り場。
屋上が危険であると言う理由で、子供はもちろん教師ですら滅多に訪れない、そんなスポットに。
古臭い木造の枠で囲われた、大きな
まるで、孤独な少女へのささやかなプレゼントかのように。
「確か……中庭の初代校長の銅像が、土台から掘り返されてたんでしたっけ?」
「ここまで来ると、無関係とは思えへんよなぁ……」
話を整理しつつ、残った謎に向き合う琴葉ちゃんとランさん。
花子ちゃんが言うには、銅像が掘り返されたのは謎の人物から“雲外鏡”を託されるよりも前の出来事だったという。
それも、僅か数日ほど前の話らしい。
そうなると、嫌な想像ができてしまう。
初代校長の銅像の真下に、踊り場の鏡が埋められていたのではないだろうか。
まさしく、恐ろしい力を持った呪物を人の手が及ばないよう封じ込めるために。
「……ごめんなさい。私、どうしてもお友達が欲しくて……」
僕の脚に身を隠していた花子ちゃんが、おずおずと頭を下げる。
話を聴いていく中で、ありがたいことに僕とヒマワリちゃんには心を開いてくれたようだ。
こうもしおらしい姿を見せられると、庇護欲が掻き立てられてしまう。
この子はもう、無邪気過ぎたあまりに空気を読めなかった、かつての少女ではないのだ。
自らの過ちに対する罰は、もう十二分に受けたはず。
「…………大丈夫。これからは、私とあるじがお友達だから」
再び浮かび上がった涙を止めたのは、ヒマワリちゃんの暖かな言葉だった。
女児の小さな手を、これまた小さな手で包み込み、確かな約束であることを強調する。ヒマワリちゃんが仲介してくれれば、きっと七草ちゃん達とも仲良くできるだろう。
やり方は間違っていたが、いつの日か彼女が成仏できるようにするためにもその願いは叶えてあげたいし、それに異論を呈する人はこの場には居ない。
「……あ、ありがとぉ……ヒマちゃん……っ!」
「…………ヒマちゃん……! ふふっ、ヒマちゃん……♪」
嬉しそうな顔しちゃって。
ヒマワリちゃんのその顔を見れただけで、頑張ってトラウマを乗り越えた甲斐があるってもんだな。
……そういえば、ちゃんとこの子の名前を聴いていなかったな。
いつまでも侮蔑の渾名で呼び続けるのも酷な話だろう。
「……私の名前? えっとね……アサガオっ!」
「じゃあ、アサちゃんだな!」
「…………うん。よろしくね、アサちゃん」
「よろしくね、ヒマちゃん! あるじさん!」
いや、僕は「あるじ」という名前ではないのだが……。
まぁ些細な違いだ。それほど気にすることではないだろう。
ずっと孤独だった少女は、紆余曲折を経て、絶対に自分を嫌ってくれないであろう親友を手に入れたのだ。
◆◆◆
「––––––で、俺に話って何だよォ?」
小学校を処理係と入れ替わる形で離れ、やっと本部に戻って来た直後。
俺が一人……もとい一匹になったタイミングで、鮎川が声をかけて来たのだ。
珍しく神妙そうな顔をしやがって……こちとら、小学校と“雲外鏡”の関連、そして謎の存在に関して考えようとしていたってのに。
「……僕のトラウマ、“足売りババア”だったんですよ」
「んなことァ聴いたよォ。それに、それを弱っちィことだなんて俺は思わ––––––」
「本物の記憶を引き継いでいたみたいなんです。僕の知らないことまで、知っていました」
……ということは、単なる恐怖心の生き写しでは無いということか。
わざわざ先人が土の下に封印したんだ、冥土に送られた怪異の思念すらも呼び戻してしまうような危険な代物なのかも知れない。
巫術係の連中に、厳重注意で保管しておけって伝えておかなきゃいけねぇな。
しかし、それが何だってんだ?
「アイツが消える直前に聞いてみたんです。この刀……“左脚”の存在を、どうやって知ったのかを」
「そういや、本物は竹永がブッ飛ばしたんだっけか」
「––––––“八尺様”らしいです」
「…………は?」
耳を疑った。
”八尺様“ということは、つまり竹永八恵だ。
アイツが、“左脚”のことを知っていたってのか?
「“八尺様”に教えられたそうです。僕の家に、“ぬらりひょんの左脚”が在るって……」
ぬらりひょん警部補は後ろから刺す〜警視庁異譚課介入係〜 御縁読人 @tenkataihei0917
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