3.北都と東都
第4話
鍋の中には赤ワインとトマトで煮込まれた牛肉が、グツグツとおいしそうな音を立てていました。エプロンをつけたエヴァは鍋の味見をしながら何度もうなずきます。
「とってもおいしい! ステラは料理上手ね」
「別に。モレロ家でいつもやらされていたから」
言葉は素っ気なくても声がうれしそうなのは、やっぱり褒められてうれしいのでしょう。
スパゲティを皿に盛りつけるステラはすっかり身ぎれいになって、ルークがもう着られなくなったオーバーオールを着ています。男の子の服を着ているのにかわいらしいのは、彼女がつややかな金髪と美しいラベンダー色の瞳をしているからかもしれません。お風呂に入って汚れを落としたステラはお人形のように愛らしく、エヴァが「レースとリボンのドレスが似合いそう」と言ったのもお世辞ではなさそうです。
「食べていい? おなか空いちゃった」
すでにダイニングテーブルに座っているサイラスは、目の前にクリームスパゲティが置かれると、エヴァの返事も待たずにフォークで麵を巻き取りました。口いっぱいにスパゲティを頬張り、「うまっ」とひと言。上品に適量を口に入れたルークも、「母さんが作るのよりおいしいかも」とつぶやきます。
「ほんと? じゃあ、こっちも食べてみて!」
エヴァがよそう煮込みの皿をなかば強引に取り上げて、ステラはふたりの前に置きました。濃厚なトマトと赤ワインの香りに男子ふたりの目の色が変わります。取り皿を配られるのも待てず、ルークとサイラスは牛肉に手を伸ばしました。
「うまい! おまえ、料理うまいな。カップケーキも作れる?」
「作れるけど。私は『おまえ』じゃないわ。ステラよ」
「いい名前だね。ラテン語で星という意味だ」
「えっ、そんな意味があったの? 近所にステラって犬がいたから、てっきりペットにつける名前かと」
「親が子どもに犬の名前なんかつけるかよ。それよりさ……」
エヴァが一足遅れてテーブルにつくころ、三人はすっかり打ち解けてずっと前から仲良しだったかのように話していました。ステラが無邪気な笑みを浮かべるのを見て、エヴァは少しホッとします。つい一時間ほど前は、ほうきとちりとりで片付けられる〝モレロ夫妻だった泥人形〟を堅い表情で見つめていたのですから。家出するほど嫌いな人たちだとしても、目の前でいきなり消えれば心が傷つけられたでしょう。まだ十二歳という幼さで抱えるには重すぎるショックでした。
そして、エヴァは完全に帰る場所を失ったステラを心配していました。少女が大人の手を借りずに一人で生きていくのは不可能に等しいこと。かつて孤独に生きるしかなかったエヴァには、それが身を持ってわかるのでした。
「ステラ、もしあなたさえ良ければ、うちで暮らさない?」
そんな言葉が出たのはとても自然な流れ。出会ったばかりの得体の知れない少女であっても、エヴァは放っておけませんでした。
「……いいの? ほんとに?」
ステラは、双子との会話に割り込んできたエヴァを戸惑いと迷いが入り混じる表情で見つめます。
「遠慮しなくていいのよ。まぁ、玄関の扉がなくなって窓ガラスも全部割れて、家はひどい有様だけど」
「いいんじゃない?」
素っ気なく言うルークに丸い目をさらに見開き、「うまい飯は大歓迎だよ」とうなずくサイラスを見て、ステラはやっと頬をゆるめました。こくんと小さな顎を縦に振ります。
「良かった。大工のベン爺さんに頼んで、玄関扉と窓ガラスを早く直してもらわないと」
エヴァは安心して、ようやく自分のスパゲティにフォークをつけました。
「エヴァは優しいのね。もっと怖い魔女かと思ってた」
「母さんは怖くないさ。魔法が使えるから、みんな勝手なイメージを作っているだけだよ。ていうか、ステラはどうして母さんの名前を知ってるの? 名前なんて誰も知らないのに」
サイラスの質問はエヴァとルークも疑問に思っていたこと。千里眼の魔女を名前で呼ぶ人はめったにいません。
「よく覚えていないんだけど……歌を聴いたことがあるの。ずいぶん前に、誰かが〝エヴァはなんでも知っている。世界一の魔女〟って」
ステラは首をかしげて何か思い出そうとしましたが、それ以上は何も出てきませんでした。幼いころの思い出が曖昧なのか、昔の記憶が消えかけているのか。
「私の古い知り合いがステラのそばにいたのかしら?」
「母さん、友達少ないのにね」
ボソッと悪口を言ったルークにエヴァはむっとして「群れるのが苦手なだけよ」と言い返し、サイラスがキヒヒと笑いました。
それはありふれた家族のおしゃべりで特に珍しい景色ではありません。でも、モレロ家で粗末に扱われていたステラにとっては深く心が満たされる光景でした。くだらない掛け合いで笑う三人がなんだかまぶしく見えます。ところが……
――ドドン!
