Day25「ジュワイヨ・ノエル!」

 余っていたケーキは、一つも無駄にならずに全て売り切れた。

 最後の配達を終えたビネットたちは、あの紳士に引き留められて、飛行艇内の食堂ダイニングで紅茶をごちそうになることになった。

 自分たちのために確保してあったケーキと、香り高い紅茶を前にして、彼女たちはようやくほっと一息つくことができた。


 貴賓室のように絢爛豪華なその部屋はまさに富の象徴だ。普段のビネットならば気分が悪くなって一刻も早く出ていこうとするはずだった。

 でも、と彼女は思った。お茶もケーキも美味しいし、ここは明るくて暖かい。ロザーナ店長もメイベル先輩もとても楽しそうだ。

 若い紳士の小さな娘さんも、お母さんと一緒にとことこと歩いて挨拶にやってきて、

「ケーキありがと!」

 と大きな赤いリボンを結んだ頭を下げてお礼を言ってくれた。


 まあ、みんなで大変な思いをしたこんな夜くらい、少しは贅沢をしても罰は当たるまい。「メリー・クリスマス!」やら「ジュワイヨ・ノエル!」などと馬鹿みたいに浮かれさえしなければ良いのだ。

 そこだけは最後の意地を張りつつ、彼女はブッシュ・ド・ノエルを口に運び、熱い紅茶を上品に一口飲んでみせるのだった。


 間もなく航空管制が仮復旧して、飛行艇は出航できることになった。

 ビネットたちは礼を言って艇を退去し、運河の流れの彼方へと旅立って行く旅客飛行艇クリッパーを、桟橋から見送った。南方への到着は最大速力で八時間後、明日の夜明け前になるという。


 明日の降誕祭を、この大都会はいつもと変わらずに無事に迎えることができるだろう。なぜならあの紳士が、この大停電を見事に解決してくれるに違いないのだから。


 遠ざかって行く赤と緑の翼端灯を見つめながら、ビネットは思う。

 人の世を守るものは、人智を越えた何かではなく、あくまで人の力なのだ、と。

(完)


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ケーキ売りのビネット・ファリンと、闇に沈んだクリスマス・イブ ~アドベントカレンダー2024~ 天野橋立 @hashidateamano

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