第8話 吸血姫エルリーザ
……あ、やっちゃった。
腕の中で、くたぁっとなった人族の男を見て、エルリーザは自分の失敗に気づく。
「あ、えっと、どうしよ?」
動かなくなった男を見てあたふたとするエルリーザ。
幸い、命には別状ないみたいなので、しばらく安静にしていれば目を覚ますだろう。
とは言うものの、ここに放置していくわけには行かない。
何と言っても、この男は命の恩人なのだ。
なのに自分のミスで、気を失うまで血を吸ってしまい、動けなくなったからと言って放置するのは流石にひどすぎるだろう。
幸いにも、吸血して魔力が回復している今なら、人族の男一人を運ぶぐらいは余裕だ。
エルリーザはそう決断すると、来る途中に見つけた洞窟に彼を運ぶことを決める。
近くに川も流れていたから、彼を洞窟に運んだあと、身を清めるのもいいだろう。
そう決めるとエルリーザは彼を抱えあげ背中の翼を大きく広げて飛び上がる。
目指す洞窟はすぐに見つかった。
エルリーザはゆっくりと地上に降り立ち、周りの気配を探る。
幸いにも、近くには脅威となる魔物はいないようだった。
エルリーザはそのまま洞窟の中に男を運び、入り口に魔物避けの簡易結界を貼る。
「ふぅ……まだ万全じゃないからキツイわね。」
エルリーザは床に寝かせた男を見る。
ここに運び、結界を貼るだけで、回復した魔力は底をつきかけている。
「流石に、目覚めるまでは血を吸うのは不味いわね。でも……。」
男を見ていると、どうしようもない飢餓感が押し寄せてくる。
魔力も体力も尽き果てて消滅寸前の所だったのだ。
目の前の男のおかげで少しは回復したものの、今の状態ではホーンラビットにさえ敵わないだろう。
命の恩人である男を護るためにも、自身の回復は必須だ。
エルリーゼは、そんな風に理論武装しながら男……彼方の身体を弄る。
「いいよね、少しぐらい……。」
エルリーザは彼方の身体に触れながら、彼の唇に自分の唇を当てる。
「ん……。」
気を失っていても、エルリーザの与える刺激には反応するみたいだ。
その事を知ったエルリーザの動きは段々と激しくなっていく。
その手は下半身へと伸び、彼方の一部が元気になったところで、一旦口づけをやめるエルリーゼ。
「ごめんね、もうちょっとだけ頂戴……。」
エルリーゼは頭を彼方の下半身へと動かし、彼方の元気な部分へと触れる。
エルリーゼの父親は、真祖の血脈のヴァンパイアだが、母親は古き血脈のエルダーサキュバスである。
吸血鬼とサキュバスのハイブリッドであるエルリーザは、吸血だけではなく吸精の能力も兼ね備えている。
と言っても彼女自身、いまだに経験はないのだが、それでも母からの教えとサキュバスの本能が、どうすればいいかを教えてくれるのだ。
「ごめんね、いただきます。」
エルリーゼはそう呟くと、彼方の下半身に顔を埋めるのだった。
◇
夢を見ていた。
どの様な夢かははっきりしないが、とても暖かく柔らかいものに包まれている夢だった。
……まって、行かないで。
彼方は夢うつつのまま、離れていこうとする、その温かいものを捕まえ抱き寄せる。
彼方は包まれながら自分の中に溜まっていたモノを吐き出す……と同時に多幸感に包まれる……ずっとこうしていたいと思う。
彼方はその腕の中にある何かを逃さないようにギュッと腕に力を籠めるのだった。
……ん……ここは?
夢の中で掴んでいたモノが離れていく感覚に引きずられて、彼方は目を覚ます。
目の前には美少女の顔がある。
銀色の長い髪は軽くウェーブがかかっており、彼女が少し動く度にふわぁっと揺れる。
少し幼げな顔だちながら、その紅い瞳には、どことなく気品と強い意志が感じられ、それがアンバランスな危うい魅力を引き出していた。
「……可愛い。」
「えっ?」
「あ、イヤ……。」
まだ、寝ぼけていたようで、思考がハッキリとしなかったせいで、思わず心の声が漏れてしまったようだ。
彼方は慌てて言い訳をしようとし……自分の置かれた状態に気付く。
岩肌が見える壁から、ここは洞窟みたいなところなのだろう。
そして、近くに焚火があり、自分は全裸の美少女の膝枕で、床に寝ている……これは一体どういう状況?
