【ノエル編】第1章 第2節 第2話

 仲間たちの元へ帰ると、全員が雁首を揃えてノエルの背後で仁王立ちしているコハクをまじまじと見つめた。


「協力者? のコハクさんです、ちなみに超怪しいです」

「協力者なのに怪しいの!?」

「あくまさんだねぇ」

「それも上級やね」


 ゲートの中では意気揚々としていたし、ついさっきまでも仁王立ちをしていたコハクが急に左腕を触りはじめた。背中越しに様子がおかしいことに気づき「どうしたの」と振り返ると、コハクは顔をしかめて口を開く。


「俺、井の中の蛙だったんだな」

「何急に」

「だってよォ! おかしいだろ! なんだよおい! あのちびっ子まであんたと同じくらいの強さを感じるぜ!?」

「まあ、私達の世界だと3番目に強いくらいだし、旧時代から生きてるし」


 ノエルはあっけらかんとしているが、コハクはなおも左腕を擦りながらソワソワとしている。その様子を見て、ダリアが声をあげて笑った。


「ぎゃははは! 大丈夫ばい、こんなら多少怪しくても完封できるけんね」

「怖えよ! もう手の内隠す気も起きなくなったわ!」

「ということは、何か隠して騙すつもりがあったんだねー」


 カイがあははと笑いながら、武器の手入れを始めた。ノエルすらも震え上がらせるほど、扱いが難しく凶悪な武器、フォトンブレードである。熱により触れた物体を溶かし切るという、扱いを間違えば即死クラスの武器をカイは肌身離さず携帯し、愛用していた。

 コハクの視線がカイにあることに気づき、ノエルはカイにアイコンタクトを送る。


「どーもー、カイでーす、この中じゃ普通の人間やってまーす」

「普通の人間……?」


 コハクが目を細めた。


「なあおい、本当に普通の人間か? アイツ、ただならぬ気配がするぜ」

「怒らせないほうがいいよ? 普通の上級悪魔くらいなら捻り潰されるよ?」

「こっわ……癒やしはあのスライム娘だけか」


 カイに見られていることに気づいたのか、スイがニッコリと微笑む。

 ただ、それはどうなんだろうとノエルは訝しんだ。彼女が戦う様子は見たことがないが、凪の様子から見るに相当信頼されているらしい。凪は同胞全員を気にかけているようにも見えたが、わざわざノエルの旅路に同行させるほどだ。相当な実力者だろうと、ノエルは踏んでいた。

 そして何より、彼女はあまり動じない。人造天使が現れたときは声をあげたが、震えてはいなかった。


「ま、ここに来た時点で君は悪巧みなんて出来ないってことだよ、コハクくん」


 ポンッとコハクの肩を叩くノエルを、コハクは涙目で恨みがましく睨みつけた。


「ああチクショウ! せっかくニヒルな裏社会キャラ作って話しかけたのによォ」

「そういうこともあるよ、気を落とさないでいこう」

「隣に偶然あんたが座ってきたときは、今世紀最大のラッキーマンだと思ったのによ」

「ラッキーではあるじゃん、望みを叶えたいならこんな頼りになる連中いないと思うよ?」


 ノエルが言うと、コハクは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしてから、力なく笑う。そうしてスイの隣に腰を下ろし、目の前の焚き火を見つめ始めた。


「というわけで、知ってることを洗いざらい話してもらうよ? 君の目的についてもね」

「なんか、悪の親玉に捕まった捕虜の気分だぜ」

「まあ一応魔女名乗ってますんで」


 ノエルが腰に手を当てて笑うと、コハクは一度大きく息を吐いて、話し始めた。

 彼の話は、ノエルにとってはとても興味深いものだった。


 彼が言うには、モンスター娘が現れたのは救世主ノエラート・グリムがおさめた各種族の戦争から十年後。突如として空が闇に覆われ、魔物達が突然変異をしたと。魔族が生まれたときを彷彿とさせる様子だったそうだ。

 魔物は変異する者としない者がおり、魔物も生き残った。変異した当時のモンスター娘を祖と呼ぶ。祖は人間と交わることにより、種を増やしていった。中には、生殖を必要とせず増える種もあった。

 変異した魔物は人間の女性のような姿をしており、各種族の身体的特徴をある程度有している。そのうえ、元になった魔物の能力も一部引き継いでいたが、時代が進むとともに能力が変化していき、今では元の魔物よりも強い能力を有する個体も大勢いる。


