太宰の探偵
鹿嶋志
第一話 探偵との晩餐
〝お願いあなた‥‥だけ、でも〟
これが母親との最後の記憶だ。そしてこの出来事を一生忘れることはできないだろう
1
横浜の都市部を抜け、山林が生い茂る道を俺は、ある目的、ある場所を目指して中古で買った青色のジープを走らせている。
別に旅行でもないし、デートですらない。二十五年生きてきて彼女ができたのは大学の新歓での一度だけだ。その彼女も三ヶ月で別れて今では、一児の母になっているのだから時の流れとは残酷だ。
『じゃあなぜ?』と思うだろう。それもそうだ。こんな民家もなく、長距離トラックのドライバーぐらいしか通らない場所に何をしに行くのかと。
答えは仕事だ。編集長の坂口さんに命じられたのだ。『横浜のはずれの館に住む探偵に取材しろ』とのことだ。
「はぁー、人使い荒い人だな」ぼやいてみたが現状は変わらない。
カーナビではあと十分もすれば目的地に着くとのことだ。
十分後
目的の館が見えてきた。遠目から見ても立派なつくりをしている。ジャコビアン様式のようだ。
門の前に車を止めると、数秒後に開いた。
そのまま走らせると、わきに駐車場が見えた。
俺はそのまま駐車場に止めて館の方へ足を進める。駐車場には、俺以外にも先客がいるようで五台の車が止められていた。
館の玄関口の前に立つ。シンプルだが、造形に凝った扉の横にあるインターフォンを押す。
十数秒経ったが反応がない。
「にしても、なんでこんなところに館を」
「それは先代の当主様が避暑地としてこの館を立てたからですよ」
「‥‥?!」
背後から声が聞こえたので、思わず振り返る。
そこには、黒縁眼鏡に白髪の老齢の執事姿の人物が静かに立っていた。
「お待ちしておりました太宰様」
「ど、どうも」
「では館内を私、谷崎がご案内させていただきます」
礼儀正しい執事に案内されるまま部屋に通された。
「カレフ様、本日最後のお客様の太宰様が到着なさいました。お部屋にお通ししてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
部屋の中から若い中性的な声がした。
通された部屋は書斎のようだ。本棚には小説や画集、歴史書などが納められていた。
「ようこそ。遠い所からご足労頂きありがとうございます。私がこの館現当主のカレフといいます」
「は、初めましてミステリーズマガジンの太宰龍之介と申します。本日は取材を受けていただきましてありがとうございます」
ジャケットの裏ポケットから名刺入れを出し、失礼が出ないようになるべく下の方から名刺を相手に出した。
「そんなに畏まらないでください。私としても、探偵業を世間に知ってもらえる機会なのでミステリーズマガジンさんには大変感謝をしております」
現当主というカレフという人物は、声もだが、見た目も中性的な姿をしている。金髪のロングヘヤ―、右耳に彗星のピアスが特徴的だ。それに合わせてなのか、服装もゆったりとした緑色のカーディガンに白のシャツ、黒のスラックスだった。
「あの、さっき執事の谷崎さんが“最後のお客様”といっておりましたが他に誰か?」
「ああ、そうですね。あなたの他に取材したいという方が二人と若いカップルの方がいます」
なるほど。運よく取材にありつけたは俺だけじゃないってことか。
「取材は夕食の後、個別に応じさせていただきます」
「わかりました」
「あと今日帰られるのは、やめた方がいい。ニュースで今からゲリラ豪雨になるそうなので」
「お気遣いありがとうございます。では、そうさせていただきます」
「谷崎お客様をお部屋までご案内差し上げてください」
「かしこまりました」
館内は赤いカーペットが敷かれ、雑誌で見た旧岩崎邸のような内装だ。
「あの現当主の方って、結構若い方ですね」気まずさに思わず質問をした。
「カレフ様のお父上、先代当主様は、三年前悪漢に襲われ殺害されたのです。そして若くしてカレフ様が襲名なされたのです」
「すみません。そうとは知らず無神経なことを聞いてしまって」
「いえ、先代当主様は、政治家として活動されていました。元々反感を買いやすい性格をされていましたので、反対派閥からかなり目をつけられていました。おそらくは‥‥」
どうやら執事も先代当主とやらに対して並々ならぬ思いがあるようだ。