突然の地響きにみんなの笑顔が一瞬で消えました。低くうなる爆発音は和やかな団らんを容赦なく断ち切り不安に包みます。
「なんだ?」
ルークが慌てて窓の外を見ると遠くにオレンジ色の閃光が走りました。地響きに合わせて光がチカチカ点滅します。
「火事? あの方向は王の城だ」
エヴァとサイラスも駆け寄るなか、誰かの大声が遠くから響きました。
「戦争だ! 城がやられてるぞ!」
ぎょっとしてエヴァは窓を開けて外に顔を出します。ウーウーとサイレンが鳴り出し、城の周りには次々に照明がついて街の夜景が一気に明るくなりました。エヴァはさらに目を凝らして千里眼を使うと、閉ざされた城の門をモスグリーンの軍人たちが銃で狙っているのが見えました。
「軍隊が城を襲っている……?」
軍隊は王を守るのが仕事であって、門を閉ざした城に銃を向けるなんて、まるで敵がすることです。
「魔女どのーッ!」
二階の窓から身を乗り出すエヴァに野太い声が飛びました。館の前にはいつの間にか、やたら大きい頑丈そうな車が止まっています。窓らしいものがない、鉄の塊のような四角い車にはタイヤが六個もついていて、昼間に鑑定を受けた将軍が降りてくるのが見えました。
「魔女どの! 今すぐ城に参られよ。王がお呼びである」
将軍は腰にサーベルを差して背中にはライフルを背負っていました。すぐにでも戦える装備を整えているのは、東都がただならぬ状態にあるからでしょう。
「急いでください、魔女どの!」
堅そうな靴音と共に軍人が三人、勝手に階段をのぼって部屋へ入ってきました。扉がなくなり開けっぱなしの玄関を勝手に抜けてきたようです。
「どういうこと? カール三世がなぜ私に?」
「軍師のジャレドが反乱を起こしました。北都のウィレム王が東都を侵略するべく、スパイに取り込んだようです」
東都の王であるカール三世も、北都のウィレム王も、エヴァは何度か相談を聞いたことがありました。でも、ふたりとも温厚な性格で、特に北都のウィレム王はやさしく、ほかの国を襲うような人ではありません。混乱する頭で考えても、エヴァには何が起きているのか理解できませんでした。軍人に急かされるまま階下に降りるとホウキを持って外に出ます。
「ルーク、サイラス、ステラと一緒にいてね」
表情が硬い息子たちにそれだけ告げてホウキにまたがった両足を蹴りました。二階の窓と同じくらいの高さまでふわりと浮かび上がります。
「エヴァ! 帰ってきてね。きっとよ!」
不安そうな顔のステラに大きくうなずき、エヴァは将軍と軍人たちが乗る車をホウキで追いかけました。
混乱する街の中を抜けて城に着くと、ジャレドたちを避けて裏門から王がいる広間に走り込みます。
「おお! 千里眼の魔女よ。よくぞ来てくれた!」
すでに六十歳を越えたカール三世は目尻にしわを寄せてホッとした笑みを浮かべました。王の両脇には大臣を務める息子たちが四人並び、エヴァに王の近くまで寄るよう手招きしています。
「いったい何が起きているんですか?」
駆け寄りながら聞いてもカール三世は首を振るばかり。眉を八の字にゆがめて「わしにもわからんのだ」と呟きました。
「私は北都のウィレム王に会ったことがあります。家族と国民を愛する平和主義者で、争いごとは苦手なはずですが……」
「彼の性格はわしもよく知っておる。だが、北都から宣戦布告を告げる正式な書状が届いたのだ。左利きで字にクセのあるウィレム王のサインもあり、偽物とは思えん。あと、書状にはわけのわからぬ要求が書かれていてな、『デイモンズゲートの封印を解くいけにえを差し出せ』と」
カール三世はエヴァに羊皮紙を渡して中身を読むように目で促しました。王たちがやり取りする書状なんて普通は見ることができません。エヴァは少しためらいましたが、王の長男である政務大臣がうなずくのを見ておそるおそる羊皮紙に目を落としました。
『北都はこれより東都を我が国土と見なす。従わなければ手段を選ばないことご容赦いただきたい。
また、カール三世にはデイモンズゲートの封印を解くいけにえを引き渡し願いたい。。年の頃は十から十三歳、金髪に葡萄色の目を持つ女児がすでに不穏な動きを見せているであろう。
北都の特使としてジャレド・ゴアを使わすゆえ、賢明かつ従順な対応を希望する。
