第7話 その時、彼方は??
「……知らない天井だ……っていうべきなんだろうなぁ?」
彼方は「お約束」のセリフを呟き、そのままため息をつく。
彼方だって「お約束」はやりたかった……が、その『天井』が無ければどうしようもない。
「うーん、森の中かぁ。」
彼方は周りを見回しながら呟く。
大木が覆い茂り、上空から差し込む陽の光は弱く薄暗いが、それでも周りの様子をうかがうには十分だった。
彼方がいる場所は5m四方の小さな開けた場所であり、地面には柔らかなコケと背丈の低い草が敷き詰めたように生えている。
「これは……苔だな」
彼方は地面の苔を少しむしり、手にとって眺めてからそう呟く。
ここは「○○苔だな。という事は……』などと推理した過程を呟くのが主人公というものだろうが、生憎彼方には苔に関する知識などない。
しかし、彼方が今までに見た事のない苔だということぐらいは分かる。
何といっても、一面紫色の苔など目にした事が無かったからだ。
「……という事は、ここは日本ではない……いや、そう考えるのは早計か?」
彼方は思考を巡らせる。
もとより考えることは嫌いではない。色々考え想像することは、彼方にとって絶好のヒマつぶしであり、物心ついた時から当たり前のように行ってきたことだ。もはや身に沁みついた癖と言っても過言ではない。
「っと、先ずは現状の確認だな。」
彼方は自分の身体を見る。格好は学園指定のブレザー姿……朝着てきたときのままだ。
とすれば、学園まで行って、朝霧と会話をしたところまでは夢じゃない。
となれば、今の状況が夢なのか?……明晰夢という奴か?
明晰夢とは、夢の中で、これは夢だと自覚しながら見る夢の事なのだが……。
「なんか違うよなぁ?」
夢と思うには受ける感覚がリアルすぎるのだ。
彼方は今までにも明晰夢らしきものを体験したことはあるのだが、いずれも、もっとふわっとしていて、夢独自にでたらめさがあり、それ故に「これは夢だ」と認識できたのだが、今はそれがない。
「とりあえず何らかの行動を起こすべきだな。」
彼方はそう決意する。
これが夢かどうかなどは、関係ないというのが彼方が出した結論だ。
そして、夢じゃなかった場合の事を想定して動く。リアルなら必要な事だからだ。
もし夢だったら、意味がないという人もいるかもしれないが、夢なら夢で、何をしようが関係ないのだから、リアルに基づいた行動をしたところで問題ないだろう。むしろ、リアルだった時の事を考えれば、リアルに基づいた行動をしておくことが重要だと考えたのだった。
「さて、動くのはいいけど、なにからするかなぁ?」
彼方は持ち物の確認をしながらそう呟く。
ズボンのポケットにいつも忍ばせている小さな折り畳み式の万能ナイフ。
刃渡りは銃刀法に引っかからない5.95㎝。刃の背にあたる部分はのこぎり状になっていて、ちょっとした木の枝ぐらいなら切ることが出来る。
刃を仕舞う柄の部分にはマイナスドライバーとルーペが仕込まれていて、柄尻にあたる部分は、鉄で覆われていて金槌代わりにもなる。
つまり、ナイフ、のこぎり、金づち、ドライバー、ルーペの役割を果たす5得ナイフって事だ。
「こういうのがあればいざという時に便利だよなぁ」という理由で持ち歩いていたものだが、まさか本当に必要な場面に遭遇するとは自分でも思ってもいなかった。
他には、同じく、ズボンのポケットに入っているハンカチと、ジャケットの内ポケットに入っている学生手帳にボールペン。スマホと折り畳み式のエコバック……これが今の彼方の持ち物全てだ。
「スマホは……圏外か。ま、そうだろうな」
彼方はスマホの電源を切るとそのままポケットにしまい、他のモノも片づける。
「……磁気はあるのか。」
彼方は学生手帳をしまう前に、裏表紙についている「コンパス」で北を確認する。
学生手帳にコンパスがなぜついているのか?
