第6話 少女会談……という名のお泊り会
「はぁぁぁ……。」
大きなため息がついて出る。
目の前のさやかと美也子は気まずそうに視線を背けた。
「はぁ、もう一度確認するけど、さやかが以前から話していた「初恋の君」と、美也子が言っていた「運命の人」が、私の横の席にいる椚木彼方クンで間違いなにのね?」
摩耶の言葉に、二人は頬を染めながらコクンと頷く。
「……はぁ……まったく、私達って本当に仲良しね。」
摩耶はもう一度溜息をついてそう呟く。
「私達って……。」
「まさか、摩耶ちゃんも?」
摩耶の言葉尻を捕らえた二人が確認の目を向けてくる。
「……そうよ。私の「気になる人」も、椚木君なの。」
摩耶は仕方がないといった風にそう呟く。
二人だけに言わせておいて、自分だけ隠すのはフェアじゃないと思ったし、ここまで来たら、隠す方が後々厄介になる。
摩耶が彼方の事を気にしだしたのは、クラスが変わり、隣の席になってからだ。
最初は、いつも寝ているだらしがない人という印象だった。
だけど、ちょっと観察していると、単にコミュニケーションが下手な人なんだという事がすぐに分かり、それからは自分から話しかけるようにしてみた。
施設でもそういう子はいたから、摩耶としては単なるお節介のつもりだった……最初は。
だけど話していくうちに、彼方は意外と頭がよく、そして周りをよく見ていることに気づかされた。
召喚直前の会話などがそれだ。ああいう事は、その人となりをよく観察していて、尚且つ、その性格や行動パターンも熟知していなければ導き出せないものだ。
それを事も無げにやってのける彼方の事を、摩耶はいつしか気になる存在として意識し、常に彼の事を目で追う様になっていたのだった。
彼方の持つ観察眼と解析能力は、摩耶が欲してやまない力だった。
摩耶は物心つく頃から施設にいた。
施設ではどうしても人と関わざるを得ない。
「親がいない」という共通点はあるものの、抱えている問題は人それぞれだ。
摩耶は幼い頃から孤独を恐れた。それは摩耶自身覚えてはいないが、孤独になることは親を亡くした時の恐怖を思い起こさせるものだからだ。
だから摩耶は積極的に施設の他の子達との関りを積極的に求め、いつしか、施設の中の「相談役」「頼れるお姉ちゃん」の立場を確立していったが、そこに至るまでには並みならぬ苦労と努力が必要だった。
今の摩耶の社交性は、その過程で培われてきたものである。
人と関わるうえで、一番必要なのが「情報」だ。
その人が何を考え、何を欲し、何を厭うのか?
それらを会話やその時の態度から察していくのは非常に膨大な労力が必要となる。
摩耶もその能力を身に着けるために、非常に苦労してきたし、今も努力中なのだ。
なのに、この目の前で寝たふりをしている男は、摩耶が苦労して身に着けた事を事も無げにやってのけるのだ。
それが、非常に悔しく妬ましく羨ましく、そして……憧れる。
その事を自覚した時から、椚木彼方は摩耶にとって非常に気になる異性となったのだった。
「取りあえず、そのことは置いといて、確かに美也子の言うとおり、「彼だけが召喚されていない」というのはおかしい事ね。」
摩耶がそういうと、美也子はウンウンと頷く。
「という事は……?」
「うーん、明日、アルメア様に確認してみるけど……もし召喚されているのだったら、……。」
摩耶は考える。
普通に考えれば、彼だけ召喚されなかったと思うべきなのだろうが、位置関係や状況から考えればそれはあり得ない。かと言って、彼だけ別の場所に飛ばされるというのもおかしい。
これらの状況と事実だけから推測してみると、彼にだけ、何らかの力が働いたと見るべきだ。
問題なのは、その何らかの力を有する者が、彼方に対して、そして自分たちに対して友好的なものなのかどうか?という事だけ。
「取りあえずは、この件は保留ね。」
「摩耶、それは……。」
「そうだよ、摩耶ちゃん。放置なんて……。」
「二人とも落ち着いて。気持ちはわかるけど、何をするにしても、情報が必要だし、私たち自身力をつける必要があるでしょ?右も左も分からないこの世界で、なにも力を持たない私達に一体何が出来るというの?」
摩耶の言葉に俯く二人。
「取りあえずは私達がどうするかって事……よっ。」
摩耶はそう言って二人に布団をかぶせる。
「きゃっ!」
「何、いきなりっ!」
「いいじゃないっ、久しぶりに三人そろったんだよっ!」
摩耶は、そうはしゃいだ声を上げながら、より一層騒いでみせる。
そして……
「(見張られてるかもしれないから……)」
布団をかぶって、小声で二人に告げる。
「(そういうことね。)……もぅっ!おかえしよっ!」
「(了解ですぅ)摩耶ちゃんのバカぁぁぁ!」
摩耶の意図を理解した二人は、摩耶と同じくはしゃぎだし、疲れ果てて一つのベットで抱き合うようにして寝入ってしまった。
もちろん寝たふりをしながら、小声で情報交換をし、お互いの認識を共有しているとは傍から見たらわからない事だった。
◇ ◇ ◇
「勇者様たちの様子はどう?」
アルメアは、私室に手何もない天井に向かって声を掛ける。
(……はッ、予定通り、男たちはメイドに篭絡させています。女たちには個々に騎士を装った手のモノたちが接触……ただ……。)
「何か問題?」
(いえ、問題というほどの事ではありませんが、例のレアギフト持ちの三人が一緒に……)
「……何か良くない相談でもしていたのかしら?」
(いえ、ただの年頃の少女たちの他愛のない会話ばかりでした。)
「そう、だったらいいわ。一応監視は続けてね。」
(はッ!)