北都の王ウィレム』
確かに、最後に書かれたサインは斜めに傾いていて独特の癖がありました。エヴァもウィレム王から直筆の手紙をもらったことがあるので見覚えがあります。でも、それだけで北都が争いを仕掛けていると見なすのは難しく感じました。東都と北都は良い関係がずっと続いていて、その輪を乱すのはむしろ不利なことと思えます。
そして、書状に書かれるデイモンズゲートとは? 北都は山脈に囲まれた自然豊かな国ですが、そんな地名や名所は聞いたことがありません。
「封印を解くいけにえ? まるでおとぎ話みたい。それとも何かの宗教かしら? どっちにしてもウィレム王から出てくる言葉とは思えないわね」
北都のウィレム王は七十に近く、人生経験が豊富な現実主義者でした。エヴァを呼び出して相談することがあっても、妻である女王や幼い孫たちの話をするばかりで、占いよりおしゃべりを楽しんでいたくらいです。
「わしもそう思う。まるで別人のようじゃ。ただ、そのいけにえは探さねばなるまい。この争いの元になっているならば……」
――ドォォォン!
轟音と共に広間が揺れました。大臣たちはカール三世を守るべく取り囲み、将軍と兵士たちは慌てて銃を構えます。遠くからたくさんの人の声と靴音が聞こえました。
「まさか、ジャレド軍が城内に侵入したのかッ? とにかく王を守れ!」
大臣の鋭い声に将軍は無線を取り出し、「現在の状況を報告せよ!」と怒鳴りました。エヴァはとっさに千里眼を使って城内の様子を探ります。
「門がすでに突破されている……城の中にたくさんの兵士たちが走り込んでくるわ……外からも外壁を上ってくる兵士たちがいっぱい……ヘンね。ジャレド軍はとても統制が取れているけれど何も感じない……あんなに大勢の兵士たちがいるのに何の感情も伝わってこない。まさかロボット? いや、どう見ても彼らは生身の人間よ……なぜ? 何も考えず何も感じないなんてありえないわ」
「ジャレドも急に人が変わったように感情をなくしたのじゃ。やつらは悪魔に心を売ったのか? たとえそうだとしても、長年一緒にいたジャレドを敵と見るなど……」
カール三世は苦悩の表情を浮かべながらも銃を手に取ります。ドォン、ドォンという轟音は止まず、それどころか段々と近づいてきていました。
「王! 逃げてください。敵軍が近づいています」
「秘密の通路へ王をお連れしろ!」
大臣たちが顔色を変えてカール三世を広間から連れ出そうとしたとき……
「逃がしませんよォ! 王をとらえるのです!」
拡声器で怒鳴る大声と共に広間の壁を鉄の塊が突き破りました。将軍が乗っていたはずの四角い大きな車が猛スピードでこちらに向かってきます。車の天井に開いた丸い小窓から小柄な老人が顔を出していました。黒いヘルメットの下で落ちくぼんだ眼を神経質そうにギョロつかせています。彼がジャレドなのでしょう。
大臣たちはカール三世を守って広間の奥に逃げ込み、将軍と兵士たちは壁を作るように並んで銃を構えます。
「ホホホホ! そんなもの痛くもかゆくもありませんよ。この装甲車がどれだけ頑丈か、将軍が一番ご存じでしょうに」
「クソッ! 我の装甲車を奪いおって」
将軍は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、無線で「王の広間に至急応援を頼む!」と指示を出しました。そうしている間にも広間を彩るステンドグラスが次々に割られて、外からジャレドの手下たちが続々と入り込んできます。どの兵士も無表情で、ロボットのように同じ動きでカール三世と将軍を取り囲んでいきます。
「カール三世よ、今すぐウィレム王の要求を呑むのが賢明と思われます」
ジャレドは装甲車から身を乗り出し、かつての主人に命令しました。カール三世は自分を守ろうとする息子たちを押しのけ、ジャレドに迫ろうとします。
「ウィレム王と直接話がしたい。話し合いで解決できるはずだ。争いは国民を悲しませるだけで何も生み出さない」
「ウィレム王はやっと気づいたのです。ぬるく甘い政治をしても強くはなれないと。真の強さを求めて世界を統一する覇王を目指しているのです。カール三世も我らについてくればわかるでしょう」
