第二話 乙女の秘密

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翌朝七時、俺は悲鳴と共に目を覚ました。

 寝巻きの上から上着だけ羽織り、悲鳴の聞こえた上の階に向かう。階段を上がると谷崎さんがすでに部屋の前に立っていた。

「どうかされたんですか?」

「分かりません。たまたま部屋の前を通ったら悲鳴が聞こえたんです」

 複数人が階段を駆け上がる音が聞こえてくる。

「どうしたんですか?悲鳴が聞こえてきたんですが」

 困惑な表情を浮かべた中島さんが息を切らせながらやってきた。その後に続いて犬飼さん、メイド服を着た知らない中年女性も来た。

「いったいなんの騒ぎだ?こっちは夜明けまで仕事して疲れたっていうのに」

「ここの部屋って・・・」

「宮沢様とナオミ様のお部屋です」

 鳥肌が立った。急な動悸に息遣いも荒くなる。

「おい!宮沢、どうしたんだ!?」

 ノックをするが返事が来ない。 

 もうこうなったら蹴破るしか・・・そんなことを考えた時だった。"ガチャ"と扉の鍵の開く音がした。

 目の前には宮沢が立っていた。

「大丈夫か、何かあったのか?」

「死んだ」

「え?死んでる」

 聞き間違いかと思ったが宮沢は確かに死んだと言った。恐る恐る尋ねる。

「だ、誰が??」

「ナオミだよ。朝目覚めたらベッドの上で死んでいたんだ」

「そんなまさか」

 俺は信じられず部屋の中を見た。目を見開き仰向けでベッドに倒れ込んでいるナオミさんの亡骸がそこにはあった。

「貴方がやったんじゃないの?」

 その言葉を発したのはメイド服の中年女性だった。

「何を言っているんですか。そんなわけないじゃないですか!」

 怒りを露わにする俺を尻目にその女性は宮沢の右手を指差した。

 ネクタイだ。喪服用ではない高級感のある黒いネクタイを宮沢は握りしめていた。

「とりあえず容疑者は別の部屋に拘束しよう。それで警察にも連絡を」

 そう言う犬飼さんは敵意に満ちた目でうずくまっている宮沢を見下ろしていた。

「まだわかんないじゃないですか。外部の犯行だって・・・」

「それはないですよ」

 遅れてやってきたのは少し気怠げだが気品に満ちたオーラを纏うカレフさんだ。

「昨日の夜、外は豪雨、侵入しようとしたら窓辺や玄関口のあたりは泥や木葉、靴跡といった痕跡が残っているはずだ。しかし、今回そのような痕跡はなかった。これは犯人は内部犯であることを指している」

「じゃあやっぱりコイツが」

「違う!俺はやってない」

 魂の底からの叫びだった。俺の親友は今涙を流し、俺たちに訴えかけた。

「カレフさんも宮沢が犯人だと言うんですか?」

 俺は混乱している宮沢を起こす。

「太宰さんはどうお考えですか?」

「決まってます。コイツは犯人じゃない」

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とりあえず部屋の一室に宮沢を拘束すると言うことを条件に話がまとまった。

