第8話 ロリコン、弟子を鍛える

 それから数日。

 紺はまめと一つ屋根の下での生活を満喫していた。

 まめが迷惑を掛けた家のことを鳴海に調べてもらっているため、紺からは動きようがなかったのだ。


 襲撃に備えて敷地内の結界は強化したし、まめが見たという”魂を石化する怪異”についても調べてはいる。


 結果はかんばしくなかったが。


「んー……」

「お師様。何を唸っているのです?」

「いやな。まめがお婆さんの魂と再会した場所なんだが、おそらくは呪具を使って疑似的に再現した黄泉平坂よもつひらさかだと思うんだ」

「ヨモツヒラサカ……美味しいですよね! ヒラサカ牛のヨモツは鍋にしたものが好物でございます!」

「無理に見栄張らんで良いって。ざっくり言えば、黄泉の国あのよの入口のことだ」

「そうなのです?」

「ああ。辿り着ければだいたいの怪異はぶっ飛ばせる自信があるんだが、問題はどうやって行くか、なんだよ」

「……ちなみに、どこにあるのです?」

「あの世」


 本来ならば生をまっとうした後に、現世と別れを告げてから訪れる場所だ。

 生身のままそこに訪れるのは非常に難しかった。

 そもそも入口がどこなのかも分からない。


「一応、出雲しまねにそれらしい洞窟があった気がするけど、ガチであの世に繋がってるとは思えないしなぁ……古事記の記録とかからヒント探すくらいしかできないな」

「前に借りた呪具を――」

「まぁ、最終手段はな。揉め事は避けるに限るぞ」


 言いながら、まめの頭を撫でた紺が庭先を指差す。


「とりあえず、揉めても何とかできるだけの実力をつけるぞ」


*㌔㍉*㌔㍉*㌔㍉*㌔㍉*


 運動用の服に着替えたまめが庭先に出ると、すぐさま紺にタブレットを渡された。

 ちなみにまめは紺色のショートパンツに、胸元に『むじながはらまめ』と書かれたゼッケン付きの体操服を着用している。


 紺が持っていた体操服のサイズがぴったりだったので貸し与えたのだ。


「お師様、これは……?」


 おっかなびっくり受け取ったタブレットを眺めるまめ。


「まずは身体をほぐさないとな。その板タブレットにラジオ体操……音楽に合わせた全身運動が映るから真似して動いてくれ」

「はいです! お師様が構えている機械はなんなのです?」

「これはカメラと言って、映像を記録するものだ……弟子の成長を分析するためにも必要だと思ってな」


 ちなみに紺が構えたカメラはバズーカみたいな形状のプロ仕様。

 8Kの美麗な映像を撮れるものだ。


「お師様……小生のためにそこまでしてくださるとはっ……!」


 感動した表情のまめだが、ロリコンがロリにカメラを向けているだけだ。

 ふたり以外の耳目があれば即座に通報される案件である。


 そうとは知らないまめは、タブレットから流れ始めたラジオ体操の映像に従って動き始める。

 初めてだったこともありぎこちない動きをしたり、振り付けを間違えて固まったりするまめ。

 そもそもがそれほど身体能力が高い方ではないので、動きは完全にインドアっ子のそれであった。


「む、難しいのです……!」

「気にしなくて良いぞ。そのうち慣れるから」

「はいです」


 必死にラジを体操をするロリ。紺的には殿堂入り確定のお宝映像である。


 なんとか演目を終えて息を弾ませるまめに、紺はビデオをフォーカスする。

 白くきめ細かい肌にうっすらと汗が浮かぶ姿は垂涎モノだが、今日の紺は一味違った。


 ——風呂での失敗で学んだからな……!


 カメラを構えながらも指示を出す。

 あらかじめ用意してあった大小さまざまな岩石の前にまめを立たせる。

 どの岩石にも呪符が貼ってあり、一目で特訓用のものであることがわかった。


「まずは正確な呪力測定だ。その呪符は呪力によって軽くなる術式が描いてある。どこまで持ち上げられるか試してみてくれ」

「わかりましたっ! ふぬぬっ……!」


 当然のように一番大きな岩石へと手を掛けるまめだが、ぴくりとも動かない。

 はたから見ると、自分より大きな岩石に抱き着いているだけにしか見えなかった。


 紺としては、顔を赤くして必死に持ち上げようとする姿が眼福なのでこのまま放置でも良かったのだが、尊敬される師匠になるためにも指示をしていく。


 次々にサイズを小さくしていくがなかなか持ち上がらず、最終的にもちあげられたのは元の重さが二キロ程度のものだった。


「……これは呪力というか、の腕力かなぁ」

「こ、こんなはずじゃなかったのです……! もっとこう、軽々と――」

「まぁこれからだ。次はこっちだ」


 紺は呪符を差し出す。


「それは少しずつ呪力を吸い取る効果がある。呪力も筋肉と同じで使い続ければ多少は増えていくからな」

「そうなのですね! 頑張り――ぽぇ」


 触れた瞬間にぶっ倒れるまめ。

 呪力量があまりにも少ないため、一瞬で空になってしまったのだ。


「あー……ちょっと荒療治が必要かもしれないな」

「……………………」


 反応のないまめに、別の呪符を近づける。

 こちらは自然の中にある呪力を身体に取り込みやすくするためのものだ。


 といっても、万能には程遠い。

 平均的な呪力量の退魔師ならば回復までの時間が気持ち早くなる程度。紺のように呪力が多い人間からすれば誤差レベルの違いしか発生しないものだ。


 が。


「……ふぁっ!? なんか力がみなぎってくるのです! 今なら何でもできそうなきがするのです!」

「ほい、強制吸い取り」

「今なら九尾の狐も――ぽぇ……」

「ほい、回復補助」

「倒せる気がするのです! 小生が世界を牛耳り――ぽぇ……毎日干し芋や天ぷらを食べ放——ぽぇ……妖魔も人間も小生の下に――ぽぇ……お、お師様っ!? 小生は今、何をされて――ぽぇ」


 短時間に何度も満タンと空を繰り返しているのだ。


 どれほどそれを繰り返しただろうか。

 幼女には元気溌剌はつらつでいてほしい紺としては心が痛むが、これも本人が望んだことなのだ。


 気絶したりハイになってイキり始めたりするまめだが、ついに回復補助の呪符を当てても元気がでなくなってきた。


 ——そろそろ限界か。


「よし、ここまでにしておくか」

「ぽぇ……」


 紺は倒れ込もうとしたまめを抱き留め、そのままお姫様抱っこをする。当然ながら、回復補助の呪符を当てっぱなしにしている。


 すぐに全快とはいかずとも、自然回復よりは早く元気になるはずである。


「よく頑張ったな。ちょっと休憩したら昼ご飯にしよう。何か食べたいものあるか?」

「……う、うなぎ……精をつけないとマズい気がするのです……」

「分かった分かった」

「……骨せんべいも食べたいです……」

「分かったよ。精をつけたいなら肝焼きとかは?」

「……苦いから食べられないのです……」


 ごもっともな意見である。


「出前が来たら起こしてやる。寝られるならちょっと寝ておけ」

「……すぴ」


 素直すぎる弟子の寝顔を見て、紺は頬を緩めた。


 ちなみに、午後からは呪符に描く図形や文字の書き取りを練習し、再び呪力が枯渇することになるのだがそれはまた別の話。

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ロリコン退魔師・路里紺の人外楽園計画♡ 吉武 止少 @yoshitake0777

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