第4話 きよしこの夜
ろうそくの頼りない灯りに照らされた、アメリカ兵が二人立っていた。無言のまま、四人のドイツ兵に対し、両手を見せるように後ずさりをした。
一方で、ドイツ兵もアメリカ兵らを警戒し、背中を見せまいと身構えている。ただただ、その場には緊張が流れていた。
「大尉、帽子とコートはそちらに」
母は、何事もなかったように、壁の帽子掛けを指さした。その言葉に、大尉が帽子に手をかけると、それを遮るように、アメリカ兵が母親にフランス語で怒鳴った。
訳せと言っているのだろう。
他のドイツ兵は二人の会話に、様子を伺っている。アメリカ兵も、母と話しながら、その目を四人のドイツ兵の一挙手一投足まで見逃さないという視線を送ってきた。
そのうち、母親の話した言葉に納得したのか、アメリカ兵は頷いた。
「アメリカにも、家に入ったら帽子を取る習慣はあるそうです」
母親の気の利いた言い方に、大尉はニヤリと笑った。
それを合図に、ドイツ兵は帽子やヘルメットを取り、雪で濡れたコートも脱いで、壁に掛けた。
「奥さん。床を濡らしてしまい申し訳ない」
「気にしませんわ」
そう言うと、すぐにその言葉をフランス語でアメリカ兵にも伝えた。
「どうぞ、お掛けください。さあ、食事の準備をしましょう。フリッツ、手伝って」
私は母について、台所に入った。母は小声で私に指示を出した。
「人数分の食事を用意するわ。ワインは少し水で薄めて鍋に掛けて。鶏も全部、差し上げましょう」
「お父さんの分は?」
「大丈夫。お父さんは、何か仕留めて帰ってくるわ。空腹は人を狼にするわ。急ぎましょう」
鶏もオーブンで温め直し、じゃがいものスープは煮詰まらないように水を足して量を増やし、そこに父が大切にしていたとっておきのチーズを全て流し、ふつふつと煮立たせた。
一方で、水で薄めたワインにドライフルーツを入れ、それも火に掛け、香りが立ったところで、それを六杯分のグラスやカップに分けた。
そのカップを盆にのせて、食卓に戻ったが、なおも、ドイツ兵とアメリカ兵は、無言のまま、食卓を挟んでにらみ合ったままだった。
母は、急いで六人が座れるように、空の樽や木箱を足りない椅子代わりに並べ、シーツを食卓に敷き直し、ろうそくを再び置き、じゃがいものスープの入った鍋と、ローストした鶏を皿に乗せ、大きなナイフとフォークとスプーンを並べ、ついでに小さなパンの一欠けも一緒に並べた。
並べ終えた後に、母は、この緊張に耐えかねたように、静かに口を開いた。
「聞いて。あなたたちは、全員、誰かの子供で、今はこの家の子供なの。誰かの銃弾で、友人が命を落としたかもしれないけど、目の前の人は今は敵ではないの。ここには、森の中で友人が怪我で苦しみ、それを助けようと思っているアメリカ人と、同じように森の中を彷徨って、疲労困憊で一夜の宿を求めたドイツ人がいるだけ。この特別な夜に、わざわざこの家で殺しあったり、憎しみあう必要はないわ。全てを忘れ、ただ、一晩、よく食べ、よく眠って過ごすだけのことなの」
母が、それをアメリカ兵にも伝えるために、フランス語の言葉を探しているとき、ドイツ兵のハインツが口を開いた。
驚いたことに彼が話すのは英語だった。驚きながらもジムとロビンは頷き、そして母親に向かって、もう一度頷いた。
「彼らは、彼女の提案に同意しています。大尉は、いかがいたしますか?」
大尉は濡れた金髪の髪をかき上げて、笑顔を見せた。
「ハインツ伍長。私が、『この雪の中へ戻ろう』と言うとでも思ったか? もちろん、我々も同意だ」
そういうと、率先して椅子に座り、そして部下にも、またアメリカ兵にも、椅子につこうと促した。
「奥さまに失礼があってはいけない。せっかくのもてなしの前で、冷めるまで待つ合理的な理由はない」
大尉なりに、この緊張を和らげようとしていたのは明白だった。
そして全員が食卓についたのを見計らって、母が祈りをささげた。
「主よ、どうぞお越しください。私たちの客となってください」
その言葉に、皆が目を閉じ、そしてそれぞれの言葉で、その夜に感謝した。
◇
少量のワイン、そしてじゃがいものスープは、ものの見事に消え、そしてローストされた鶏は、ドイツ兵のヘルマンによって綺麗に切り分けられ、それもあっという間に消えた。ヘルマンの実家が料理屋だったらしい。聞くと、まだ十六歳だった。
その時、私の部屋から呻き声が聞こえた。
「彼の容態は悪いのか?」
大尉の言葉をハインツ伍長がロビンに伝えると、ロビンは泣き出しそうな顔でハインツ伍長と何やら話をしていた。
「一度、私が診てもよいですか?」
大尉に確認を取ると、もちろんだと大尉はハインツ伍長をロビンと一緒に部屋に向かわせた。
「ハインツは、医学生だったんだ。アメリカにも留学していた」
大尉はそう私に教えてくれた。
「こっちののっぽは、グスタフ。こいつは音楽大学で声楽家を目指していたんだ」
そういうとグスタフは、私に向かって微笑み、手を振った。十八歳だった。
大尉は胸のポケットから煙草を取り出すと、それをグスタフとジムに勧めた。グスタフは断ったが、ジムは嬉しそうに受け取った。
大尉が咥えた煙草に、食卓のろうそくで火を点けようとすると、ジムがすかさずポケットからライターを取り出し、「ポッ」という音と共に火を差し出した。
「ありがとう。ジッポじゃないか。良いライターだ」
「どういたしまして」
大尉のドイツ語にジムは英語で返したが、会話が成立していたように思えた。そして、そのライターを大尉にそのまま渡した。
「プレゼントだ」
その言葉に大尉は驚き、そして蕩けるような笑顔を返した。
「メリークリスマス。1914年に西部戦線でもクリスマス休戦があったそうだ。そこでもこうやって、煙草を分け合ったというが」
そして、なおも何か自分が渡せるものがないかとポケットを探り、思い出したように、隣のドイツ兵、音楽大学に通っていたグスタフに言った。
「グスタフ。何か、歌ってくれ。アメリカ人にプレゼントだ」
グスタフは困ったように笑いながら、
「では一曲。あまり大きな声は出せませんが」
と、小さな、しかし美しい声で歌い始めた。
清しこの夜 星は光り
救いの御子は 御母の胸に
眠り給う 夢安く
この夜に相応しい歌だった。
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