彼方はもう一度周りを見回し、そして上を見上げる。
二つの膨らみの向こうから見下ろしている紅い瞳の美少女の顔。
頬を染め、少し困ったような表情の彼女が口を開く。
「あのぉ……あまり見ないで欲しいかな……ご主人様。」
「えっと、ご主人様?」
彼方は身を起こして銀髪の美少女と相対する。
腰まである長い髪が、Cカップ程度の胸の前に垂れ、先の部分を覆い隠している。
年の頃は彼方と同じぐらいだろうが、その顔には、気を失う前に助けた少女の面影があった。
「えっと、キミは、あの時の……いや、でもあの娘は幼女だったような……それよりご主人様?」
一度に様々な情報を受け入れたため、彼方の頭の中は混乱するが、とりあえずやることがある。
彼方は横に置いてあった上着を手に取ると、彼女へと差し出す。
「と、とりあえず、こんなので悪いけど……。」
「えっ、あ、うん……。」
少女はジャケットを受け取ると、そのまま羽織る。
小柄な彼女には彼方に合わせたサイズのジャケットはやや大きく、腰までを隠し、袖口からは指先だけが見えている。
「……似合う……かな?」
両手を口元にあて見上げる様にそういう彼女の姿は……ハッキリ言って全裸よりヤバかった。
「あっ、えっと……、あ、うん……キミは一体……それよりここは……。」
慌ててしどろもどろになる彼方を見て、少女はくすくすと笑いだす。
「くすっ、落ち着いて、ご主人様。順番に説明するから。」
くすくす笑いながら、少女は彼方の手を握り、そばに寄り添ってくる。
そして、自分の事を話し始めるのだった。
少女の名前はエルリーゼ・フェイマス。
吸血鬼の真祖とエルダーサキュバスの間に生まれたハイブリッド魔族とのことだった。
エルと呼んでほしいと言われたので、彼方は素直にそれを受け入れる。
エルの話によれば、ここは人族と亜人族、魔族と精霊が住まうアルカナプレイスという世界。
中央にある大きな大陸……アースガルズの南西部に広がる森林が今居る場所らしい。
アースガルズの中央には険しい山脈が連なっていて、その中央に一際高く険しい山がそびえたっている。
噂ではその山の天頂には世界樹と呼ばれる神樹があり、この世界を覆うマナを循環させているといわれる。
『万物の根源たるマナはユグドラシルより出でてユグドラシルへと還る』
全種族に伝わる古の一説。
この『ユグドラシル』というのが世界樹の事だと言われているらしいがはっきりしない。
何故はっきりしないのかというと、誰も世界樹を見た事が無いからなのだそうだ。
というのも、中央にある山脈は龍の縄張りとなっていて、近づく者は龍の餌食になるという。
龍の中でも
龍の護る聖域を中心に東側から南東にかけてが人族が暮らすミズガルズ地方であり、幾つかの国を興して暮らしている。
西側から南西にかけては、魔族や亜人たちの国や集落が点在し、山脈の北方には古の巨人族や古の魔人族が散らばっていると言われている。
「なぁ、魔族と魔人族って違うのか?」
エルの話の途中で、どうしても気になったことを聞いてみる。
「んー、説明が難しいんだけど、私たち魔族は、エルフやドワーフと言ったように「亜人」のカテゴリに入る……と言っても「亜人」って呼んでいるのは人族だけで、人族も含めて、種族が違うだけでみんな同じなのよ。」
「つまり、俺達が犬や猫、馬や羊なんかをまとめて「動物」と言っているようなものか?」
「そう、その通りよ。種族が違えばその特性も違う。だから別のモノではあるのだけど、大きなくくりにすれば皆同列の生き物。だけど、「動物」と『魔物』は似てるけど明らかに違うのは分かるでしょ?それと同じで、人と魔人は似ているけど、根本的に違うものなの。」
エルの説明に分かったような分からないような顔で頷く彼方。
「まぁ、今は、そういうもの、って思っていて頂戴。」
エルはそういうと、続きを話しだすのだった。
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