 そこから百年後、スライムという魔物が突然発見された。


「元からいたんじゃなかったんだね」

「むつかしい話わかんないよぉ」

「スライムは発生が謎でな……」


 スライムがはじめて発見されたのは、京都の深泥池という池だそうだ。古代からの植生が残る貴重な場所として学者たちに重宝されている一方で、幽霊が出るだの怪異が出るだのと噂され、オカルトスポットにもなっている場所。

 ノエルのいた核世界にもあり、噂は聞いたことがあったが、行ったことはまだなかった。


「夜中に肝試しに行ったカップルがな、突然池から飛び出してきた粘液のような生命体を見たんだと」

「それが噂された怪異の正体?」

「だと言われてるぜ」


 そのカップルは粘液生命体を持ち帰り、学者に提供したことで富を得た。その生命体の研究が始まり、学会で発表され、スライムという名前が付けられ、新種の魔物として認定された。旧時代の子供の玩具として、その魔物と似たものがあったため、そこから名付けられたらしい。

 それから十二年後、スライム娘の初代の祖が誕生した。


「なぜスライムはいたのにスライム娘は野生で発見されなかったか、なぜ突然スライム娘の祖が生まれたのか、全部謎なんだ」

「学者たちが何か隠してるってことは?」

「あァ、あるかもなァ」


 パチパチ、と枝爆ぜる音が路面に響く。ほんの少しの静寂の後、コハクはスイのほうを見ながら話し始めた。


 スライム娘は、生殖を必要としない。不可能なわけではなく、生殖を必要とせずに繁殖が可能という話である。祖が自らの魂と肉体を分裂させることにより、数が増えていく。繁殖というより増殖と言ったほうがいいか、とコハクは付け加えた。

 分裂した魂と肉体は、新たな自我を持つ。数年も生きれば、祖とは魂の形は大きく異なり、再び合一することができなくなる。精霊や残滓と呼ばれる、神に等しい力を得た悪魔が生み出した自らの分身と似ているな、とノエルは思った。ノエルも元は、そうだった。


 人間と悪魔と魔族、そしてモンスター娘たち。各種族の研究者が集まりスライム娘を研究することで、種族は一致団結し始めた。


「ある意味じゃ、スライム娘は平和の象徴だな」

「えっへん!」

「おー、偉いねー」

「実際よ? スライム娘不可侵の掟つうのがあるんだぜ? 誰が言い出したか知らねえがな、誰もが律儀にそれを守ってるんだ、人造天使共以外はな」


 しかし、平和が続いたある日、急に空が暗くなった。長生きの悪魔たちは、モンスター娘が生まれた日のことを思い出したという。空が裂け、そこから機械の体をした天使が四体現れた。これが、熾天使である。3対6枚の機械の翼を持ち、赤い瞳をした機械の熾天使は旧時代の宗教を元にしたと解釈されている。

 その熾天使は仲間を増やし、既存の全人類種に宣戦布告をした。スライム娘の研究に熱心だった各種族は、いきなりの宣戦布告に戸惑いながらも、魔女の家に協力を要請。

 女神はこれを断ったが、魔女の家のほかのメンバーは人間・悪魔・魔族・モンスター娘混合軍に参加。最前線で戦ったが、敵に捕まったのか殺されたのか、誰一人として生還しなかった。

 最前線が崩壊したと知らせを受けた後方部隊にいた各種族の偉い方が、戦争の敗北を認める。


「こうして俺たちゃ旧人類種はすべからく、人造天使共の支配下に置かれたってわけだ」

「ねえ、気になったんだけどさ、どうして人造天使って呼ぶの? 天使じゃなく」

「天使は別にいるだろ? それに……あァ、いや、これは博多で説明したほうがわかりやすい」


 コハクが言葉を濁したのが、ノエルには妙に引っかかった。とはいえ、この世界の二つの新たな人類種の歴史を知ることができた。いくつか核世界の歴史と通ずる部分があるが、やはり大きく違っている。それを改めて理解できただけでも、収穫としては十分だった。


「博多に何かあるってことかあ」

「ねー、博多ってさーなんでこうー、いつも何かあるんだろうねー」

「アランと戦っとったときは、結構胸糞悪か装置があったんやんね」

「呪われてるのかな……修羅の土地じゃん」


 ノエルはふう、と息を吐いて闇魔法のダークマターで作った簡易的な布団に寝転がる。「いいなー」と呟くカイの声が聞こえたから、カイとスイにも作ってあげた。喜ぶ二人の声を聞いて微笑みながら、目を閉じる。

 異世界に来てまだ1日目。ノエルは、今回の旅の過酷さを悟り、ふっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロストエンブリオ中章~モンスター娘と4つの滅び~ 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