拡声器で怒鳴るジャレドにカール三世は眉をしかめるばかり。エヴァもジャレドの言うことがウィレム王の本心とは思えませんでした。
「書状に書かれていたいけにえが争いの原因か? いったい誰のことを言っている? そもそもデイモンズゲートとは何じゃ」
「真の強さが眠る聖地です」
ジャレドはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべました。カール三世とエヴァたちを取り囲む兵士たちも唇をいびつにゆがめて笑顔を作ります。人間の闇を煮詰めたような表情はひたすら不気味で広間は一瞬にして冷たい空気に包まれました。カール三世の末息子である財務大臣は思わず後ずさります。
「なんか、こいつらヘンだよ」
「おっしゃる通り。この人たちには人間の感情がない。みんな邪悪な何かにあやつられているわ。黒魔術か、それとも悪魔の仕業か……?」
エヴァの千里眼にはジャレドたちの心が墨のように真っ黒に見えています。邪な念に取り込まれている彼らとまともに話ができるとは思えませんでした。だからこそ、エヴァは近くに落ちていたがれきの破片を魔法でそっと持ち上げ、ジャレドめがけて飛ばしてみたのでした。ピストルの弾丸のように素早く、それでいてまったくの無音で飛ぶ大理石の欠片には、近くに立っていた兵士ですら気づいていない……はずでした。
――バチッ!
真正面を向いたまま、ジャレドは視線をそらさずに大理石の弾丸を粉々に砕きました。おもむろに伸ばした手は大きく広げられ、その指先十センチの空中で堅い大理石は砂と散ります。暗く落ちくぼんだ目はギョロリと動いてエヴァをとらえました。
「魔法を使うのは反則ですよ」
そう言うと、ジャレドは手のひらを高く掲げて拳を握りしめました。エヴァの頭上にぶら下がっていたシャンデリアが小刻みに震え始め、ミシミシと天井に放射線状のヒビが入ったかと思うと天井もろとも崩れ落ちてきました。
「危ないッ! 逃げて」
エヴァは近くにいたカール三世を思わず突き飛ばして、すんでのところでシャンデリアを交わしました。
さっきまで美しいシャンデリアが下がっていた天井には、ぽっかり穴が開いて星空が見えています。手も触れず、道具も使わずに天井ごとシャンデリアを落とすなんて人間の仕業ではありません。憎々しげにこちらをにらむジャレドの目が赤く光ったように見えました。
「王! 早くお逃げください。ジャレドたちはもう人の心を奪われています」
エヴァの言葉に長兄の政務大臣は深くうなずきました。大臣たちは壁にかかる大きな絵画をずらして、その後ろに王を促します。絵画の裏には城外へ出る秘密の通路が続いていました。
「逃がしてはなりません! 王と魔女をとらえるのです!」
「ええっ! 私も?」
ぎょっとして振り返ると、兵士の一人が不気味な無表情で飛びかかろうとしていました。エヴァは慌ててホウキにしがみつき、またがる暇もなく飛び上がります。不安定な空中でなんとか柄にまたがり、そのまま天井に開いた穴から外へ逃げようとしますが、上へ向かおうとするホウキはグッと何かに引き止められました。
「やられた!」
輪になったロープがホウキの穂に絡んでいます。下から兵士が力任せに引き落とそうとして、空へ向かうエヴァと綱引き状態になってしまいました。魔法の力で踏ん張っても、人間とは思えない怪力で兵士はロープをジリジリ引き寄せます。
「母さんに手を出すな!」
そのとき、聞きなれた声が鋭く響いてオレンジ色の光が飛びました。ホウキを引いていたロープに火がついたかと思うと一瞬で燃え落ち、兵士は床に尻もちをついて倒れます。
「ルーク!」
家で待っているはずの息子の登場に戸惑いながらも、エヴァはくるりと一回転してやっと体勢を整えました。フェニックスに変身したラーラの背にはサイラスとステラの姿も見えます。
「エヴァ! 無事だったのね」
金髪のおかっぱがぴょこんと飛び出し、ステラはホッとした顔で手を振りました。
「母さんが心配だからって、ステラってば全然言うこときかないの……っていうか、とんでもないことになってるね。これ、どういう内輪モメ?」
サイラスは下を見回し、将軍率いる正規軍とジャレドの反乱軍がもみくちゃになっている様子に呆れ顔。確かに、もとは仲間同士だったのですから、傍目にはとても愚かな戦いに見えるのでしょう。