「大丈夫だ。俺が無実を晴らしてやるからな」

「ありがとう太宰」と笑顔を見せる宮沢だったが、体は震えていた。

「大丈夫だ。お前は何も心配することはない」

扉を閉める時宮沢は少し安堵した表情を向けていた。

「で、どうするんですか太宰さん。状況的に宮沢っていう奴が犯人なのは確定。おおかた痴情のもつれでしょうな」

 犬飼は庇った俺をなじるように言葉責めをしてくる。

「まぁまぁ、太宰さんの気持ちもわかります。親友が殺人犯として疑われていたら私だって同じ選択をしたでしょうから」

 カレフさんは優しく犬飼を諭し、他のメンバーに俺たち二人だけにしてもらえるように言ってくれたのだ。

「あの、ありがとうございますカレフさん。俺・・・」

「気にしないでください。身内を守りたい気持ちはわかりますから」

「じゃあ、推理を」

「残念ですが、私も彼らと同じ宮沢さんが犯人だと思います」

 てっきり協力してくれるものだと思っていた。

「なんで、、じゃあどうしてあんなこと」

「あれではフェアではない。一方的に話を進め、犯人を決めるのはミステリーのルールに反する。機会を与えねば」

 何を言っているのだろう。最初に出会った時の浮世離れした姿は聖霊のようだった。

 だが、今では人を惑わすゴーストのようだ。

「真実を明かしますよ。貴方の助けを借りなくてもね」

 それを聞いたカレフは微笑みを浮かべ、去り際、「館のことは自由に見て構いませんので、お好きに推理なさってください。楽しみにしていますから」とだけ言い、立ち去った。

 (楽しんでいる!)

 そんな不快感を抱えながら一人窓に映る自分の顔を見つめる。

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 とりあえず、館にいる人間に事情聴取を行う。

 推理小説をかじった程度の俺には、探偵役は荷が重いが、そうも言ってられない。

 まず一番まともそうな人間に俺は声をかけた。

        供述 谷崎純

「谷崎さんすみません!」

「どうかされましたか太宰様」

 谷崎さんはキッチンで銀食器を磨いていた。

「先ほどの宮沢様の件でしょうか?」

 表情に出ていたのだろうか。心配そうに俺の方を見る。

「ええ、まぁ・・・」

「確かにあんな壮絶な場面に出くわしては無理もありません」

「あの、昨日の夜どこでないをしていましたか?ええっと、言いにくかったら大丈夫なんですが」

「大丈夫ですよ。昨日確かにこの館にいたものでしたら容疑者になり得ますから」

 優しい顔だ。だが、この人が殺人犯かもしれない。

「俺達は午後七時に夕食、そして午後九時にお開きになり、午後十時にカレフさんへの取材になりました。そして俺と犬飼さん、中島さんの三人が泥酔した宮沢をナオミさんが部屋へ連れ帰るところを午後十時十分ほどの時間に目撃しています。そうすると、午後十時十分から俺たちが発見する午前七時の間に犯行が行われたことになります。その間どこで何をしていましたか?」

 静寂の中、唯一沸騰するお湯の音だけが聞こえてくる。

 銀食器をテーブルに置き真剣な眼差しを向ける。

「昨日私は皆さんが食べ終わった皿やフォークなどを小埜寺さんと一緒に片付けていました」

 小埜寺・・・?

「さっき現場にもいたハウスメイドの方です。太宰様は会われていませんでしたね。夕食は彼女が作ってくれたんですよ。それで片付けが終わったのは二十四時過ぎでしたね。そのあとはベッドで寝ていました」

      供述 小埜寺あきこ

「昨日ですか?確かに遅くまで谷崎さんとお片付けをしていました。その後は自分の部屋に戻りましたよ。その時、谷崎さんが紅茶とお茶菓子を持ってカレフ様の書斎に入っていくのを見ましたよ」

