第5話 ベツレヘムの星

「命に別状はなさそうです。必要なのは休息と栄養ですね」


 歌が終わる頃に、ハインツ伍長が戻って大尉に報告をした。

 傷口は寒さのせいか膿むこともなかったらしく、清潔な包帯をハインツ伍長はロビンに渡した。


 今度はロビンが、お礼にと、ポケットから食べかけのチョコレートを出した。だが、大尉は、怪我人に後で食べさせろと言ってきかない。


 その言葉にアメリカ兵は感謝しながら、怪我人のハリーもチョコレートを持っているから大丈夫だと譲らない。


 大尉は困ったようにブーツを脱いで、皆に見せた。


「サンタのプレゼントをもらうには、靴下に穴があいているんだ」


 親指が飛び出した靴下を見せると、ドイツ兵たちは大笑いした。通訳してもらったジムもロビンも慌てたように靴を脱ぐと、その穴の開いた靴下を見せて笑った。グスタフも、ヘルマンも負けじとブーツを脱いで穴の開いた靴下を見せた。ハインツ伍長に至っては、親指どころか、中指までの三本の指が飛び出した靴下を見せて、皆で大笑いをした。


 結果、チョコレートの半分は私がもらうことになり、残りは怪我人のハリーに残すことになった。


 笑いを納めると、母の提案で、みんなで星空を見ることになった。


 外に出ると雪はいつの間にか止み、森の夜空には星が瞬いていた。見上げている間、皆の白い息がたなびくだけだった。

 全員無言だったが、食卓を挟んで睨み合っていた時とは違う距離感だった。


 ある者は、異国の星に心打たれ、またある者は、故郷の星をあと何度見ることができるのかと思ったのだろうか。


 そのうち、誰かが上を向いたまま目を拭い始め、そして誰ともなく鼻水を啜った。そこで初めて彼らが泣いていることに私は気付いた。


 どれがベツレヘムの星なのかわからなかったが、室内に戻ろうとした時、ふとジムが、薪の上に並べられた銃に視線をやったのが見えた。

 私は無意識のうちに、ジムのズボンにしがみついて、その顔を見上げた。

 ジムは、すぐに笑って、私の髪を優しく撫で、部屋に入っていった。


  ◇


 翌朝、意識を取り戻したハリーが、オーツ麦の粥で朝食を恐る恐るとっている隣で、ジムと大尉が地図を広げていた。


「その道は危険だ。既に我が軍の大隊がいる。それよりも、この森を北西に抜けたほうが、幾分か手薄だ」


 驚いたことに、大尉は、友軍の位置をアメリカ兵に教え、そして自分の持っていたコンパスをジムに与えた。


 他の兵隊たちは既に服を着て、母の出してくれた大麦のコーヒーを啜りながら、外の様子を窺っていた。まだ辺りは薄暗かった。


「そろそろ、出発しよう」


 先に三人のドイツ兵が出て、辺りの様子を確認した。

 そして、手招きされたアメリカ兵がそれに続いた。ハリーはロビンに支えられながら、自分の足で歩いていた。ハリーの怪我した部分には、ハインツ伍長の白い包帯が巻かれていた。


 最後に大尉が、玄関で母の手を握って心からの礼を言った。


 別れを済ませると、私も外に出て、彼らを見送ることにした。


 うっすらと靄がかかり、そこに朝日が射しこむと、とても幻想的な光景になった。まるでこの出来事が全て夢で、彼らが戦場を彷徨う幻のように見せた。


 ドイツ兵が薪の上の銃を取り、同じようにアメリカ兵が自分たちの銃を担いだ。


 すると、ジムは銃のボルトを引き、大尉に中を見せた。そこに弾は入ってなかった。撃ち尽くしていたのだ。


 大尉は驚かずに微笑んだ。知っていたのだろう。


 そして互いに手を振ると、ドイツ兵は東へ。そしてアメリカ兵は西へ歩き出した。


 敵として出会い、友人として別れた兵士らの姿は、明るい靄の中に溶けていった。


 母が涙ぐみながら祈りを捧げ、マタイ伝の一節を口にした。


「……彼らは、別の道を選び、それぞれの故郷を目指した」


 遠くで砲声の音がこだました。


 彼らは、別の道を選び、それぞれの故郷を目指した。

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【短編】大きな戦争の小さなクリスマス休戦 玄納守 @kuronosu13

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