これは瑞龍学園7不思議のひとつで、その理由は誰も知らない。
まぁ、この状況で北が分かったからと言って何の役にも立たないのだが。
「せめてカバンがあればなぁ。」
彼方のカバンの中には、教科書は殆どは言っていない代わりに、浄水装置の付いたペットボトルや、ザイル、着火具などのサバイバル用品がいくつかh知っている。
どれも、「いざという時、あれば便利だよなぁ」という理由で買い集め、持ち歩いていたモノである。
想像力豊かな彼方が、「もし、突然未開の地に飛ばされたなら?」という場合に備えて用意し持ち歩くのが、彼方の趣味だった。
もちろん現実にそんな事が起きるわけがないと知っている。
しかし、それでも万が一……と想像するのが楽しいのである。これは読書に次ぐ彼方の金のかかる趣味だった。
「っと、そろそろ動くか」
思考にふけっていた彼方は、誰にともなくそう呟き、立ち上がる。
「まずは水場の確認だな。」
生活で必要なモノは衣食住というけど、何はともあれ、人は水が無ければ生きていけない。
彼方は万能ナイフを手にし、木々に目印を付けながら、南に向かって歩いていく。
南に向かったのに特に意味はない。強いてあげるとすれば「南の方が暖かそうだ」という意味のないイメージでしかない。
しかし、それは、彼方を導く運命がもたらしたものだったに違いない。
しばらく歩いたところで、彼方は前方から少女の悲鳴を聞くことになる。
◇
「ちょッ、いやぁっ………やめてよぉ………イヤぁぁぁ!」
泣き叫ぶ少女を見て舌なめずりをするゴブリン。
命からがら逃げ出し、空腹に耐えかねていたところで見つけた
ツイている、とゴブリンは思った。
何故こんなところに少女がいるか?なにかの罠では?とか考えるような知恵はない。
空腹時に見つけた、しかもメス。
犯して性欲を満たしたうえで貪り食らう。
ゴブリンの頭の中にはその考えだけでいっぱいだった。
「い、いやぁ、やめてぇ!」
ゴブリンが少女の衣類を引きちぎるたびに、少女の顔が羞恥と絶望に歪む。
その顔を見てるだけでゴブリンは滾ってくる。
しかし、その時間も長くは続かない。
少女の衣類は全て剥ぎ取られ、全裸の少女はその腕で大事なところを隠しうずくまっている。
もう終わりか、とゴブリンは一瞬淋しそうな表情を見せたあと、少女の腕を掴み上げて襲いかかった。
「いやぁぁぁぁぁぁ~!」
少女が絶望の悲鳴を上げる。
それを聞いて愉悦の表情を浮かべたゴブリンだったが、直後にその表情が歪む。
「グギャ……」
背中が熱い……。
ガンッ!
いきなり頭部へ衝撃が走る。
「グ...ギャ…」
続けて頭部に衝撃を受けるが、ゴブリンが意識できていたのは、そこまでだった。
◇
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「ハァハァハァ……このっ!」
彼方が少し太めの木の棒で、無我夢中でゴブリンを殴りつけていると、ツンツンと上着を引っ張られる。
「なんだ?コイツをやっつけないと……」
「あ、ウン…でも、それもう死んでるから……」
「え?」
少女に言われて、彼方は手を止めて、今まで殴っていたものを見下ろす。
そこには、原型を止めないほど頭部がグチャグチャになったゴブリンの死体が転がっていた。
「あ、あぁ。」
普通なら吐いてもおかしくないグロい状況ではあったが、不思議と平気でいられた。そしてそのことに違和感を感じずにいることに彼方は気づいてなかった。
「あっと、その……大丈ぶっ!」
振り返った彼方は、そこにいた少女が全裸なのに驚き、さらにその少女が飛びついてきたことで言葉を失う。
ちらっと見ただけだったが、見た目は小学生ぐらいで、ささやかではあったが膨らみもあった。
「えっ、あっ、その……」
抱きついてきた少女が見上げて来る。
その紅い瞳に吸い込まれそうになり、頭がくらくらしてくる。
少女の顔が近づいてきて……
………あ、これってキスされる?
ボーっとした頭でそんな事を考える。
その間にも少女の顔が近づき、そして………
カプッ。ちゅー……。
………えっと……血吸われてる?
少女の小さな口が、彼方の首筋を咬み、そこから流れる血を………
彼方が覚えているのはそこまでだった。
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