「ラベルのないテープ」 (Raberu no Nai Teipu)

@Salome_Kyo_Kyo_Neko

「ラベルのないテープ」

第1章: ラベルのないテープ


雨が小さな図書館の窓を叩きつけていた。どの雫も静かな夜の中で、反響を残して消えていく。いつものように、館内には誰もいなかった。夜に図書館に来る人などいない。リョウだけだ。彼の日課は、夜勤の間に本を整理し、誰もいない廊下を見守ることだった。


「なんでまだここで働いているんだろう…?」リョウは階下の地下室へ降りながらつぶやいた。その心には、退屈な重みがのしかかっていた。地下室はいつも彼に説明できない不安感を与えていた。寒く、湿っていて、古い紙と埃の匂いが漂っている。


地下室の奥には、埃をかぶった古びた箱の山があり、長年忘れられて放置されているように見えた。リョウはため息をつき、その放置された箱を整理することにしたが、そのとき、あるものが彼の目を引いた。


「…これは何だ?」リョウは身をかがめ、ラベルのない小さな箱を手に取った。箱は埃に覆われていて、元の色さえわからなかった。


箱の中には古いVHSテープが入っていた。ラベルもなければ、管理された形跡もない。ただ黒いマーカーで、ぼんやりとした数字が端に書かれているだけだった。**「78」**と。


「地下室にこんなテープが…?」リョウは眉をひそめ、興味をそそられた。もう何年もVHSなど使われていなかったし、ましてや図書館にこんなものがあるはずがない。もしかしたら、誰かが忘れた古いドキュメンタリーか、使えなくなった記録だろうか?


しかし、テープにはどこか不気味なものを感じた。なぜひとりぼっちで、しかもこんなに隠された状態で置かれているのか。少し迷ったが、彼は古びたVHSデッキにテープを入れてみることにした。たとえ無意味な内容でも、暇つぶしにはなるだろう。


テレビをつけて、デッキにテープを差し込んだ。機械は低い唸り声をあげ、そして突然、画面が明るくなった。そこには大きな警告文が映し出された。古い日本語で書かれていた。


「見てはいけない」


「…見てはいけない?」リョウは眉をしかめ、緊張した笑みを浮かべた。「それなら…なぜこんなものを作ったんだ?」


警告が消え、テープの映像が始まった。


画面には、誰もいない公園の映像が映っていた。カメラはぶらぶら揺れる二つのブランコに向けられていた。風でわずかに揺れるそのブランコと、木々の影が踊っているように見えた。


「一体…何なんだ?」リョウは目を離せずに呟いた。


公園はどこか見覚えがあるように思えたが、具体的な場所は思い出せなかった。音はほとんどなく、ただブランコのわずかな軋む音と、テープの回転する微かな音だけが聞こえる。静寂が不気味だった。


突然、映像は乱れ、別のシーンへ切り替わった。今度は暗い森の中。カメラはゆっくりと動き、木々の間を歩いているように見えた。闇が濃くなり、重苦しい空気が漂っている。


そして、それが見えた。


立ち尽くす人影が、木の間にぼんやりと浮かんでいた。髪は黒く乱れており、暗い服を身に着けている。カメラがその人影を捉えようとするが、顔がぼやけていてはっきりと見えない。


「何だ…あれは?」リョウは身震いし、恐怖が全身を駆け巡った。


その人物がゆっくりと近づき始めた。映像がちらつき、カメラのノイズが増すごとに、その人影が次第にはっきりと、そして奇妙に見えた。顔の形が見えない、無表情の人影が近づいてくる。


すると、低く抑えられたささやき声がスピーカーから漏れ始めた。理解できない音声だったが、そこに何かが囁いていた。


「…見えるだろう。」


リョウは後ろに一歩引いた。自分の呼吸が速くなるのを感じた。テープを止めたいと思ったが、何かが彼をその場に縛りつけていた。恐怖が喉を締め付けるように襲いかかり、彼は画面を見つめたままだった。


画面には再び変化があり、今度は長く暗い廊下が映し出された。壁は湿気でぼろぼろに崩れ、床は足音に合わせて軋んでいた。


リョウは息を呑んだ。自分の心臓が鼓動する音が耳元で聞こえるようだった。


カメラは廊下の先にある古びた木の扉の前で止まった。扉は傷んでひび割れ、内部に何かがある気配がする。


「…開けないで…」リョウは思わず呟いた。


だが、カメラは容赦なく手を伸ばし、その扉をゆっくりと開けた。扉の向こうには暗い部屋が広がっており、唯一の照明は小さな卓上ランプで、点滅しながら淡い光を部屋全体に投げかけていた。部屋の中央には、ボロボロの布で作られた人形が椅子に座っていた。首を傾け、歪んだ笑みがその縫い付けられた口に浮かんでいた。


その人形はリョウをじっと見つめているかのようだった。右目がくりぬかれ、そこにはただ黒い穴が残っている。カメラはさらに近づき、リョウはその人形の口がわずかに動いているのを見て、胃が縮むような気がした。


「ひとりじゃない…」


リョウは息を呑んだ。その声は非常に低く、聞き取るのがやっとだった。しかし、その言葉が暗闇の中で響く様は、画面の外から直接彼に話しかけているようだった。


突然、画面が人形の顔で静止し、歪んだ笑みが鮮明に映し出された。糸がピンと張り、誰かが無理やり人形に言葉を発せさせているような印象を受けた。そして、画像が点滅し、再び別のシーンに切り替わった。


今度はリョウに見覚えのある光景だった。画面に映っていたのは、彼自身。地下室の奥で、テープの箱を手にしていた。カメラは彼の後ろからその姿を捉えており、うなじと肩が映っていた。


パニックがリョウの体を襲った。彼は周囲を見回したが、そこには誰もいなかった。


しかし、画面では、誰かが彼の後ろに忍び寄っていた。そのぼやけた無表情の人影が、ゆっくりと彼に近づいてくる。カメラはその一瞬一瞬を捉え、そのたびにその人物の囁く声が聞こえた。


「君も…リストに載った。」


リョウは息を呑み、画面から目をそらせないままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ラベルのないテープ」 (Raberu no Nai Teipu) @Salome_Kyo_Kyo_Neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