同時に天井にあった微かな気配が消える。
それからしばらくの沈黙を経た後、アルメアははぁ~と大きなため息をつく。
「……頑張らないと……ミスは出来ないよ……」
アルメアは誰にともなくそう呟くのだった。
◇ ◇ ◇
「もうひとりいた?」
摩耶の言葉に、アルメアは不審げな声を上げる。
「えぇ、私の横にいた男の子がここにはいません。察するところ、あの儀式は、特定の個人を呼び寄せるのではなく、その場にいた者を呼ぶものではないでしょうか?それならば、あの場にいた彼がいないというのはおかしいと思うのです。」
「……なるほど。分かりましたわ。その件については少し調べる時間をくださいな。青、他に不自由していることはありませんか?」
摩耶の説明を受けたアルメアは、表情を消してそう聞いてきた。
その問いかけに摩耶は「今のところは大丈夫です」とだけ答える。
その後他愛もない会話を少しだけしてから、摩耶はアルメアの執務室を後にする。
摩耶が出て行った扉を見つめ、完全に気配が無くなった後、アルメアは「神官長を」とだけ呟く。
しばらくしてドアがノックされ、神官長が部屋の中へと入ってくる。
「どういうことだと思う?」
アルメアは摩耶から聞いた話を神官長に告げ、考えを聞くことにする。
「そうですなぁ。その話が本当であればつじつまが合いますな。」
「どういうことだ?」
「ハイ、あの召喚の儀式の後、消費魔力がおかしいという報告がつい先ほど上がってきたばかりでしてな。呼んだのが16人ではなく17人だとすれば計算が合うのですじゃ。」
「つまり、あと一人いるとは間違いないのか?」
「間違いないでしょう。ただ……。」
神官長が言葉を濁す。
「ハッキリと申せ。何かあるのか?」
「いえ……いや、そうですな。これを見てくだされ。」
神官長は懐から地図を取り出す。
「召喚の魔法陣を設置したのがこの場所で、影響範囲は最大限でこのように……。」
神官長は口頭で説明しながら地図に円を書いていく。
「……と、このように、なにか事故があったとしても、この範囲内に出現することは間違いありません。ですが御覧の通り、ここは魔獣の森、そしてここからが魔族領となります故……。」
神官長の描いた召喚者が出現する範囲を示す円は、そのほとんどが王都を覆っている。しかし西側1/5ぐらいが魔獣の森と呼ばれる、魔族領と隣接している森にかかっていた。
説明によれば、召喚者はこの範囲の外に出現することはなく、摩耶たちも、その円の中心である召喚広場に呼ばれている。
召喚された者達は、2~3日程、目には見えないが異質なオーラに包まれている。
この現象の詳細は分からず、一説にhs、異界の者達がこの世界に馴染むまでの保護機構ではないか?と言われているが真偽のほどは分からない。
ただ、この包まれているオーラが異質なため、感知スキルを持つモノには、一目で召喚者だという事が分かるという。
だから、召喚の儀を行う際には、広場の周りだけでなく、王都の各地に感知スキルを持つ神官を配備している……唯一人が入れない魔獣の森を除いて。
そして、今回の召喚において、各地の神官からは報告が上がっていないことから、もし本当に召喚されているのであれば、魔獣の森にいる可能性があるという事。
そして、魔獣の森には、王都の騎士団でも敵わない魔獣が多く存在する。
つまり、その召喚された勇者候補は、魔獣の餌になっている公算が大きいという事だ。
「……この件は勇者たちの耳に入れぬように!」
アルメアはこの情報を握りつぶすことにした。
「マヤ達には、召喚された形跡はなかった、という事にしておきましょう。」
アルメアはそういって神官長を下がらせる。
この事が分かれば勇者たちが動揺するかもしれない。ひょっとしたら反旗を翻すかもしれない。
召喚したばかりの勇者たちは、いずれも弱く、国の一兵卒にすら劣る為、今であれば反乱されても押さえつけるのは難しくはない。
ただ、折角時間とお金をかけて、ようやく呼び寄せるのに成功した
アルメアは、少しため息をつきつつ計画を前倒しにする算段をするのだった。
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