「少し話過ぎたようです。こちらが太宰様のお部屋になります」
「どうも」
「ご夕食の時間は十九時になります。お時間になりましたら一階のエントランスにお集まりください」
そう言って谷崎さんは部屋を後にした。
俺は疲れもあってベッドに倒れこんだ。
シーツがかび臭くなくて温かい。清掃が行き届いている証拠だ。
「編集長からの連絡はなし。ついでに他の奴からの連絡もなし‥‥」
ここ最近、仕事以外で連絡は全くない。だが、ついつい確認してしまう。
「はぁー。記事の内容を考えないと」
休んでいる暇はない。ここの取材記事を考えるほかにもやらなければいけない仕事があるのだから。
バックからPCを出し立ち上げる。
ここは静かでいい。都会の喧騒から離れて集中して作業することが出来る。
気づけば時間は十八時半だ。取材道具の録音機とスマホだけ持ってエントランスへ向かう。
場所に着くと、俺よりも先に二人の男女がソファーへ腰かけていた。どことなく男の方は身に覚えがあった。
「もしかして、宮沢か?」
座っている男が顔だけ俺の方へ向ける。
「ん?‥‥太宰じゃないか!」
「なんでこんなところに?」
そこにいたのは大学時代の悪友の宮沢だった。
「そっちこそ」
「俺は仕事だよ」
「あー、そういえば前に雑誌の記者って言っていたな」
宮沢は確か仕事の関係で海外へ行っていたはずだ。
「俺は昨日アメリカから帰ってきて、今日彼女とドライブだったんだけど、車がパンクして困っていたところをここの執事さんに助けてもらったんだ」
「そうだったのか」
「そうだ。まだお前には紹介してなかったな。俺の彼女のナオミだ」
「初めまして、ナオミといいます。匠さんとお付き合いさせていただいています」
美人だ。宮沢が大学時代付き合っていた誰よりもきれいな人だ。身長は百五十センチ前後で華奢だが、可愛らしさもありながら海外にいそうな少し大人びた女性だ。
「初めまして。俺は太宰といいます。宮沢とは大学時代からの友人です」
やはり美人と話すと緊張してしまう。少しぎこちなく挨拶をする。
「美人だろ。俺の彼女」
すごいと言ってほしいのか自信に満ちた顔を向ける。
「ああ、そうだな。羨ましいよ」
毎度のことだが、宮沢は彼女を自慢したがる。俺だけにじゃない。他の奴にも自分の彼女を自慢して回っている。そのせいか、大学2年後半になると、【宮沢は彼女を自分のアクセサリーのように扱っている】と悪い噂が立つようになり、卒業するまで彼女が出来なかったそうだ。
「だろう。ナオミとは行きつけの喫茶店で知り合ったんだ。俺の一目惚れだ」
なんとまぁ幸せな顔をしている。テンションが上がっている宮沢とは対照的にナオミさんは上品な笑みを浮かべている。
俺たちが話し込んでいるうちに時間になって、谷崎さんがエントランスに現れた。
「ご夕食の準備が整いましたのでご案内いたします」
気づくと俺たち以外のメンバーも集まっていた。
部屋に通されると、今回取材対象のカレフさんが席についていた。
「皆さんどうぞお座りください」
まるで貴族や王族になったみたいだ。豪華な料理の品々。テーブルに灯されている歴史を感じさせるような燭台。ピカピカに磨かれた銀の食器。全てにおいて一流なものがそろっている。
「お酒も各種そろえておりますのでお楽しみください」
そう進めるカレフさんのグラスは水が注がれていた。本人はお酒があまり得意ではないようだ。
「ところでカレフさん。先月解決された山梨県連続通り魔事件を解決された推理をお聞かせ願えないでしょうか?」
席に着いて早々、ワインを片手に軽薄そうな顔の男がカレフさんへ質問をする。
「そうですね、犯人は一見、無差別に犯行を重ねているように見えました。しかしその実、怨恨による犯行でした。被害者同士の関係者を調べていく段階で一人の人物が浮かび上がってきました。その人物は被害者全員と面識があったんです。しかも被害者全員に対して殺す動機も見つかりました」
「では、身元を調べる段階で簡単に犯人を見つけることができたわけですね?」
すかさず、顔立ちの整った男が言う。
「しかし難しいのがここからなんです。犯人を絞れたことで誰しも事件の収束を予期しました。しかし、通り魔事件のあった日時にその容疑者は完璧なアリバイがあったんです。それも七件すべての通り魔事件でのアリバイが‥‥」