 鍋を煮込みながらめんどくさそうに俺の質問に答える。

      供述 犬飼朔太郎

「昨日は確かカレフさんの取材を終えて、一人部屋で酒を飲んでいましたよ」

「その時何か大きな物音とか聞こえませんでしたか?」

「さぁ、わかんないですね。まぁまぁ酔っていたんで、、起きたのも宮沢さんの叫び声でしたし」

       供述 中島慧

「私は取材を終えた後、エントランスで雑誌を読みながらタバコを吸っていましたね。多分、部屋に帰ったのは一時だったと思います」

「その時気がついたことってあったりしますか?」 

 現状わかっているのは全員にアリバイがないことだ。だが、宮沢以外の全員にナオミさんを殺す動機は無さそうだ。

「二十四時過ぎにメイドの人が三階に行くのを見ましたよ」

「三階・・・」

 改めて俺は谷崎さんから聞いた部屋割りのことを聞いた。

1階 谷崎さん、小埜寺さん

2階 俺、中島さん、犬飼

3階 宮沢・ナオミさん

4階 カレフさん

となっていることを聞いた。

「何のために三階に??」

「推理しているんですか太宰さんは?」

「親友のためですよ」

「ああ、そういえば、不思議に思ったんですよ」

「何がですか?」

中島さんはタバコを灰皿に押し付けると、唇に手を当て上を見ながらつぶやいた。

「どうしてカレフさんは検死をしなかったんでしょう?」 

 確かにそうだ。カレフさんは死体を現場に野晒しにしておいて検死どころか近くで状態の確認も行わなかった。

「ドラマとかの見過ぎかもしれないんですが、あれが普通の探偵のやり方かもしれません」

      供述 宮沢匠

 あいにく、扉越しの取り調べになってしまった。

「なぁ!太宰、俺はやってないんだ。あの探偵にもそう説明してくれ!」

「ああ、わかっている。お前はそんなことする奴じゃないってことを」

 扉の奥では啜り泣く声が聞こえ、震えているのがわかる。

「なぁ、警察はどうなんだ。いつ来る?」

「さっき電話したからもうすぐくると思う」

 山奥のため時間はかかるが昼前ぐらいには着くだろう。

「そういえば、お前持っていたネクタイはどうした?ナオミさんは絞殺された状況的にそのネクタイが凶器だろう」

「ああ、なぜか起きた時から握っていたんだ。多分部屋の入り口にあると思う」

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 部屋に行き落ちていたネクタイを拾い上げる。

       供述 カレフ

 谷崎さんに書斎にいるカレフさんの元を訪れる。

「なるほどね。私も容疑者の一人というわけか」

 朝会った時よりも表情が豊かになっている。よほど楽しんでいるようだ。

「一つ聞きたい。どうして検死をしなかったんですか?」

「簡単だよ。あれは絞殺死体で宮沢匠が犯人だとわかったからだよ」

「本気ですか?!」

「本気だとも」

 昨日とは打って変わって挑発的だ。

「・・・・!」

 怒りを抑え、無言で部屋を立ち去る。

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 こうなったら自分で調べるしかない。

 誰にも頼れない状況で俺は一人で現場を調べに向かった。

 改めて見ると身も毛もよだつ現場だ。ベッドやテーブルは綺麗にされているが、それが逆にベッドの上で死んでいるナオミさんが異様に際立っていた。

「谷崎さんもすみません。お忙しい中」

「いえ、カレフ様のご命令で太宰様をサポートするようにと承っておりますので」

 なるほど監査役といったところだろう。

 死体を調べてみるが絞殺されたこと以外に特徴がない。ベッドも綺麗整えられている。

 ベッドの下を見ると昨日夕食で出されたワインボトルを見つけた。

「何か変な匂いがする」

「これはマイスリー、睡眠薬などに含まれる成分のものです」

 気がつくと谷崎さんが真横に立っていた。

「わかるんですか?」

「以前は医師として働いていましたから」

 何なのだろう。谷崎さんの経歴が気になってくる。

「まだ少し残っているようです。警察が来たらきちんと検査をしてもらいましょう」

 もう一つベッドの下で何か落ちていた。

「携帯?」

 男物ではないスマホカバーからしてナオミさんのものだろう。

 開いてみるとロックもかかっていない。

 何かヒントにつながるものはないかと探ってみるとメッセージが大量に届いていることに気がついた。開いてみると驚愕した。

 そこには宮沢じゃない男から『ホテルで会わない?』かと言うメッセージが届いていた。それも一人や二人だけではない十人ほどが食事やデート、ホテルに誘うものだった。

 次に写真も開いてみたが、どれも男と写っているものばかりで、中には行為の最中のものまであった。

 そして写真を遡っていくことで一枚の写真に目が止まった。

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太宰の探偵 鹿嶋志 @kasimasi3

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