誰も認めてくれない

 仕事は上手くいっていた。多少のミスはあったかもしれないが求められた結果は出したつもりだ。


 それでも周りは俺を評価しようとしない。理由は明確だった。俺の周囲にいる人間は遍く無能者の集まりに過ぎなかった。


 だから俺は自分から仕事を辞めた。今でもあの冷たい視線は覚えている。何故俺がそんな目で見られるのか俺は心底理解ができなかった。


 仕事を辞めてから帰る日、近所の公園を通りかかった。子供達がブランコで遊んでいる。煩くて堪らなかった。


 「なあ、シンちゃん、僕ここからジャンプできるよ!」


 ああ、五月蝿いなあ。


 会社を辞めてからしばらくは適当に小説を書いて日々を過ごした。軽い趣味程度だったけど、まあ誰かに反応を貰えたらそれでも承認欲求は満たされた。


 多少の反応に期待して日々書き続けた。それでも本気でもないものに時間を掛けるのに嫌気がさしてきた。


 あまりにも暇だったので、再就職の試験を受けて受かった会社に入社することにした。


 無駄に倍率は高いが薄給の、俺にとっては腰掛けにもならない会社だった。


 入社したが最後、周りは使えない中年ばかりの、墓場にも見えるようなところだった。


 ああ、嫌だな。


 こんな奴らと。


 こんな嫌な仕事しなければいけない。


 就職して少しして、俺はそこのリーダーと喧嘩になった。胸ぐらを掴まれ罵声を浴びせられた。


 暴力に訴えるのは言葉が足りていないからだ。俺はそう考えている。つまり、その人間の言語能力が欠如しているため最終手段として取らざるを得ない。負け犬なのだ。


 ああ、つくづく周りに恵まれていないな。

 腰掛け同然の会社だからいいのだけれど。


 帰る途中、いつもの公園を通り過ぎる。小学生低学年ぐらいだろうか、数人が鉄棒で遊んでいる。


 「なあ、僕空中前周り出来るようになったぜ!」


 「ほんとに!凄えな。僕も逆上がり出来るよ、ほらっ!」


 そんなもの出来たところで何の役にもたたないだろうに。俺は子供達を横目に家路を急いだ。

 

 家に帰って適当にネットを見る。短文投稿用のSNSでは訳知ったふりのアカウントが扇動的な口調で騒いでいる。


 ああ、嫌だ。


 尤もらしい雰囲気だけは出しやがる。読む事も億劫だ。


 適当に罵詈雑言のコメントを投稿しスマホを眺める。


 途端に少し胸がスッとした。

 

 翌週、俺は社長に呼び出された。コイツは頭を下げながら辞めてくれという。何が悪かったのかと聞くと、君は悪くない、仕方ないんだ、とだけ繰り返し言う。


 やっぱりここでも俺の価値は理解出来ないのだ。まあ最初っから期待してなかったけどな。


 また短文投稿の小説を書く日々が始まった。ただ、今度ばかりは少ししたら働かないといけなさそうだ。


 といっても、キャッシングの額にはまだ余裕はある。貯金は無くても多少はやっていけるだろう。


 その気になれば少しの間実家に帰ってもいい。親だって喜んでくれる。


 そうは言ってもやる事も対してない。暇を埋める程度の気持ちで俺は日雇いの仕事をするようになった。俺より遥かに年下の男が偉そうに指図してくる。癪だったけど所詮は短期のバイトだ。気にするのもバカらしい。


 俺はまたすぐに、もっと給料のいい、意義のある会社に就職するつもりだった。それまでただ時間を過ごせればいいだけだ。


 ある日俺は日雇い業者のマネージャーに呼び出された。部屋に入るなり怒鳴ってきやがった。もうお前には仕事は回さないと言う。何言ってるんだか。俺の価値も理解出来てない癖に。俺は呆気なく辞めると宣言して部屋を飛び出した。

 

 帰路に着く途中。


 いつもの公園を通りかかる。またあの子供達が遊んでいる。


 『なあショウちゃん、パス!』

 サッカーか。


 そう言えば子供のころよく遊んだな。


 ああ。シンちゃん、ドリブル。だろ。

 『行け!シンちゃんドリブルだ!』


 よし、逆転だ、だろ。2対1だ。

 『よし、逆転だ!2対1だ!』


 そうだよな。


 あの子は俺だ。


 ああ。懐かしい。あの頃に戻りたいなあ。

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異界の門番 千猫菜 @senbyo31

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