「じゃあ、犯人はその人物ではなかったということでしょうか?」
俺も気になって二人の後に続いて質問をする。
「いえ、犯人はその人物でした。犯人は凄腕のハッカー、犯行現場付近の映像を差し替えていたんです」
近年サイバー犯罪の件数が増加傾向にあるという情報があったが、実際にその話を聞くのは初めてだ。
「どのようにしてハッキングを見破ったんですか?」
カレフさんは含みのある笑みを浮かべ、グラスに入っている水をテイスティングするそぶりをした。
「まず私は不思議に思いました。数件だけではなく、7件の事件全てにおいて完璧なアリバイがあることに。それはこちら側に犯人ではないとアピールしているように見えました。そして防犯カメラの映像を調べていくことで映像が差し替えられていることに気がつきました」
不思議なことに事件を話す探偵は、楽しそうだ。
「そういえばなんでカレフさんは探偵になったんですか?」
話を遮りそう口にしたのは宮沢だった。
時々空気を読まないところに俺はドギマギする。
「おい、宮沢」
小声で注意を促してみたが、本人はなんのことか分かってない様子だった。
このカレフという探偵は礼儀を重んじる。過去、粗相をしてしまった記者を追い出したというのは有名な話だ。
「流れですよ」
だがカレフは普通に答えるだけだった。それもそうか。記者の俺たちとそうでない宮沢とでは対応が違うのだろう。
そして夕食会はカレフが過去解決した事件と他愛のない話で終わった。
「私は先に部屋に戻りますが、他にデザートなどもご用意しておりますのでゆっくりしてください。何かありましたら谷崎に申しつけてください」
それだけ言い残してカレフさんは部屋を出て行った。
「後ほど取材をなされる方は順番にお呼びしますのでお待ちください」
「にしても豪奢な館ですなぁー」
カレフさんや谷崎さんが行った途端、軽薄そうな顔の男の顔が変わった。
「私、SFサテライトで記者をしています。犬飼朔太郎と申します。同じ記者同士仲良くやっていきましょう」
そして顔立ちの整った男もこちらにやってきた。
「私は中島慧といいます。サスペンスMARSで同じく記者をしています。今名刺を切らしていまして‥‥」
とりあえず挨拶をする。
「お気になさらず。私はミステリーズマガジンの記者をしている太宰です」
社会人としていつも名刺を出すときは相手よりも低く出すようにしている。だが、犬飼とかいう記者は無造作に突き出すようにして名刺を俺の方に出す。
「太宰ですか。名だたる文豪と同じとはいいものですな」
「そうですね。よく言われます」
「あの一つ聞きたいんですが、カレフとかいう探偵なんですが、一向に情報が入ってこないんですがおたくはどうですか?」
「私の会社の方でも情報を集めていますが、詳しいことは出てきませんでした」
俺の会社同様に中島さんと犬飼さんの会社でも独自に調査を進めているらしいが芳しくない様子だ。
私立探偵カレフ。年齢不詳、性別不明、出身不明の探偵。
いつから彼、彼女は探偵なのか。見た目で年齢が未成年としかわからない。
「なぁ、部屋で飲みなおさないか?」
そんな会話を破る形で宮沢が話に入ってきた。
「いや、俺仕事があるんだけど」
見るとすでにワインボトルを二本開けているようで、目も焦点があっていない。
「匠さん飲み過ぎですよ」
酔っている宮沢を引き摺ってナオミさんが俺たちに謝りながら部屋に帰って行った。
「全く、美人に解放されて羨ましいねぇ、こちとら仕事であんまり飲めねぇっていうのによ」こればかりは俺も同意見だ。
しばらくして谷崎さんが来た。
「ではまず、犬飼様からお部屋にお通しいたします」
そして十分後、次は中島さんが呼ばれれ。
「最後に太宰様こちらへどうぞ」
通された部屋は最初に来た書斎だった。
「さぁ、太宰さん貴方は何を知りたいんですか?」
そして取材を終えた。
事件のことはあらかた聞けたが、カレフさん自身についてははぐらかされてしまった。色々考えるうちに眠くなり、ベッドに横になった。
そして豪雨で荒れる外を窓越しに見ながら眠りについた。
次の日の朝だった。宮沢の彼女ナオミさんが部屋の中で亡くなっているところを発見された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます