10月47,320日
ふるなる
10月と約13年
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。」
微笑ましいフレーズに思わず頬がとろける。悪戯されてもいいかな、と無意識のうちに呟いていた。
子ども達も去って、時刻も良い子は夢の中にいる時間となった。
自分も布団の中に入ろうかな、そう思った。
「おやすみなさい」といつもの掛け声。
布団の下にいる私。
そんな中、頭が痛くなってきた。耳鳴りも凄い。けれども、その痛みもいつしか忘れ、か眠りについていた。きっと布団の重みのせいだろう。ふわりとした羽毛が温かさで包みこんでくれるから。
目覚まし時計のアラームで目を覚ます。
もっと寝ていたいよぉ、と時計のボタンを強く叩いて、布団を蹴っとばした。仕方ない、起きるか、と「よっこらせ」と起き上がった。
パジャマのまま階段を降りる。
用意された朝食。
母のレトルト朝食を食べて目を覚ましていく。
ついに11月だ。
本格的に秋の時期。
壁に立てかけてあるカレンダーが10月32日を示していた。
ああ、間違えた。11月じゃなくて、10月だった。間違えちゃった。
眠い目をこすりながら、妄想の中で一人突っ込んでいた。
……あれ?
気のせいか。
今、10月32日ってあったような。
もう一度、カレンダーを見る。本当に32日が存在している。思わず声を荒らげた。
それに驚いて母が何事かと聞いてきたから、「どうみてもおかしいでしょ」と言った。
それに対して、32日なんて当たり前でしょとばかりに、説き伏せようとしてきた。
いやいや、当たり前じゃないから!?
だからと言って、学校をサボる訳にはいかない。
頭がおかしくなりそうだ。
それでも制服に着替えては、学校へと急いで向かった。もう友達にネタで笑いものにしてやろう。そんなクスッという顔で飛び出した。
「おはよ~。」に溢れた教室。
ぽちぽちと人が増えていく。友達と喋って時間を潰しているうちに教室は埋まった。
チャイムの音で席につく。
日直の人が号令をかけた。
「10月32日。朝の会を始めます。」
は?
今、32日って言った?
私の常識では月は31までしかないはずなのだが。
周りを見渡しても当たり前だと言う顔を浮かばせている。頭が痛くなりそうだ。私の脳がバグを起こしたのか、と思った。
きっとおっちょこちょいで間違えているんだろう。そう思い込むことにした。
だが、教室に飾っているカレンダーも後で目を通したスマホのカレンダーも、世の中が32日だと言うことを示している。
ほんとに何言ってるんだ?
そんな意味不明な一日だった。きっとこれは夢だったんだ、と思い込もうとしながら布団の中へと入った。
おやすみなさい。
朝起きた。
10月33日が始まっていた。
意味の分からない一日も過ぎていった。
月火水木金と来て、明日はようやく休日となる。しかし、土曜日はこなかった。なぜか飛ばして月曜日になっていたのだ。
その後も、土日は来ることなく永遠の十月を過ごしていた。慣れは怖いもので、この続いていく十月にも慣れてしまって、今では「当たり前」の「日常」と思ってしまっている自分がいる。
──
───
────
10月100日。
友達にどんな話をしたって何も変わることはなく、全く同じ日常が始まる日々だった。
10月200日。
変わらない日々になるのなら、と、学校へは行かずに都会に行き豪遊する。楽しい一日を過ごすと夜十時にはどことなく睡魔が襲い、いつしか眠っている自分がいる。
という日々を過ごしていたら、楽しむ一日が億劫になっていて、200日という切り目で行くのをやめた。
きっと抜け出せないループへのストレスもあるのだと思う。いつもの一日を過ごす方が断然マシだと強く感じる。もう何度も繰り返すうちに遊びが嫌いになっていた。
10月400日。
普通なら一年経っているはずだが、一歳年齢は変わっていない。それもそうだ、まだ年は変わらないのだから。ただ、10月が限界突破して加算されていくだけなのだから。
10月1000日。
近所の小学四年生の女の子は、相変わらず小学四年生をやっていた。千何日前と同じ年齢だ。
あれからどれぐらい経ったのだろう。
最近、カレンダーを見ることがなくなっていたな。まあ、見ても相変わらずの結果にしかならないのだから、興味無くすのも無理はないか。
久しぶりにカレンダーを見てみた。
10月10392日。
思わず笑ってしまった。何を言ってるんだろうか、私は。
夢ならば覚めて欲しい。
気が狂いそうだ。
もう限界。この変わり映えしない日常に辟易するどころか相当な苦痛にすら感じるようになった。
「なんでここまでして……私は生きているんだろう?」
突然湧き出た疑問。生きている意味を見失っていたみたいだ。それを止める意思も一万日以上も10月を繰り返せば、跡形もなく消え去っていた。
ふらふらと電車のホームへとやって来た。
黄色のブロックよりも前へと出る。
「さよなら、私の人生。」
ホームの向こう側へと向かう。そこに通りかかる巨大すぎる機関。私という肉体は肉片となりて飛び散り、赤い液体を撒き散らしている。そして、私の意識はそこで途切れた。
真っ暗闇の世界。
そこに一筋の光が舞い込む。
目を覚ました。
電車に衝突する痛みの記憶だけが残っていた。あまりの痛覚破壊に恐怖を覚え、私の体は震えている。
死にたくない、という思いを抱きながら毛布を蹴り飛ばして布団から出た。