「なんかイヤな感じがする。変なにおい……体中がザワザワして気持ち悪い」
あちこちで飛び交う怒声が怖いのか、どこかから漂う火薬のにおいが鼻につくのか、ステラは両腕で自分自身を抱きしめるように身を縮こませました。その不安げな姿にエヴァは焦ります。
「早く逃げましょう!」
ルークにアイコンタクトを送って天井の穴から一緒に逃げようと伝えるも、しかし……
「待ちなさいッ! その娘、まさかッ!」
ジャレドはラーラの羽毛の隙間から目ざとく金髪頭を見つけて、血走った眼をカッと見開きます。
「見つけましたよォォォォォ!」
ジャレドは地面を揺るがすようなうなり声をあげ、そのすさまじい轟音は広間の壁にびしびしとヒビを刻みました。ステラは思わず耳を手で塞ごうとしますが、その腕はまた半透明に透けてしまっています。薄紫色に色づいては赤に染まり、さらにオレンジに変化して金色に光り始めました。
「きゃあ!」
まばゆい光に驚き、ステラは声を上げながら慌てて手を伸ばしました。まるで恐ろしい化け物でも見るように、唖然とした顔で自分の腕を見つめます。
「これが……! これこそ我らが待っていた新しい力、真の強さです!」
弾む声にエヴァは下を見下ろすと、ジャレドと手下の兵士たちが恍惚の表情を浮かべていました。ステラの光る腕にうっとりした眼差しを向けています。
「どういうこと? もしかして……ステラがデイモンズゲートのいけにえ?」
エヴァの頭は混乱して何ひとつ整理がつきませんでしたが、目の前の光景を見る限り、それ以外には考えられませんでした。
「あの金髪の娘を生け捕りに! ウィレム王の元へお連れするのです」
ジャレドが見開いた目を嬉々として赤く光らせるのを見て、エヴァは背筋が凍りつきました。
――悪魔みたい。
「ルーク! 空へ高く飛んで!」
そう叫んでステラを一秒でも早く逃がそうとしますが、ルークが反応する一瞬前に兵士の一人がラーラの背に飛び降りました。天井の穴からロープをたらして素早く着地するとステラを羽交い絞めにして奪い去ります。
あっという間の出来事でした。ルークとラーラが急いで兵士を追うも、装甲車が行く手を阻み、反乱軍の兵士たちが銃を乱れ打つなかではまごつくばかり。ラーラが怖がってステラに近づくことさえできません。
「私が行くわ! ルークとサイラスは下がっていて」
エヴァはホウキを巧みにあやつり、あちこちから飛んでくる銃弾を交わしながら装甲車に近づきました。兵士がぐったりしたステラをジャレドの腕の中に渡すのが見えます。少女の意識はすでになく、それでも微かに眉をしかめるのを見て、エヴァはステラが生きていることを確認しました。
「やめて! その子は関係ないわ」
悪魔のようなジャレドの手がステラに触れることすらおぞましい。襲いかかる兵士の手をすり抜け、ときに魔法で吹き飛ばしてエヴァはステラに手を伸ばしました。小さな身体がジャレドの腕の中でふわりと浮かび上がりかけます。
「渡しませんよ」
しかし、小柄な老人は低くつぶやいてステラをさらにきつく抱きしめました。黒いマントを大きくひるがえすと、ジャレドの身体の大きさにはとうてい不釣り合いな大きさに膨れ上がります。マントはバタバタと生き物のように動き出し、こうもりにも似た翼に変わりました。大きな翼で突風を巻き起こすジャレドはステラと一緒に空へ飛び立ちます。
「そんな……! こうもりに変身?」
もはやジャレドは何者かに心を奪われた人間ではなく、身体さえも邪悪な念に乗っ取られたバケモノと化していました。エヴァのホウキは吹き荒れる風に巻き込まれ、まったくコントロールがききません。ラーラは舞い上がった埃が目に入ったのか、うずくまったまま動けなくなっています。その間にジャレドはみずから開けた天井の穴から夜空に飛び出してしまいました。
「待って!」
やっとの思いで兵士たちを払いのけ、エヴァたちが天井の穴から外に出たときにはもうジャレドの姿はなく、ただ広い星空だけが広がっていました。
魔女と大男と眼鏡少年(仮 沙木貴咲 @sakikisaki
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