第7話 ロリと煩悩、そして悟り

 まめのを聞いた紺は即座に鳴海へ連絡を入れた。


 被害を受けていそうな退魔師の家は一応リストアップしたので、様子を窺ったり謝罪をするためだ。

 といってもあやふやなまめの記憶だけが頼りだ。


 紺の知識とあわせて特定できた退魔師の家は7つだけだ。


 ただし問題が一つ。


 ——どの家も、あんな式神を操れるような術式は持ってなさそうなんだよな。


 まめと関係する退魔師だけでなく、紺が知る限りではああいう式神に心当たりはなかった。


 戦闘だけ、会話だけ、というならば出来ないこともないだろうが、両方を熟せる式神ともなれば家の秘伝——それも奥義レベルの術式だ。


 ——まめに意趣返しをするためだけにそんな秘匿された術式を晒すか……?


 術式は退魔師の生命線だ。

 どれほど強くとも、内容が割れてしまえば対策される恐れがある。

 どの家でも、秘伝や奥義は耳目に晒さず、使う時はというのが常識だった。


 ——まめの保護者をしていた婆さんについてもそうだ。


 人の魂を食らう怪異ならば聞いたことがある。

 だが、魂を縛るだけ縛って放置するのは意味が分からない。


 紺が思考の海に沈んでいると、目の前のまめが動いた。


「お、お師様……!」

「ん?」

「あの、怒って、おられます……よね?」


 無言を怒りと勘違いしたのか、まめは頭を下げていた。ぎゅっと目を瞑り、ぷるぷると震えるケモ耳は、怒られることを恐れてのものだろう。

 もちろん、紺はその程度で怒るような男ではない。

 男ならば放り出しているだろうし、祖父ならば激怒して飛び蹴りしているだろうが、相手はまめだ。


 ——プルプルおみみ、てぇてぇ。


 震える耳をみて知能が退化するほど感動していた。


「ま、まめにできることならなんでもします! お婆ちゃんを家族と会わせてあげたいです! ですから見捨てないでほしいのです!」

「涙目てぇてぇ……!」

「はい、お怒りはごもっと……も? ……今、何と?」

「あ、いや何でもない。別に怒ってなんかないし見捨てないよ」

「っ!」

「間違ったら叱るって言ったろ。この程度で見捨てる訳ないだろ」


 言いながら頭を撫でる紺を、まめは感動したように見つめていた。

 尊敬のまなざしである。


「で、では小生を鍛えていただけるのですね!?」

「ああ。さっきの式神みたいなのが来たらいくらでも撃退してやるし、魂の石化を解く方法も一緒に考えよう」

「お師様……っ!」

「だが、まずはゆっくり休んで英気を養わないとな。風呂に入って、それから出前でも取ろう。寿司は好きか?」

「はいですっ! では不肖、このまめがお師様のお背中をお流しいたしまする!」

「!?!?!?!?!?!?!?」

「お、お師様……? 何か気に障ることでも――」

「いやないぞさぁ風呂だすぐ入ろう今入ろう!!」


 千載一遇のチャンスを逃さないためにも、紺は半ば連れ去るように脱衣所に突撃する。


 りガラスの引き戸を思い切り開けるとそこにあったのは総ヒノキの風呂だ。旅館ほどではないものの、ひとりで入るにはあまりにも大きなサイズの浴槽には、お湯どころか水もなかった。


「くぅっ……かくなる上はぁっ!」


 紺は呪符を構えた。惜しげもなく複数の呪符を投げると、呪力で水が召喚され、適温になりながら浴槽へと落ちていく。


 あっという間に湯気を立てる風呂が用意された。


「おおおおっ! お師様すごいですっ!」


 目をキラキラさせたまめがお湯に手を入れ、温度を確かめる。

 お気に召したらしく、こぼれんばかりの笑みを浮かべていた。すぐさま脱衣所に戻ると、恥ずかしげもなく服を脱ぎ始めるまめ。


 下着姿になるとぺたんと床に座り込み、衣服を畳み始める。


「えっと、袖がこっちで……こう! ふふん、どうですかお師様! 綺麗にたためました!」

「おお、上手だ。すごいぞ」

「お婆ちゃんに習ったのです!」


 アニメキャラがプリントされたランニングや、太腿周りにもゴムが入ったかぼちゃぱんつを脱いだまめが仁王立ちになる。


 ドヤァ、と薄い胸を張った姿に、 紺は心の中でスタンティングオベーションを送る。


「お風呂なんてお婆ちゃんと入って以来です! 楽しみなのです!」


 夢にまでみた神秘が目の前にあった。

 あばらの浮いた薄く細い身体。華奢な四肢。日を浴びることのない肌は新雪のように白く、紺の視線を吸い寄せて離さなかった。


「お師様のもたたみまする!」

「えっ、あっ……そ、そうだな……! いや、すまん。ちょっとトイレに行くから先に入ってててくれないか」


 ロリコンとしては至極当然の生理現象が紺の野望を阻んでいた。

 下半身がスタンディングオベーションしているのだ。


 ——どうする……どうすれば良い?


 紺の脳裏に作戦が浮かぶものの、すぐさま消えていく。


 作戦1。

 パオーンするのはロリコンとして当然なので堂々と入浴する。


 ――駄目だ。質問されたら死ぬ。月瀬さんに知られても豚箱逝き間違いなしだ。


 作戦2。

 今この瞬間、急に風邪気味になったのでお風呂は見送る。


 ——駄目だ。まめがこんなに楽しみにしてるのに断るなんてできるはずがない……っ!


 究極の選択を迫られた紺は、未使用のバスタオルをつかみ取る。葛藤のためか、指が白くなるほど強く握り込んでいた。


「ぐっ……ぐぐぐっ……!」

「お師様? どこか具合が悪いのです? 苦しそうです」

「いや大丈夫だ……まめ。異性と風呂に入るときは……くぅっ……! 身体にバスタオルを巻くんだ……!」

「そうなのですか? 巻くのです!」

「ぐぐぐっ……俺の桃源郷がぁっ……!」

「どうしたのです?」

「なんでもない……ぐすっ……俺もタオルを巻く……」


 路里・紺、20歳。

 ガチ泣きだった。


 タオルや泡を駆使した密林にパオーンを隠した紺は、結果的に無事まめと一緒にお風呂に入ることができた。


「ふぁ~! 良いお湯だったのです!」

「帰命無量寿如来、南無不可思議光」


 生殺しの状態で理性を失わないよう、一心不乱に念仏を唱えるはめになったが。


「……お師様……?」

「ああ、すまん……煩悩と戦っていたら、ちょっと悟りを開いていただけだ」


 小五ロリだけに。

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