急いでカレンダーを見る。
10月10393日。
嘘でしょ。たった一日が過ぎただけで何一つも日常から抜け出せていないみたい。
絶望を通り越して、無感情が顔から湧いて出てきている。
気の狂う日々がまた始まった。
今度は「死にたくない」という心の奥底に塊を抱えて。
10月25515日。
平日しかこないループの日常。
ここまで来ると自殺の恐さがほぼなくなっていた。まるで蛇口の水に流されていく筆みたいに、取れない油性も気にならない程の薄さになる。恐さだって気にならない程に薄くなった。
顔馴染みのあるマンションに乗り込む。
これに何の感情もない。
いつしか屋上にお邪魔していた。本当はいけないフェンスの先も飛び越えて、風が強く当たる所にいた。
どんな悲しい結末になってもいい。だから、この人生を終わらせて下さい。
風の抵抗が激しいが、そんなものじゃ私は止められない。ゴールに向けて一直線に向かっていく。
ついにゴールだ。
私の意識はそこで途切れた。
10月25516日。
嘘でしょ。たった一日が過ぎただけで何一つも日常から抜け出せていないみたい。
絶望を通り越して、無感情が顔から湧いて出てきている。
気の狂う日々がまた始まった。
今度は「死にたくない」という心の奥底に塊を抱えて。
「もうこうなったら、こっちからぶっ壊してやる!」
瞳に狂気が宿るのが分かる。
慣れ過ぎた朝だ。ただ、今日はいつもとは違う。私は包丁を隠し持っている。
「おはよぉ!」と近所の小学四年生の女の子。
躊躇いもなく隠し持ってた武器を振りかざした。手に赤い液体がかかる。黄色い児童帽子が床に落ち、赤に汚れる。
ごめんね──。
あなたに罪はないの。
ついにやってしまった。しかし、罪悪感を抱えるほど、感情は生き残っていなかった。
近くから聞こえる悲鳴。
すぐに聞こえるサイレン。
警察がすぐに駆け寄り、腕に手錠をかける。流れるようにパトカーに乗り込まされ、警察署へと連行されていた。
取り調べ室に入れられた。
目の前で急いで仕事している警察達を見ると何故かホッとした。新鮮な気分だ。こうなって良かったと心の中で思っている自分がいる。
そんな時だからかな、絶対に勝つことのできない睡魔が襲ってきた。
気づいたら夢の中に落ちていた。
もう私は犯罪者。きっと犯罪者として新たな一日が始まるんだろうな。
朝がきた。
そこには見慣れた光景が広がっていた。いつもの自分の部屋だ。いつものベッドで寝ていた。
カレンダーを見た。
10月25517日。
何も変わらない一日だ。
思わず外に飛び出した。
「おはよぉ!」と近所の小学四年生の女の子。
何で生きてるの?
彼女に何も悪いことなどない。何も気に触れるようなことを一切していない。しかし、この時ばかりは殺意を持って首を絞めていた。
我に返るとその子は息を引き取っていた。
同じように捕まり、取り調べ室へと入った。そして、勝てない睡魔に襲われると、次起きた時には自宅の部屋だった。
10月28643日。
分かったことがある。
どんなに自殺したとしても、どんなに人を殺そうとも、変わった行動を取ろうとも、必ず明日がやってきて、その時には見慣れた部屋のベッドから目を覚ますのだ。
例え、犯罪を犯したとしても取り調べ室で強制的に眠ってしまう。
そう、神様の創ったシナリオ通りになってしまうのだ。
10月28777日。相変わらずの日常。
10月28795日。人を突き落として殺害。結局は相変わらずの日常。
10月28888日。逆に何もしずに部屋で一日を過ごした。ボーっとするだけ。やはり、何も起きなかった。
10月30000日──
10月35000日──
10月40000日──
10月……。
──
───
────
10月47320日。
普遍的な場所と、慣れた景色。カレンダーを見るのも習慣になっている。
当たり前のルーティンを終わらして外へと出る。
13年も10月を続けている。
それなのに近所の小学四年生の女の子は、相変わらず小学四年生だ。
おはよぉ、と手を振って素通りする。
殺人なんて馬鹿馬鹿しい。昔の自分に辟易する。もうそんな気分にはならない。
通学の道。
今では癖となった欠伸をしながら歩いていく。
「こんにちは。わたくしは
怪しい男が尋ねてきた。
「奇跡的にこの仕事に辿り着いたのです。確実にするためには速さが大事です。時間がないのです。ので、こんなことを言っては失礼ですが、早速ですが、あなたを殺してもいいですか。」
変人だった。
しかし、拒否する気にはならなかった。それどころか、その話に乗ってみたかった。本当なら、この気の狂う日常を終わらせてくれる。
私も変人だった。
彼の問いにイエスと言ったのだった。
「はい。では、囚われのあなたを断ち切りますね。」
トンッ。
彼の手が肩に触れた。
私の体から何かが飛び出していく、そんな気配がした。
どこか清々しい気分だ。
何故か久々な新たな気持ちで今日という一日を過ごした。
夜となり、気分よくベットに着いた。
おやすみなさい──
目覚めた。
私の体が泡のように消えていく。
カレンダーを見た。見るだけでも、もう身体半分が消えていた。
11月1日。
私はそこで潰えた。ようやく迎えた11月の朝に包まれて。
10月47,320日 ふるなる @nal198
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